魔王ちゃんと終わる里帰り
「……」
「……」
翌日、ライブも終え、生誕祭も盛況のまま終わり、僕たちは改めて王宮の中庭に集まっていた。
けれどアヤメちゃんを除いた女神さま一同がどこか呆けた――熱っぽい顔でぼんやりしており、朝からこの調子だったために少し心配している。
「おはようリョカちゃん、昨日は本当にすごかったね。王宮の連中もその話で持ち切りだよ――ところで、その、ルナちゃんたちどうしたの?」
「ありがとうございます。えっと、ルナちゃんたちは昨日のライブ終わりからずっとこんな感じでして。僕も把握していないです」
「あ~気にすんな。ちょっと信仰に酔っているだけよ」
「信仰に酔うですか?」
「偶像崇拝とはよく言ったもので、本来女神に流れる信仰なんてものは感謝だの願いだの喜びだの、基本的にカタっ苦しい物ばかりだ。でも今回は女神に。ではなく、あの歌っている子可愛いだの、踊っている子可愛いだの、個々に直接熱気にも似た信仰をぶつけられたのよ」
「えっと、あまりよくないことですか?」
「んにゃ、んなことはないぜ。人で言う酒のようなものよ」
「……それは摂りすぎれば毒なのでは?」
「女神に毒は通用しないわよ。まあ甘い物みたいなものでもあるわね」
「なるほど、摂りすぎれば肥えるのですね」
「ああ、ぶくぶく信仰が溜まっちまう。今の状態で女神特権なんて使えば街一個軽く消し飛ばせるわよ」
女神様なんて文字通りアイドルなんだから、こういう信仰の貯め方をしていてもおかしくはないのだけれど、それはしていなかったのか。
「こうやって表に出てきているのが異常なの。だからこいつらはこういう信仰を貰ったことはないのよ」
「まるで自分はもらったことがあるみたいに言いますね」
「そりゃあもう、ちょいとSNSに載れば大バズリの常連だったもの」
「は? ちょっとアカウント確認させてくださいよ。エッチなものはいけませんよ!」
「決めつけんなアホたれ。まあ全裸だったのは間違いないけれど」
「おいおいおいおいっ」
「鼻息荒げんな。人の心なんてちょいとモフ面多めにしておけば簡単に掴めるのよ」
獣部分多めで天下とっていたのかこの神獣様。だからルナちゃんたちと違ってそういう信仰に耐性を持っていたと言うことなのだろう。
僕とアヤメちゃんの話にみんなが首を傾げており、僕は作ったような笑顔を浮かべる。
「まあ、問題ないと言うことだね。定期的に王都であのライブって言うのを開いても良いんだよ?」
「考えておきますね。ただまあ、僕らはどういうわけか厄介ごとが舞い降りてくるので、決まった日日に。というのは難しいかもしれません」
「本当に君たちは話題に事欠かないね」
陛下が苦笑いを浮かべると、僕とミーシャ、ソフィア、セルネくんとランファちゃん、ジンギくんとロイさん、エレノーラに目をやり、その頭を下げた。
「君たちには王都を救ってもらったばかりか、色々と面倒ばかりかけてしまった。この場で礼をさせてくれ」
陛下からの直接の礼に、セルネくんたちが慌てるのだが、僕はその場で腰を落として頭を下げてその言葉をありがたく受け取る。
「もったいないお言葉ですわ。ここはわたくしたちの故郷、この国の住人として当然の働きをしたまでですわ」
「……君は本当に強かな子だよ。なら別の子たちには受け取ってもらうとしよう。セルネ=ルーデル、君はラスターに似て、人を引き付ける才能があるな。俺のところに来い。とは言えないが、勇者としての活躍は国を挙げて支援しよう」
「は、はひっ! 精進します!」
「……セルネ、もう少しこういう場には慣れておけ」
「ソフィア=カルタス、君は――」
「陛下、わたくしは知識の中で物語を語り、物語を通して知識を得ていただけです。ですがもし許していただけるのなら、今回出会ったお話に、カルタスの名を加える許可を頂ければ幸いです」
