聖女ちゃんと無敵要塞
「いやはや、別に俺はさぁ人類の支配だとか、英雄になりたいとかっていうわけじゃないんだよ」
「でしょうね、あんたに英雄は無理だ。英雄の後ろでほくそ笑んで金数えている姿の方がしっくりくる」
「相変わらず失礼な奴だね。まあ金にだって興味はないんだけれど、なんでか集まってくるもんだから仕方なく使っているだけさ」
「天敵のジブリッドに殺されそうな発言だね」
「……ああジブリッド、本当に厄介だよ。ジークは本当に人の心を読むのが上手い、リーンには逆らいたくない。極めつけはリョカちゃんだ」
「月を創る銀と星の魔王――女神間でも様々な言説がささやかれている。ルナのお気に入りだし、それに関わった女神もみな骨抜きさ。人を動かす手腕はあんた以上かもね」
「それは非常に困る。うちの愛娘のこともそうだけれど、あの子たち周りの人材は誰かを裏切ってでもほしい。あれほどの原石、エルファンにやるには惜しい」
「ハっ、王宮に入った理由が人材集めとは、世に平和をもたらした英雄様とは思えない発言だ」
「なにを言う、俺はいつだって平和を愛しているさ。お前だってそうだろう? 平和を望むから敵を呼ぶんだ」
「……女神としては頷けないね」
「ルーファ、俺は個人として問うているんだ。守るためには侵すものがいないと成り立たないだろう」
「本当、面白い奴だよあんたは」
「そのためには力がいる。敵を作って煽り、敵を殺し続け、その最後に俺はその天辺に立ち、真の平和の中で生きるさ。それが俺の夢なんだよ――ほら、夢の実現に近づいたんだ、お前も一杯どうだ?」
「今度は払ってくれるんだろうね?」
「当然だろう? お前と俺は……あ~、リョカちゃん風に言うならビジネスパートナーだ。酒は分けるべきだろう?」
「それならぜひ」
2人のグラスをぶつける音と怪しい笑い声が聞こえる。
隣のセルネに目をやると、顔を手で覆って聞かなきゃよかった。という顔をしており、ジンギは顔を逸らして冷や汗を流していた。
タクトとクレインが苦笑いを浮かべているのは、きっとあたしの親父のことも王宮のことも、貴族のことも知らないからだろう。
ピヨ子とヴィヴィラの案内で辿り着いたのは貴族たちがよく使う高級趣向の店で、リョカとおじさんが品がないと前に一蹴していた。
とはいえその店は悪巧みに最適らしく、お酒の質も料理の質もあまりよくはないけれど、秘匿性の高さを売っているらしい。
あたしたちも入り口で止められたけれど、鬱陶しかったから睨んで落ちていてもらい、こうして親父たちのいる部屋の傍までやってきたのだけれど、ちょうどそんな話をしていた。
守護神もいるというからすぐにばれると思っていたけれど、ヴィヴィラが何かしてくれたらしく、2人にはあたしたちの存在が一切漏れておらず、グダグダと悪巧みをしている現場に、こうして辿り着いてしまったわけだ。
しかしリョカが言っていたように、完全防音ではないというのは本当だったわね。秘匿性が高いと言っても聞かれても誰も口にしない程度のもので、その程度が売れるのであればジブリッドの方が確実だと言っていたのも頷ける。
さて、どうやって絞めようかと考えていると、親父の品のない笑い声が響いた。
「しかしレッヘンバッハ、銀の魔王と完全に袂を分かつ気かい? そうなるとあんたのところのケダモノも黙っていないんじゃないかい?」
「……ああそれね。確実にリョカちゃんについて行っちゃうだろうね。だから俺はリョカちゃんとは事を構えないようにしたいんだよね。あの子と決別せずに戦力はこちらに回してもらう――ルーファ、ちょっと行ってリョカちゃんに甘えてきてよ」
「阿呆、今銀の魔王の傍にはルナもテルネもアヤメもクオンもラムダも――ああもう多いな! あたしが行っても逆効果だよ」
「それ全部女神? やっぱ避けては通れないか。ジークとリーンだけを警戒している場合ではないね、むしろリョカちゃんの方が要注意だ。あの子を上手く使うには――」
あたしは強く拳を握った。
殺気が漏れ始めているのか、セルネがあたしの手を掴んで首を横に振っている。
「待って待ってミーシャ、まだ早い。というかこういうのは父上に任せた方がいいって。レッヘンバッハ様がリョカを軽く見ていることに怒っているのはわかるよ。でも待って、今ミーシャが出たら確実にこの辺り更地になるから」
