聖女ちゃんと夜に告げられて
「あら?」
ロイとエレノーラ、アヤメとラムダ、ジンギを連れてお墓参りにやってきたわけだけれど、どういうわけか先客がおり、その客に女神2人が顔を見合わせて肩を竦ませた。
嗅ぎ覚えのある匂いにあたしもロイも首を傾げるのだけれど、特に敵意は感じずあたしたちはその黒髪の夜を彷彿とさせる少女に対峙した。
「……」
黒髪の――夜神のアリシアと彼女に付き従うように控えているフェルミナ=イグリースの2人は目を閉じ、アンジェリカ=ウェンチェスターの墓前でただ祈るように顔を俯かせていた。
「これはこれは」
「リョカの女神対応阻害、ばっちり効いているわね。もう王都にはいないと思っていたわよ」
「何か忘れものでもした? やっぱり植物の種いる?」
ジンギだけが首を傾げており、肩車されているエレに視線を向けていた。
しかしアリシアが目を開けると呆れたような顔をあたしたちに向けてきており、何か間違ったことをしただろうかとアヤメと顔を見合わせる。
「……あのさ、お墓を建てるのは良いんだけれどこれ中身空っぽじゃん。それじゃあここに帰って来られない」
「空っぽ?」
「そっ、亡くなった人の大事にしていた物とか、その人とのつながりを証明するものとか、とにかくこれはまだお墓として成立してない」
ルナみたいな顔で頬を膨らませているアリシアだったけれど、夜神の言葉にロイがばつの悪そうに口を開いた。
「申し訳ありませんよるか……アリシア様、妻の、アンジェの持ち物は、もう、なにも」
「――」
ロイに目を向けたアリシアだったけれど、なにもないと言ったロイに一度顔を伏せると、すぐに大きなため息をつき、そしてお墓に手を添えた。
夜神の手からサラサラとした砂のようなものが落ち、アンジェリカ=ウェンチェスターのお墓が少しだけれど発光する。
なんだとあたしがお墓を覗くのだけれど、加護とも違う、女神の直接的な力とも違う。
強いて言うのならルナが扱う力のような感じがし、アヤメもラムダも驚いたような顔を浮かべていた。
「アンジェリカの魂の残滓――ウチは振られちゃったから、その時に落としていった欠片だけれど、何もないよりはずっといい」
光終えたお墓に、アリシアが再度目を閉じて向かい合った。その瞬間、目を覆うほどの突風が吹き、あたしとアヤメ、ラムダとジンギが通り抜けていった風を視た。
「ん、エレ?」
「――」
ジンギの声に、あたしはそちらに視線を向けると、肩に座っているエレが大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
その涙の意図をエレ自身把握できていないのか、困惑しており頻りに袖で目を拭っている。
そんな彼女をジンギが肩から降ろし、そしてエレが花束を手に持ったままお墓へと歩みを進め、そっと墓前へと手向けた。
ロイもエレも、静かに、そしてゆっくりと墓前に手を合わせており、あたしたちもそっと2人に続く。
そうして暫くそうしていると、ロイが顔を上げ、アリシアに頭を下げた。
「アリシア様、本当にありがとうございます」
「アリシア、あたしからもお礼を言わせて、アンジェちゃんのこと本当にありがとうね」
「……別に、ただウチとしてはせっかくのお墓なのに何もないっていうのが許せなかったってだけ」
ぷいと顔を逸らすアリシアだけれど、控えめな顔で彼女を見ていたエレに気が付くと、顔を赤らめエレノーラの頭を撫でた。
「えへへ――アリシア様、ありがとうございます」
「ん」
エレの笑顔に満足したようにその場から立ち去ろうとするアリシアだったけれど、あたしはその背中に声をかける。
「帰りにお茶でもしていく予定だったんだけれど、一緒にどう?」
「……本気で言ってる? 何度も言っているけれど、ウチはあなたたちの敵だよ」
「そう、でも敵でもお茶くらい飲むでしょう。たまたま時間が遭った、それだけの話よ」
「あのねミーシャちゃん、ウチたちこれでもいっぱいいっぱいでここにいるの。お茶なんてしている余裕なんて――」
鼻を鳴らすアリシアに、突然ジンギがにじり寄るのが見えた。
「思い出した! お前、この間俺とエレを助けてくれた子だな? フィムと一緒にいたよな」
「え、あ、えっと――」
ジンギに詰め寄られてアリシアがたじろいでおり、その目はどこか助けを求めるような視線をしていた。
ルナと同じでこうやって面と向かってグイグイくる相手に弱いのよね。
「え、そうなんですか?」
「ああ間違いない、この声は聞き覚えがある。エレももう一回礼を言っておけ。え~っとアリシアって言ったか? 本当にありがとうな!」
