聖女ちゃんと弱者の都合
「ミーシャ!」
ランファとラムダを抱えて走ってきたあたしは、その道中でアヤメとロイ、ジンギを見つけた。
彼らの下に足を進めるのだけれど、ランファは身動き一つせず、ラムダは肩を落としていた。
アヤメに目をやると、あの子は首を横に振り、そっとしておけとでも言いたげで、雰囲気を感じ取ったのかロイも何も言わなかった。
けれどジンギだけは首を傾げており、あたしの背中に回ってランファの顔を覗くと、ため息をついた。
そしてランファの頭を荒々しく撫で、彼女がそれを振り払うのだけれど、ジンギがランファの両肩に手を置いた。
「なに抱えられてるんだお前」
「――」
「お前たちと一緒じゃないってことは、イシュルミの奴、騎士の本懐を思い出したんだろ」
ジンギの言葉に、ランファが歯を鳴らしたのがわかった。
彼の言う通りではあるけれど、きっと今のランファではそれを受け止めきれないだろう。
「……本懐って。そんなものが、命より大事なわけ――」
「あるに決まってんだろ! あいつが、イシュルミが誰に騎士道を学んだと思ってんだ! ランバート=イルミーゼ、王宮も、民も、そして自分の家族も守ることを決めた鋼の信念を持った騎士だぞ!」
顔を伏せるランファに、ジンギは声を荒げた。
「イシュルミが剣を向けたのは誰だ。そのことに気が付いたあいつが耐えられるわけないだろうが!」
「それでも、それでも――っ」
「生きていてほしかった? 馬鹿野郎が、俺たちはそんなに強くねえ! リョカとミーシャ、ロイさんと一緒に行動して忘れちまったか? 弱い俺たちは、生きて罪を償うなんて強い真似できねえんだよ!」
ランファがポロポロと涙をこぼす中、それでもジンギは続ける。
弱者の言葉を、弱い人間の主張を続ける。
「切り捨てろとは言わない。でもな、生きろなんて、てめえの勝手に俺たちを巻き込むな!」
「――」
これは、あたしたちにはわからない。
きっとロイもわかっていない。あたしたちは強い側なんだ。わかるわけがない。
「でもな、お前は違うだろ。お前は勇者になった、極星になった」
ジンギがあたしの肩に抱えられているランファに手を回す。
そして持ち上げると、その両足で立たせる。
「黄衣の魔王を倒すんだろうが! もう一度聞くぞ。なに抱えられてんだお前!」
袖で涙を拭ったランファがゆっくりと、ゆらゆらとした足取りで一歩、また一歩と歩みを進める。
その姿を見ていたジンギが頭を掻き肩を竦めると、彼女に背を向けて屈んだ。
ランファが一言も発せずにジンギの背中に体を預けると、彼は星の勇者を担ぎ、立ち上がってため息をついた。
何だかんだこの男は従者なのだ。解雇されても一番近くにいたのは間違いない。
するとジンギがあたしに近づいてきて、背中に顎を指す。
「ミーシャ、ありがとうな。これと、イシュルミの面倒見てくれて」
「あたしは何もしていないわよ。でもごめんなさいね、弱い人の気持ちは、まったくわからない」
「だろうな。お前もリョカも強すぎんだよ」
「ええ、まあ」
「少しは謙遜してくれないか?」
首を傾げるあたしに、ジンギが盛大にため息をついた。
「『魔をも穿つ同士の福音・我が歩み止める者なし』ああロイさん、なんかこう、荷台みたいなのって作れますか? さすがに6人もいると全員乗せられなくて」
「ええ、作れますよ。少し待っていてください」
ロイが荷台を植物で編んでいる間、あたしはアヤメを撫でた。
「頑張ったわね」
「ミーシャもな。というかお前は下りたら説教だからな、なんつうこと仕出かしてくれてるのよ」
「何もしていないわ」
「バカヤロウ女神みたいなことしやがって。挙句の果てに野菜人みたいな変身までして、テルネ今頃頭抱えてるわよ」
まったく自覚のないことで説教を受けるらしく、憂鬱な気分になっていると、ジンギが手を上げた。
彼の乗り物にはロイ作の植物の荷台が取り付けられており、アヤメとラムダを抱き上げてそこに乗せると、ランファが背中に引っ付いているジンギに準備できたことを伝える。
「それじゃあ脱出するぞ」
あたしたちは頷き、このアホみたいな飛行物体から脱出するのだった。




