聖女ちゃんと隠された加護
昨日は久々に熟睡してしまった。
目を覚ました時、アヤメを抱き枕にしており、この子もこの子で呑気に鼻を鳴らして寝ていた。
あたしはそっと神獣の前髪を横に逸らして撫でると、何か食べている夢でも見ているのか、モゴモゴと口を動かしていた。
そろそろ起き上がるかと、アヤメを軽くゆすると、彼女はゆっくりと目を開くのだが寝ぼけ眼で腕を伸ばしてきたから、あたしはそのまま抱き上げて顔を洗いに洗面所に足を運ぶ。
人の気配は――ロイとエレノーラにラムダ、ランファとフィリアム、ジンギとヴィヴィラ、リョカとルナ、おばさんはどこかに出かけたのだろうか。
「ほらアヤメ、顔洗って」
「う~んぅ……」
アヤメの洗顔と歯磨きを手伝い、部屋に戻って寝間着から着替えるのだけれど、ふと屋敷の入り口からリョカとルナが帰ってきた気配がした。
あたしは相変わらずなアヤメを連れて、2人の下に行くと、あたしの幼馴染が瞳を輝かせており、何かやろうとしているのが丸わかりだった。
しかもそれは戦闘とかのあたし好みの行事ではない。あの子があんな顔をするのは多分――。
「おかえり。一応言っておくけれど、アヤメは物覚え悪いわよ」
「ただいま! 流石ミーシャ! そう思うんならミーシャも協力してあげて。僕は今から衣装と振付、それと歌を考えるためにこもるから――」
と、駆けだそうとするリョカの襟を掴み、そのまま引っ張る。
「ぐぇっ――」
「その前にご飯。それとライブするのは構わないけれど、少しは落ち着きなさい」
リョカのことだから失敗することなんてないだろうけれど、そんなはしゃいでいたら一緒にいるあたしたちが鬱陶しくてたまらない。少し抑えてもらおう。
「あ~はいはい、そういえば僕たちも食べてなかった」
「ですね~。あ、ミーシャさんおはようございます。アヤメの面倒を見てくれてありがとうございます」
「もう慣れたわ。服、適当に着せちゃったけれどいいわよね」
着ぐるみみたいなお揃いのケモ耳寝間着から、あたしは赤と黒のチェック柄のスカートにスパッツ、白いガラ付きTシャツ、それに革ジャンとブーツ、あちこちに装飾品。
アヤメはダボッとしたガラ付きTシャツに、短めのスカート、白黒のチェックのソックスと厚底の靴、髪はいつのの左右に束ねるものではなく、片方に髪を集めたサイドポニー? だかになっており、彼女にも装飾品をちりばめている。
「ミーシャはなんでかパンク寄りなんだよなぁ。この鎖は何です? それと見たこともない言語の服をよく着れますね? お母さんもうちょっと可愛い服着てほしいんだけれど」
「誰がお母さんよ。格好良いでしょう? あたしはこの方が似合っているのよ。というか作ったのはあんたでしょうが」
「いやミーシャが着たそうな服だから一通り作っただけだよ。まさか僕が指示しないとそればっかり着るとは思ってなかったし」
「服装に文句つけるな。着たい服を着て何が悪いのよ」
「まあ文句はないけどさぁ。でもアヤメちゃんもそっち寄りなんだよなぁ、なんだいあの女神特権、鎖ジャラジャラしてぇ、飼い犬の自覚芽生えちゃったの!」
「誰が飼い犬だぁ!」
あたしの手を握ってふらふらしていたアヤメだったが、やっと覚醒したのかリョカに飛びついた。
そして幼馴染の腕やらをハムハムしながら頬を膨らませており、喰らったリョカは幸せそうな顔で天井を見上げていた。
「リョカ、お腹空いたわ」
「あ~はいはい、すぐに作るから待っててね」
「わたくしも手伝いますね」
そう言ってリョカはアヤメから手を離し、厨房へと向かっていったから、あたしはアヤメを抱き上げて後をついて行くのだけれど、前を進む2人の後姿をジッと見る。
リョカはあたしの衣服をパンク系というけれど、あの子たちはいつもしっかりとした服を着ている。
ルナは白を基盤にした上品な格好で、チュニックとやらを好んで着ており、いつも清楚な感じだ。