「わぁ、アリシア様、ありがとうございます」
「いや、別に……そもそも助けたのはフェルミナで――」
「ん~? よくわからんが、それでもお前が助けてくれるって決めたんだろう? なら礼を言うべきだろう」
「う~……あなたやりにくいわ。こういう真っ直ぐな信仰が一番手に負えない」
『……わかる』
アリシアとヴィヴィラが同じようにため息をつくと、ジンギがまた首を傾げていた。
今度は何を言うつもりだこの男はと見守っていると、彼はアリシアの顔をジッと見つめた。
「誰かに似ているような気がするな」
「え? 誰に――」
「あそうだルナだ」
「――っ」
見事に……こういう時、リョカ風に言うのならじらいを踏み抜いたというのだったか。アヤメもラムダも、肩を跳ねさせたアリシアにすぐに目をやった。
「う、ウチは別に、ルナ姉さまとは……」
「いや似ているぞ。誰かに優しくした時とかの顔がそっくりだ」
ジンギが手を伸ばし、アリシアの頭を撫でる。
「2人ともそれぞれにいい子なんだな」
「……ウチは、別にいい子じゃ。それに、そんなことルナ姉さまもやってるし、ルナ姉さまが出来るんだから、ウチにも出来て当然で」
「まあそうだな、優しい奴って言うのはそれが標準装備なのかもしれないな」
「ウチは優しくなんて……ルナ姉さまの方がずっとずっと」
「そうかぁ? ルナは確かに気が利くし優しいが、あいつ所々で性格の悪さ滲み出してるぞ」
「え?」
「す~ぐ毒吐くし、テルネには当たり強いし、リョカと同じで辛辣だしで、学園の馬鹿どもからは実は踏んでもらいたいとか言われているとかいないとか。それを知ったルナが笑顔で倒れていたバカを踏みつけたとか」
「ん~~~~」
アリシアが見たこともない表情で固まっている。
そりゃあ姉のよくわからない生態を告げられて、困惑するのも無理はないわね。
「や、止めてやれジンギ! アリシアは姉のルナを何だかんだ尊敬してんだ、そんな変態エピソード聞かされたら幻滅するだろうが!」
「え、そうなの? え~っと……じゃ、じゃああれだ、リョカがルナを教壇に立たせて、魔王が耳打ちしたんだが、そのあとルナがゴミを見るような目でぶたども~って叫んだ――」
「止めろぉ! アリシア――むしろルナが可哀そうになってきたわ」
というかあたしの記憶だとそのどちらもリョカが絡んでいた。えす顔のルナちゃん可愛い。だったかしら。
「なっ? ルナの優しさも意地の悪さも色々で、お前の優しさもツンケンしているところも色々だ。俺は今、お前に感謝しているんだ、素直に受け取ってくれな」
「……うん」
ジンギからの素直な言葉を受け取ったアリシアだったけれど、ふと傍で控えているフェルミナが微笑んだように見え、彼女に目をやるのだけれど、すぐに人形のような顔になりあたしは首を傾げる。
そうしていると、アリシアがジンギの傍に寄り、そして彼の肩辺りで指を弾いた。
「お礼を受け取るついで――ヴィヴィラ、あなたは自分がしたことを知っているんでしょう?」
『……』
「先のことなんてなまじ見えてしまうから、欲しい未来にだけ目を向けてしまう」
『君に何が』
「夜を舐めるな。月よりも星よりも全てを見通し、溶け込むように潜り込む。ウチに隠せる物なんて何もない。だからこそその耳を立ててよく聞きなさい――不確定はあなたを殺すものじゃない」
『――』
「リョカちゃんとミーシャちゃん、未だに計り切れていないんでしょう? 確定しているものに確信が持てないのなら、夜に飛び込んでみなさい」
そう言ってアリシアがあたしたちに背を向けた。
「お茶のお誘い、また今度にして。誘ってもらえてうれしかった。それじゃあね」
後ろ手に手を振るアリシアがふいに足を止め、振り返ってジンギを見た。
「ジンギくん、そのバカを離しちゃ駄目よ。手を取ったのなら最後まで面倒見てあげて」
「――おう、アリシアもまたな」
そして今度こそアリシアたちは去っていき、あたしたちは彼女が去っていった方角を見ていた。
「ルナと同じで優秀は優秀なんだよな」
「あたしの中でルナが絶対に悪い説が浮上しているんだけれど」
「……それ、ルナの前で絶対に言うなよ」
「あの子たちも厄介だよねぇ」
「なんだルナとアリシア喧嘩してるのか? 2人とも我が強そうだからな」
「我が強いの一言で纏められるのは多分ジンギくんだけですね。まあ本質はそこだけなのですが、口には出しづらいですよね」
「でもアリシア様優しかったです。エレもお友達になりたいなぁ」
あたしとジンギでエレの頭を撫で、さっき言ったとおりにあたしたちは帰りに喫茶店に寄ることを話しながら霊園から出るのだった。