「君もかソフィア――ベルギンド、お前の娘も随分と染まっているな。これであの実力だろう? 俺もお前も無様は晒せんな」
「全くです。まだまだ隠居するつもりはありませんでしたが、陛下のおそばでこれからも記録させていただきますよ」
そして陛下はロイさんとエレノーラに目をやると同時に、すかさず頭を下げた。
「いや本当に王宮で働く気は――」
「ありませんねぇ」
「エレは学校に通いたいので」
「うぐぅ、ゼプテンの冒険者ギルドずるい。こっちは冒険者ギルド事実上壊滅したというのに、ギルドマジでどうしたらいいんだ」
「情けない面を晒すんじゃないわい。ギルドはわしが何とか立て直してやる」
「それなら何人か王都に移動するようにこちらでも声をかけておきましょうか?」
「おお、助かるわい。ゼプテンといえばアルの坊主じゃろう? 2代目夜王があつめた荒くれたち、扱き甲斐があるの」
「2代目? 初耳ですね」
「なんじゃリーン話しておらんのか。夜王の名はアルにやって、あいつにチンピラどもを集めさせて冒険者にしたんじゃよ」
「どうりでガラがあまりよくない人たちが集まっていたのですね」
なにそれ僕も初耳なんだけれど。というかお母様アルフォースさんのことも知っていた素振りだったけれど、がっつり関わっているんじゃないか。もっと早くに聞けばよかった。
「ちなみに今はアルフォースの娘がギルドを纏めていますよ」
「アルマリアだったかの。うむ、近く顔を出すとしよう」
「……俺が指揮するまでもなくギルドの再編が決定されていくな。本当に優秀なんだよなぁ――ロイ殿、王宮で働いてほしいとはもう言わないが、もし何かあったらギルドに依頼を出すので受けてください!」
「ええ、その時はぜひに」
「エレも頑張るよっ」
「エレノーラはまずは冒険者になってからですね」
ロイさんが自発的に誰かのお願いを聞いてくれたことが僕は嬉しく、つい微笑みを彼に向けてしまうのだけれど、それに気が付いたロイさんが苦笑いで頭を掻いていた。
「そしてランファ、ジンギ」
「はい」
「ッス」
ジンギくんがランファちゃんに腰をはたかれていたが、陛下はそのまま続けた。
「お前たちには困難な道を歩ませてしまったな。少し前のお前たちになら俺は復讐を止めていただろう。だが、もう止めはしない。お前たちは驚くほど力をつけた、戦いの技術も腕力も、かけがえのない人の縁も、それらすべてがお前たちの力になった。だからこそ俺からも頼む。友の仇を討ってくれ」
「はい、その使命、必ず成し得ますわ」
「復讐とか仇だのは俺には縁遠いですが、まともな喧嘩も出来ないあの魔王は俺も腹が立っているので、いつかぶん殴りに行きますよ」
『……それは構わないけれど、それなら最大限に力をつけてくれると助かるよ』
「お? 止められると思ったんだが、お前もやる気だな」
『――あいつは、あいつだけはね』
「?」
ヴィヴィラ様の声色から相当な怒りがあり、アヤメちゃんとピヨちゃんに目を向けると、2人も考え込んでいた。
この子の問題に関してもどうにか手を貸してあげたいんだけれど、如何せんまだまだ好感度は足りていないのか、ぜひジンギくんには頑張ってもらいたい。
「頼もしい限りだよ。もし必要なことがあったら何でも言ってくれ。ジブリッドには劣るかもだが、王宮でもそれなりの支援は出来るはずだ」
頷くランファちゃんとジンギくんに満足したように、陛下はカンドルクさんに目をやった。
「カンドルク、これからも期待させてもらうぞ。お前はうちの守護神だ、よく努めろよ」
「……吐きそう」
「お前いい加減慣れろよ。副団長なんだからお偉方と会う機会はこれからも増えるんだぞ」
「ふくっ! はつみみ~……」