幼馴染の方は結構いろいろな服を着ているけれど、今日はヒゲのところに行っていたのか、パンツスタイルのきっちりした正装のような服装。色々着ているけれど、ああやってかしこまった服が好みのようだ。
「……アヤメ、この服別に変じゃないわよね?」
「んぁ? うん、別に変じゃないわよ。リョカとルナがカタっ苦しすぎるだけよ」
「ならよかったわ。あんたもそっちの方が似合うのにね」
「なぁ~、俺もそう思うわよ。でもリョカがカラフルな服ばかり着せてくるから」
あれもあれで別に嫌いではないけれど、やはり着たい服が一番だろう。
あたしたちは揃って食堂の丸テーブルに腰を下ろすと、食事が出てくるのを今か今かと待つ。
寝起きだからかとてもお腹が空いている。アヤメもそうなのか、頻りに涎が口からこぼれそうになっており、そのたびにあたしはふき取る。
そうして待っていると、リョカとルナが食事を持って来てくれ、あたしたちは揃っていただきますと朝食……最早昼食を始める。
「ああそうだミーシャ、あの金髪は何ですか? いつからそんな不良に――元からだったわ」
「勝手に自己完結しないでくれる? あれは……よくわからないわ。あのままじゃイシュルミに攻撃が届かないと思ったから、アヤメの真似をしただけよ」
「ミーシャいいか? あの一瞬、お前は女神になってたんだぞ」
「あたし聖女よ」
「んなことはわかってるわよ。あたしの神核を使って体の生成、その際に大量の信仰を取り込んで、女神と変わらない力を手にしたのよ」
「わたくしもびっくりしました。女神間でいよいよあの聖女ヤバくないかという危機感を持ち始めたので、これからちょっかいを――かけられる心配はなさそうですね」
「あ、ないんですか?」
「はい、ミーシャさんが使用している神核がアヤメとクオンのなので、既存の女神では手の出しようがありません。女神最強トップ2が背後に付いていますから」
この子もクオンも、女神の中で大分幅を利かせているのね。
まあそれは良いとして、あの力、もう少しなんとか出来そうなのよね。身体能力はそれなりに上がるし、信仰もあり得ないくらい力になる。それに戦闘圧も練りやすい。
ただ欠点を上げるのなら生命力の消費が半端ない。
ヘリオス先生に相談してもっと効果のある薬でも作ってもらおうかしら?
「……ミーシャお前な、生命力って言うのは本来バンバン使っていい物じゃないのよ? 先生の薬とフォーチェンギフトでなんとか繋いでいるけれど、クレインクラスの生命力保持者でもない限り、あんなもの使うのは自殺行為よ」
「つまり、生命力を鍛えればいいのね?」
「俺の話聞いてた?」
「でもミーシャさん、実際に本当に危険なのですよ。ミーシャさんは幼い頃の影響か生命力が普通の人より少ないです。そんな状態であんな生命力を使用したら――」
ルナが心配気な顔で私を覗いてきて、そっと触れてくる。
こういう時のこの子の顔は結構堪えるものがある。か弱いというのはこういう子のことを言うのだろう。
しかしそのルナが首を傾げている。
「あ、あら? なんだか初めて会った時に比べて大分生命力が増えているような?」
「んなバカな。クレインとか徹底的に生命力を管理しているならともかく、ミーシャは戦ってばかりよ。そんなすぐに生命力が増えるわけないわ」
2人が大分心配してくれているのはわかるけれど、些か失礼ではないだろうか。
アヤメとルナの頬をこねていると、リョカが思案顔を浮かべていた。
「う~ん、あれじゃないですか? このサイヤ人――」
「サイヤ人って言うな」
「お野菜一族みたいに、死力を尽くした戦いで戦闘力上がるとかじゃないですか?」
「そんな理不尽な加護やスキルはありませんよ――っ!」
微笑んでいたルナだったが、突然バッと立ち上がり、アヤメに詰め寄った。
なんなのかしら?
