鋼鉄ライダーくん、夜をも凍らす女王に出会う
リョカの作ったブースターとやらはないが、俺の『我が歩み止める者なし』であるならば、進む方に道が出来るために脱出するだけなら十分だ。
とはいえ、今は野菜とか積んでいそうな荷台がくっ付いているからあまり格好良くはないが、さすがロイさんが作っただけあり、頑丈に出来ている。
俺たちがバルバトロスを飛び出すと、少ししてあの飛行物体が音を立てて崩れ、地面へと落ちていく。あれあのまま落としてもいいのだろうかと疑問を抱いたが、リョカ辺りが何とかするだろうと結論付ける。
それよりも目下考えなければならないのは、この2人だろう。
片や俺の背中に張り付いて、涙を拭い続けている星の勇者様。
もう片方は事情はわからないが、ずっとランファの傍で呟くように『ごめんなさい』と言い続けている相棒。
エレがどれだけしっかりしていたのかがよくわかる。
「俺は保護者じゃねえんだぞ」
「諦めなさい。お前には甘えん坊を寄せ付ける何かがあんだろう」
「エレノーラも甘えん坊ですからね」
「エレはしっかりしてますよ。出来ないことはちゃんと出来ないって言いますし」
ランファも、ヴィも、分不相応なんだろう。出来ないことを必死に追いかけて、挙句の果てに誰も巻き込みたくないなんて言いやがる。
出来ないなら出来ないでそう言えばいいのに頑なにそれをしない。
だからこっちとしては突き進めとしか言いようがない。
止まれって言っても止まらないんだから、せめて格好つけさせなければ、分不相応なのも滑稽になる。
「この状態のランファをリョカに会わせたくはないなぁ」
「あら、どうしてよ?」
「甘やかすから」
「それは間違いないねぇ。リョカちゃんこういう子大好きな節があるから」
「リョカは弱っている奴につけ込むの上手いからね。しかも泣き顔を可愛いとか言うし、そんな奴から頼りにされた時の、所謂依存されたときとかも喜ぶようなサディストだしね」
「せっかく俺が甘やかさないって決めたんだから、あいつも自重してほしい――いたたたた! ランファ抓んな」
頬を膨らませているだろうランファに悪態をつきつつ、俺はもう片方の問題児に意識を向ける。
こっちはこっちで何に謝っているのやら。
「……ジンギ、俺たちの三女が悪いわね」
「良いよ別に。素直じゃない奴の相手は慣れてる――いたたたた! ヴィお前どうやって攻撃してんだ、ランファもいい加減抓るの止めろ!」
「いや本当、助かっちゃうよ。ヒナリアもそうだけれど、この子たちの世代は癖があるからね、2人ともいい相手と巡り合えてよかった」
「いえいえ、しかしラムダさんはあれっすね。みんなより年上な感じなんですね。アヤメが最年長かと思ってましたけれど、ラムダさんの方がお姉さんっすよね」
その瞬間、アヤメが噴き出し、彼女がラムダさんに引っ叩かれた。
「ジンギくん、あたしとアヤメは同い年だからね」
「え? あ~……アヤメ、もっと年相応にな」
「こっちに合わせないで!」
俺が首を傾げている間中、アヤメが腹を抱えて荷台をバンバン叩いていた。
おかしなことを言っただろうかとミーシャに目をやると、珍しく何か考え込んでいた。
「お前がそんな様子だと調子狂うんだが?」
「……まあ、ちょっとね」
「らしくもない。いつもみたいに悩む前に殴れよ」
「あんたあたしのことなんだと思っているのよ」
「聖女だと思っているよ。お前のせいで魂にこびりついた聖女像だけれどな」
「……言うようになったじゃない。帰ったら覚えておきなさい。あんたの新しい力あたしが試してやるわ」
「オルタとタクト、クレインとエレをつけて良いなら相手になってやるよ」
「駄目よあんた1人」
思案顔ではなく、勝気な顔で言う聖女に俺は肩を竦める。
やはりこういう顔の方が似合っているのだろう。
この顔を引き出すためだけに、俺1人が犠牲になるのなら――やっぱ嫌だな、タクトに泣きつこう。
そんなことを考えていると、ふと、妙な気配がした。
微弱……あまりにも弱々しい気配。なのだが、その扉を開けてはいけないと頭を殴られるような感覚。
何だと俺がハンドルを握ったまま、バルバトロスが落ちていく方に顔を向けると、何者かが近づくように落ちてきていた。
マズいとそいつを避けようとするが、頭を突き刺すような痛み――否、凍えるほどの殺気。
ミーシャもアヤメも、ロイさんも気が付いていない。
敵ではない? いや違う。向けられている相手がこちらに合っていない。
俺がその落下してきている男に目を向けると、ミーシャもロイさんもその男に気が付いたのか、戦闘態勢に移行――するはずが、突然彼女らが体を固まらせた。
「これは――」
ロイさんが驚きに声を上げると、さっきまで泣いていたヴィが声を上げた。
『【大気を操り固める者】これは』
「ふははははっ! この時を待っていたのだよ、そう、私こそが発光の騎士、レッドカ――」
マズいマズい。ミーシャたちの危険ではない。今のこの場に置いて最も死に近いのはこの男。
俺は息を飲んで奴に向けていた視線を下げて、大地に目をやった。
何かがとんでもない速度で近づいている。
俺はつい歯を鳴らしてしまう。
バイツロンドの爺さんと初めて会った時のような衝撃、勝てない。
リョカとミーシャのような理不尽とは違う。
ただ漠然と力の差が明確な――。
「あたしの娘たちに、何をしようとしている」
「へ?」
男が素っ頓狂な声を上げたが、当然だろう。
俺たちのいる空中に、大地から伸びた氷の道。
その氷を滑るように駆け上がってきた白銀の髪をなびかせた女性。
目を奪われるような女性が指を鳴らした瞬間、風も大気も、男ともども氷漬けになり、徐々に顔まで氷が侵していく。そんな氷漬けにされている最中の男が真っ青な顔で口を開いた。
「白銀の髪、氷……まさか、夜王リーンフォース――」
「その名はアルの坊やにくれてやったわ」
リョカの母親であるリーン=ジブリッドが口元に手のひらを添えて息を吹きかけた瞬間、全身を完全に氷漬けにされた男が砕け散った。
リーンさんが荷台に飛び乗ると肩を竦めた。
「おばさん」
「詰めが甘いわよミーシャ」
「……いやはや流石ですね。あの時あなたに喧嘩を売らなくて正解でした」
「アンジェが可愛かったんだもの。わざわざ傷つけるような真似はしないわ」
どんな関係なんだと俺が顔を引きつらせていると、彼女が俺を見ており、つい首を傾げてしまう。
するとリーンさんは荷台を少し移動して俺の背に近づくと、ランファと俺を撫でてくれる。
「2人ともよく頑張ったわね」
「……」
「……」
呆けた顔を浮かべてしまう。
こうやって誰かに撫でられるのは久々だったか。いやそれよりも何だか、ひどくこっぱずかしい。いやな感じではないけれど、なんというか、俺たちはそれを通ってこなかったから、馴染みがないというか……。
うん、悪い気はしない。
「さあ帰りましょう。あの兵器はリョカが回収するみたいだから、あとは任せちゃいましょう」
俺たちはリーンさんの言葉にうなずくと、そのまま帰路に、大地へと帰っていくのだった。