「……セルネぇ、無理ですぜい。もう完全にプッツンしている顔ですぜい」
「諦めようセルネ、この辺りには初めから何もなかった。それでいいんじゃないかな」
「というかルーファ姉がノリノリですよぅ。ルナ姉に報告です」
『あのバカ姉、良いように使われてまぁ。相変わらず享楽主義というか、後先考えないで酒の肴を選んでいる。あたしはああはなりたくはないね』
「ああならないように俺がちゃんと見てるよ」
『ん』
「ラブの波動を感じたです」
「ヒナ様ちょっとお口閉じてようね」
あたしを止めようとするセルネと、ピヨ子の口を手で塞いだクレインを横目に、あたしは全身に信仰を流し、アヤメの神核を使ってそれを体中に流し込む。
「『獣王顕現』」
頭を抱えるセルネを横にずらし、あたしは扉を殴りつけた。
「うぉお! なんだぁ――」
「こいつは」
「……」
煙が晴れると同時に、あたしの戦闘圧がバチバチと音を鳴らし、対峙する親父――レッヘンバッハ=グリムガントと守護神ルーファを睨みつける。
「み、ミーシャたん? ちょ、ちょいルーファ! お前気が付かなかったのか?」
「……まったく気が付かなかった。あたしたちの目を避けたのか――うん、ヒナ? と、ヴィヴィラか!」
『やあやあルーファ姉、少しおいたがすぎるんじゃあないかな』
「あんたに言われたくはないわ!」
「ルーファ姉そこまでです! 此度の狼藉、ヒナはまるっとお見通しなのです! 神妙にお縄に付けですよ!」
「……彼女たちは?」
「覚醒と革命の神鳥と運命を与える試練の三女――ヒナはともかく、ヴィヴィラの権能であたしの視界が消された」
何かグダグダ言っているけれど、これ以上アホなことはさせないし、いい加減殴りたい。
「親父、随分と愉快な話をしていたわね。あたしも混ぜてくれない?」
「え! あ、いやその、ミーシャたんにはまだ早いかな。あっ、パパそろそろお家に帰ろうと思っていたんだ、ミーシャたんも一緒にどう?」
あたしはニコと笑みを浮かべてみる。
「ひぇっ、ミーシャ顔を隠して! 聖女がしたら駄目な顔してる」
「さすがミーシャ様ですぜい。あっしも笑顔で人を射殺せるようになりたいですぜい」
「ぴよぅ、聖女選びは慎重に。と、話していたのはアヤメ姉だったようなです」
『それは言わないであげなよ。アヤメ姉もまさかここまでとは予想していなかったんでしょ』
「ほれピヨ子、巻き込まれるからクレインにくっ付いておけ。ヴィもほら」
セルネたちの言葉を右から左に流し、あたしは拳をにぎって2人に近づく。拳からは戦闘圧が溢れ、漆黒の殺意が漏れだす。
「レッヘンバッハ! あたしはここを切り抜けるよ! あんたは自分で逃げな!」
「ルーファ貴様!」
「ケダモノ相手になら誰も文句言わないだろう――『女神特権・我即ち無敵要塞』」
駆けだそうとするルーファの周囲に信仰の塊のような盾が幾つも生成され、それがあたしの振り上げた拳に合せて幾つも重なっていく。
「あたしの盾は何よりも強固だ! いかにケダモノといえ、これを抜くことは――」
これは盾というより、莫大な信仰の塊を用いた物量の暴力だ。
どれだけ強力な水を放とうとも海を目の前に出されたら何も出来ないように、ルーファの要塞はとんでもない質量の上で守護が成り立っている。
つまりこれは盾ではない。つまり――。
これはあたしの食い物だ。
「え?」
女神の信仰ならいくらでも喰ってきた。
殴りかかると同時に『施しの慈愛』を使用。ルーファの要塞を残すことなく喰らっていく。
「いやちょ、おまっ! あたしの信仰食って――」
彼女の要塞が霧散してく。
すでに守護神の盾ははがれた。あたしはそのまま拳を振り抜いた。
「ヴぇ――」
メキメキと音を鳴らし、ルーファの顔面を拳が穿っていく。
女神がしてはいけないような顔を晒しながら、ルーファが吹っ飛んでいき、壁をぶち抜いて遠くに飛んでいった。
「……」
あたしは指の骨を鳴らし、呆然と空いた穴を見ていたレッヘンバッハ=グリムガントの正面に立つ。
「え? あ、そのぉ、ぱ、パパだよぅ――」
「ふん!」
「ぎぇぇ!」
親父がルーファと同じ方向に飛んでいったのは確認し、あたしは大きく息を吸った。
「え、ちょミーシャ待って」
「セルネ盾ぇ! タクト、クレインは俺の後ろ――」
「――――」
あたしは咆哮を上げ、体に巡っている全戦闘圧を放出するのだった。