「アヤメ、アヤメ、あり得ませんよね? あれは女神間で女神特権以上に危険なものだと封印指定されたはずですよね?」
「ま、待て待て待て、俺は一切知らないわよ。だってあれは俺の奥底に、奥底、に……あれ、初めてミーシャと会った時、あれどれだけの深層だったかしら?」
「アヤメ、アヤメ、今ミーシャさんが使っている加護はなんですか!」
アヤメとルナが体を震わせている。
あたしはリョカと顔を見合わせて首を傾げるのだけれど、あの焦り様、本来なら人が持ってはいけないものがあたしにはあるらしい。
「えっと、ルナちゃん? アヤメちゃん? うちの幼馴染がどうかしましたか?」
「え~っと、その……」
「隠したって無駄よ。もう確信に至ったのか、テルネとラムダが頭抱えているわよ。ミーシャには確実に俺の加護が付いているわ」
「それはそうだろうけれど、普段使っている加護とは……というか、女神様ってそんなに加護がたくさんあるんですか?」
「ええ、加護の数はそれなりにあるのですが……アヤメの場合少し特殊で、表に出してはいけない類の加護がもしかしたらミーシャさんに備わってしまっているのではないかと」
表に出してはいけない加護――女神の加護なんて大抵は表に出していけないはずなのだけれど、それを加味してってことよね。
一体どんな加護なのかあたしにはわからないけれど、リョカは知っているのだろうか。
「え~っと、アヤメちゃんの加護って、多分食物連鎖ですよね? 戦いの気配が高いほど生体ピラミッドの上に位置し、下の者に圧倒的な気配を与えるとかそんな」
「……ええ、それが今使っている主流の加護よ。でもそっちじゃない。そっちもミーシャは使っているけれど、俺たちが話しているのはそっちじゃないのよ」
そんな効果があったのね。道理であたしより弱い奴を睨むと泡拭いてぶっ倒れると思ったわ。
「覇王いろの正体が加護だとは予想していたけれど、まさか他にもあったとは」
「戦闘の意欲が強ければ強いほど効力の増す加護よ。ミーシャはさらにその加護で増えた戦闘圧を体に纏わせるって言う武装いろまでやってのけているけれどね」
「ジャンプ作品の主人公かお前は」
「わかる言葉で話してくれない?」
リョカにもわからないのか、アヤメとルナに目を向けているのだが、2人ともそれ以上口に出来ないのか、顔を逸らしてしまう。
「ま、まあミーシャは今までどおりでいいんじゃないかな? 聞いた感じどうにも出来ないようだし、何も聞かなかった。それが正解かな」
「すみませんリョカさんミーシャさん、完全にこちらの不手際です」
「いやだってさぁ! ミーシャのファーストコンタクトがあれだぜ? 防ぎようがないって」
「それはわたくしじゃなくてテルネに言ってください。リョカさんとミーシャさんに限り、わたくし発言権ないんですから」
「役に立ってくれよ最高神」
「これはぁ……まあリョカさんとミーシャさんは今までも女神のために色々してくれているので、罰せられるようなことはないと思いますので、とりあえず頑張ってください」
「うげぇ面倒くせぇ」
「なんか、うちの幼馴染がごめんね」
「まあいいわよ別に、それに今さらでしょ。お前たちに手を出す女神がいるなら俺が何とかするわ。多分クオンも出張ってくるだろうし、危険はないわよ」
「それを聞いて安心しました。でもアヤメちゃんもあまり無茶しないようにね。ミーシャが悲しんじゃうし」
「ん――そう思うんなら俺にもいい加減ぬいぐるみくれよな」
「あ~……実はアヤメちゃんのぬいぐるみは作れるんだよね。でもルナちゃんがダメって」
「ルナてめぇコラ!」
「別に大して働いていないのですからいいじゃないですか。これはいつかの交渉のためにリョカさんに預かってもらっているのです」
ぶう垂れるアヤメを撫で、あたしは昼食を指差す。
「別にいいけれど、食事は終わらせましょう。決めることもご飯が終わってから」
リョカとアヤメとルナが頷き、あたしたちは改めて食事を再開する。
しかしあたしの加護か。もう少し考えても良いかもしれないけれど、どうせ使えているのなら別に知る必要もないだろうと食事を口に運ぶのだった。




