月の女神ちゃんと微笑みの聖女
「……」
2日前からどうにも頭がポンヤリしている。
リョカさんに提案されたライブ、人々が女神に――いや、わたくしに目をやり、誰もが可愛いと称賛してくれた。
わたくしたち女神というのは本来であれば人の前に姿を現すことはほとんどない。仮に姿を現したとしても、リョカさんのように紙に書いて残すと言うことをしてこなかったために、口伝として残っていたとしてもいたるところがあやふやだ。わたくしなんてある区域では巨乳のお姉さんと言われています。
そんなわたくしたちが人々の前に出て、直接信仰を集めるなんて言うことは未だかつて行なわれたことはなかった。
いや、これは信仰ではないのだろう。わたくしたちの力にはなる。でもそれは女神という存在に力を与える物ではなく――。
「これがアイドルですか」
わたくしはついぼそりと呟いてしまう。
すると一緒に買い出しに付き合ってくれているミーシャさんがわたくしに目をやっている。
「この間からぼーっとしているけれど、もう大丈夫?」
「あっいえ、その、はい、体調はすこぶるいいです。心配をおかけしてすみません」
「何もないならいいのよ」
ミーシャさんにまで心配をかけてしまった。
リョカさんも口では言わなかったけれど、ずっとわたくしを気にかけてくれていて、昨日はずっと甘えてばかりいた気がする。
事前にこういう時の心得をアヤメに聞いておくべきでした。
あの子は慣れていると話していたけれど、一体あの子、向こうではどんな生活をしていたのやら。
そろそろ頭の中を切り替えなければ。きっとすぐにカナデさんを迎えにベルギルマへと向かうでしょう。
しかしそこにはわたくしたちの力を通さないシラヌイがいる。
普段も守られてばかりだったけれど、いつも以上に気を引き締めなければきっとわたくしたちがリョカさんたちの足かせになってしまう。
それはとても避けたい事態であり、なによりもわたくし個人としてそんな状況には陥りたくはない。
せっかくリョカさんもミーシャさんもわたくしたちを女神としてではなく、個人としても頼ってくれているのに、ここで女神として足手まといにはなりたくはない。せめてかけるのならルナ=ジブリッドとして迷惑をかけたい。
「……近くなったからこそ色々気を回しちゃうのはリョカにそっくりね」
「え?」
「あなたたちが泣かずに、折れずに、一緒に歩いてくれているのならあたしたちから何も言わないわ。リョカもそうだけれど、迷うくらいなら聞きなさい。心がうずくのなら脚を動かしなさい。あなたたちが間違っているなんて、今まで思ったことはないんだから、歩んだ道のことならあたしたちがどうにでもしてあげられるわよ」
「ミーシャさん……」
とても優しい言葉と信仰、信頼、そのすべてがわたくしの心に染み渡るように沈んでいく。
ミーシャさんから与えられた心地よい心根に、わたくしは笑みを返した。
「……」
返した……あれ?
わたくしはそっとミーシャさんの横顔を見つめる。
何かがおかしい気がする。
普段通りにこの聖女は優しい。言葉もいつも真っ直ぐで、女神であろうとも力の湧いてくる喝を入れてくれる。
でも、何かが変なのだ。
「ルナ?」
「あっいえ、その、え~っとですね――」
「そろそろ市場よ、はぐれないようにしなさい」
差し出してくれたミーシャさんの手にわたくしは手を重ね、彼女がわたくしの歩幅に合わせて進んでいく。
やっぱり変だ。
中身は一緒なのに別の人類から優しさを貰っているかのような違和感。
そこでわたくしは思い出す。
「ミーシャさん?」
「なに」
「ルーファの神核どこにやりましたか?」
「神核? ああそういえば。どこだったかしら、でも変な感じはしないわ」
「……本当ですか? それなら聞きますけれど、今ミーシャさんは何をしたいですか?」
「なにって、当然あなたをまも……まも。まも――まも? ま、まお」
「も、もういいです無理しないでください」
「……無理、なんて、あなたをまも――」
「……」
「――ふんっ!」
頭を抱えたミーシャさんが体を震わせ、突然脚を大地に踏み抜いた。
普段より大人しめな戦闘圧によって大地は少し砕け、我らの聖女様は顔をひきつらせた。
「ちょ、ちょっと休憩しましょう」
「ええ、そうしてちょうだい」
ため息をつくミーシャさんの手を引き、わたくしは近くのベンチに彼女を誘導するのだった。