ハイライトの消えた瞳で地を見つめるカンドルクさんの肩をミリオンテンスさんが組み、懐っこい顔を向けていた。
おいおいおい、ここに来て新たなカップリングかよ。この2人にも注目していかねば。
そして陛下は最後にミーシャに目をやった。
「ミーシャちゃん――」
「いらん」
「……ふふ、聞いてもらえません」
「あっすみません陛下、うちの聖女様ルーファ様を一撃で伸してしまったので殴り足りないみたいで、硬い顔面サーチ中なんですよ」
「レッヘンバッハ! あいつこの状況でどこ行きやがった!」
「あっ、おじさんはおばさんと暫く旅行に行くと今朝早く旅立って行きましたよ」
「せめて仕事していけぇ!」
頭を抱える陛下の肩をベルギンド様とラスターさんが軽くたたいていた。
僕は苦笑いでその光景を視た後、リア・ファルミニを取り出し、ランファちゃんに目をやる。
「カナデさんが大変な時に、わたくしだけ抜けてしまって本当に申し訳ないですわ」
「カナデも大事だけれど、ランファちゃんも大事だからね。しっかりと休んでおいで」
「ええ、戻ってきた時にはまた色々と付き合いますわよ」
ランファちゃんを撫で彼女がリア・ファルミニに乗り込もうとすると、何故かお母様も一緒に乗ろうとしていた。
「お母様?」
「あたしも少しグエングリッターに顔を出してくるわ。ジークにも会いたいし、バイツロンドのアホの様子も見ておきたいので」
「はあ、それは良いんですけれど――その両肩に担がれた袋は置いて行ってくださいね」
「ん~~~~」
「リョ――さま、すけ――ござ」
「駄目よ、この2人鍛え甲斐があるわ。アルフォースも今いないし、3代目夜王になってもらうわ」
夜王って襲名制なんだ。そもそも夜王が何かわからないけれど、お母様が凄く楽しそうにしていらっしゃる。止めるのは無理だろう。
タクトくんとクレインくん、セルネくんに目をやると、3人とも手を合わせて頭を下げていた。
「本当はアルマリアも連れていこうと思ったのですけれど、面倒な保護者が付いているからまたの機会にするわ」
そう言ってお母様はそそくさと乗り込み、リア・ファルミニを操作しだした。
そこで僕はジンギくんに目をやる。
「本当に一緒じゃなくていいの?」
「ああ、あいつの面倒見なくて済んで清々しているよ」
「もう面倒かからないもんね」
「アホ言うな。まだまだ心配事だらけ――じゃなくてだな」
「たまには連絡とってあげなよ。主従関係がなくなっても大事な家族みたいなものでしょう?」
「……わかってるよ。なあリョカ、グエングリッターいいところか?」
「うん、それは保証する。あの子を助けてくれる人たちもたくさんいるよ」
「そうか、そうか――なら尚更俺は行くわけにはいかないな。あいつはあいつの脚で歩き出したんだ、俺も俺の足で歩くさね」
「そう」
そうしてリア・ファルミニから覗くランファちゃんに手を振り、彼女たちは飛び出していった。
僕は残った人々に目を向けてリア・ファルを出し、全員が乗り込んでいくのを見ていると、陛下が手を差し出してきた。
「受け取ってもらえなかったけれど、これくらいならいいだろう?」
「ええ、今は王宮ですけれど、アイゼンさんと呼んだ方がいいですか?」
「……ジークと同じことを言うんだな。あいつらと旅をしていた時に使っていた名前なんだ」
「なるほど。お父様からその話を一切聞かせてもらえなかったので、今度聞いてみます」
「ああ、ぜひ聞いてみると言い。リーンとの出会いは絶対に話さないだろうから、俺のところに聞きに来ると良いよ」
「はいっ、では陛下、もし何かあれば僕たちを頼ってください。すぐに飛んでいきますから」
「ああ、頼りにさせてもらうよ」
そうして僕はリア・ファルの乗り込み、中々に濃い日々を過ごした王都から飛び立つのだった。