魔王ちゃんとぷっつん聖女ちゃん
「おま、お前ミーシャっ、そんなんなるのか! お前は本当にいつもいつも飽きねぇなぁ」
「……ガイル、別にあたしを笑うのは良いけれど、こんな早朝から女学生の部屋に押し込むなんてどうかしているわよ」
「お前が言うな。セルネの顔を見てみろよ」
買い物から帰ってきたミーシャとルナちゃんだったけれど、セルネくんとソフィア、テルネちゃんも連れてきて、我らの聖女様の様子がおかしいと話を聞いていたところ、ガイルが爆笑し始めた。
まあそんな風に言いたくなる気持ちもわからんでもないけれど、今のミーシャも可愛いだろう。と、この勇者には言ってやりたい。
「ねえリョカ、なんとかならない? この間の竜神様の時のも嫌だったけれど、今回のはなんていうか、こう、体中がかゆくなるというか、なんか、こう――」
「ルナにはにじそうさく? って言われたわ」
「ぶっ」
アヤメちゃんが噴き出し、体をプルプルと震わせながらミーシャから顔を逸らした。
月神様よ、なんて的確な表現なんだ。
私であった時分、私も好んでSNSや同人誌で二次創作はたくさん見てきた。そのキャラが言いそうなことをしっかりと話に組み込んではいたが、やはり原作と比べるとほんの些細な違和感がある。けれどいいよね。っていう気持ちで見ていたのだけれど、今のミーシャも確かにそんな感じだ。
「私は、今のミーシャさんも好きですよ。ここに来る間もとても撫でてもらえましたし」
「そうですね、リョカさんとは違った優しさを覚えました。このままでも良いのでは?」
「やだぁ! ミーシャは、ミーシャ=グリムガントはね、気に入らなければ顔面を殴って来なくちゃならないんだ。機嫌が悪かったら舌打ち睨みつける辻パンチ。こんな、こんな聖女みたいな――」
銀狼の勇者よ、彼女は聖女だ。
しかしセルネくん、ミーシャに殴られ過ぎて気の毒なことになっているな。
「まあ俺もセルネには賛成よ。ミーシャが聖女らしかったらちょっとつまらないもの」
「……アヤメ、あなたそれでいいんですか?」
テルネちゃんがアヤメちゃんを可哀そうなものを見る目で見ている。
神獣様よ、彼女はあなたの聖女様です。
僕の作った朝食を囲みながら、みんなが想い想いを口にしている。
肝心のミーシャはというと、上品にナイフとフォークを使ってオムレツを口に運んでいた。
「リョカさん、ミーシャさん自身、元々の優しさが違う形で出てきているだけなので、あまり違和感がないみたいなのですけれど、やはり女神の神核が影響している以上、健全ではないと思います」
「ですね。ちなみに女神様でどうにかできたりしますか?」
「う~んわたくしは……アヤメ、テルネはどうですか?」
「俺も無理。というかどうなってるのかよくわからないわ」
「私も無理ですね。そもそもの話なのですが、ミーシャさんは神核に影響受けすぎではないですか?」
「確かにそうですね。しかも今回はクオンの時と違ってペンダントが変わっていないのですよね、神格が切り替わっているわけではなく、ただ性格だけが影響を受けているみたいで」
「圧倒的不遜心から女神になれるとも驕っているから神核に影響されるんじゃない?」
「あなた自分の信者になんてことを」
「むしろ女神より偉いと思っている節はありますけれど」
ルナちゃんとアヤメちゃんが結構散々なことを言っている。
しかし女神様でもお手上げか。
ルーファ様の信仰って普通だとどう影響するものなのだろうか。
ルナちゃん曰くペンダント――入学してすぐの頃にもらった多数の信仰を操るための物は一切反応がなく、守護神様の信仰を使ってはいないみたいだけれども、でも確かにミーシャにはルーファ様の信仰が宿っているはずだ。
神核は吸い込んだ。けれどクオンさんの時のようにペンダントに変化はなく、ミーシャ自身ルーファ様の信仰を操れていない。変わったのは性格だけ。
ふむ、こういう時はあれかな。ショック療法――あの子が一番怒ることをやってみるか。
「しょうがない。幼馴染として一肌脱ぐか」
「おっ、どうにかできんのか?」
「そりゃあもうね。まあ任せておきなよ」
「リョカお願いね! 本当に、くれぐれも絶対にね!」
「それなら今のうちにもっと撫でてもらいましょうか。テルネ様もご一緒にどうですか?」
「い、いえ、私は――」
しかし朝食を終えたミーシャが普段では絶対にしない、食べ終えた食器を水に晒し終えた帰りだったのか、丁度戻ってきた我らが聖女様がソフィアとテルネ様を撫で始めた。
うん、確かに妙な光景だ。
そして僕は頬を数回叩き、深呼吸をする。
「……なあアヤメ、あれ何すると思う?」
「少なくとも俺はやりたくないようなことをするんじゃないかしら?」
「え、リョカ大丈夫なの?」
「リョカさん、ほどほどに、ほどほどにですよ」
心配げな視線を一身に受けながら、首を傾げているミーシャと正面で対峙する。
そして僕はみんなの方に儚げな微笑みを浮かべ、親指を立てる。一応盾を張っておこう。
「後片付け、よろしくね」
「なによリョカ」
僕は意を決してミーシャに向かって手を伸ばし、その慎ましやかなバストに手で触れた。
「おいおいおいおい貧乳ペチャパイ抉れヌリカベさんよ~、その乳が最後に成長したのはいつだ? 年齢一桁台からまったく成長して――ぶぐわぁっ!」
「リョカぁ!」
セルネくんの叫びが耳に届くよりも早く、僕はいつの間にか殴られ、自室のキッチンに突っ込み、水道管を破裂させたのか、水がしたたり落ちてくる。
今何が起きた? パンチが見えないとかのレベルじゃなかった。
もしやこれが、ルーファ様の信仰の影響? でもそれに誰も気が付いていない。
何が起きた、一体この聖女様は何をしたというのか――確かに僕は殴られた。いやしかし拳が動いたところは見ていない。
純粋な速度だろうか? いや違う。僕が張った盾が壊れていない。すり抜けた? そんなバカな、彼女は幽体じゃない。
それならどうやって僕の顔に拳を――。
「――っ」
そうか、ルーファ様は物量を盾に変えた。信仰というエネルギーに別の意味を持たせたんだ。
ミーシャのペンダントが変わっていないのは守護神様の信仰を使ったのではなく、ルーファ様自身の神核をすでに自分に溶かしていたからだ。
『分け与える信仰』と同じ、ルーファ様の莫大な信仰を最もミーシャに馴染む信仰に変えたんだ。でも神核自体は残っているから性格だけが変わった。
そして今の殺人パンチ――いや、信仰変換。僕の信仰に紛れ込ませたミーシャの信仰が僕の信仰を通して拳となった。
僕はそっと手を動かし、指を鳴らす。
「うわぁ魔王オーラ飛んできた!」
「ん? 月神様の信仰から星神様の信仰に?」
「さ……最後の……魔王オーラ……」
メ……ッセージ……で……す。
これが……せい……いっぱい……です。
アヤメ……ちゃん。
受け取って……ください……伝わって……
ください……。
「かきょ――リョ……カ……」
一頻り遊んで満足したところで、僕は意識を手放すのだった。