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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
34章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、王都防衛戦線。
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雷星の勇者ちゃん、その過去を振り解く

 ミーシャさんとイシュルミが対峙すると、その空気は重く息苦しいものへと変わり、2人が形成する戦場に飲み込まれそうになっていた。



「ランファちゃん」



「――大丈夫ですわ」



 しかしイシュルミはこんなに強かっただろうか。

 まだ実力はわからない。でも少なくともミーシャさんと圧のぶつかり合いで均衡するほどの力は持っていなかった。

 あの男と再会したのは何年ぶりだっただろうか。

 お父様とお母様が殺されて、そのすぐ後にイシュルミが騎士団の大半を連れて国を出ていった。



 その時の彼は副団長という立場だったけれど、主な仕事は書類仕事や新人育成など、お父様が不得意なことを代わりにやっていた。

 昔お父様が話してくれた。イシュルミは自分を補佐してくれて、さらに自分を引き立ててくれるのだと、だから彼自身にも礼を込めて副団長にしたのだと。自分の下にいる以上陰には生きさせないと。



 戦闘要員ではなかったイシュルミ=テンダーが一体どれほどの鍛錬を積み、あそこまで上り詰めたのか、わたくしには想像も出来ない。



 どうしてもっと早く彼を見つけられなかったのか。後悔ばかりが募っていく。



 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 この空間にはイシュルミだけではなく、彼が連れて行った騎士たち――その中でも精鋭だった者たちがいる。



「『聖剣顕現・時穿つ極光の七つ星(セブンスフィムリート)地に注ぐは堅牢な稲光(カラドボルグ)』」



 わたくしは聖剣を構えると、その彼ら1人1人の顔を見る。

 見たことのある顔、お父様お母様と一緒にテーブルを囲み、食事をしていたことが昨日のことのように思い出せる。



 しかし今の彼らの顔は痩せこけ、優しく笑っていた顔はもうなく、力を目指し、誰かを殺すためだけの瞳をしていた。

 そして何より、今の彼らにはもう……。



「ランファちゃん、あれもう」



「……わかっていますわ。この剣を鈍らせはしませんわ。でも、少し思い出してしまって」



 傀来、魔王の第4スキル。リョカさん曰く、人々の魂に直接関与し、魂の形を変えることの出来るスキル。魂の形で善にも悪にも傾けられ、魂の形が変わることで人の体にも影響を与える。

 ロイさんはその魂の定義を血液に定めていたから、血思体なんかにも傀来が効いたらしいけれど、月の加護を得てからのリョカさんはその魂方面にも知識が深くなり、より鮮明な傀来を解説してくれたのだけれど、彼女曰く、最も魔王の性格が出るスキルらしい。



 つまり、彼らに傀来を使った魔王は――この、顔のない(・・・・)騎士たちは、何も考えずに、何も目的はなく、ただ外敵に剣を振るうためだけの在り方の彼らを作ったあの腐れ魔王、黄衣の魔王はとんでもないクソ野郎ということですわ。



 騎士の1人が飛び出してきた。

 わたくしの記憶では、彼は新米の騎士だった。名をリック――子ども心にも人懐っこく、幼いわたくしと遊んでくれた歳の近い友人のような男性、街に出れば露店でいつもおまけを貰って、内緒だよ。と、夕食前にわたくしに食べ物をくれて、よくお母様に一緒に叱られた。



 わたくしはリックから放たれた剣を聖剣で弾き、雷を纏わせて彼に振り下ろす。

 しかし背後に控えていた……否、影から現れた女性騎士――名をラーラ、彼女が飛び出して来て闇の斧をわたくしの聖剣を沿うように刃を流し、リックへの攻撃をしのいだ。



 ラーラは精鋭唯一の女性で、しっかり者に見せかけておっちょこちょいで、したり顔で訓練の準備を終えた後、出来る女は男が気が付く前に終わらせておくのよ。ランファも覚えておきなさい。なんて言いながら、次の日の訓練の準備をしていたり、訓練に使う武器を取り違えたりなどドジなことをして、みんなで準備を手伝った。



 そんな彼女の助力の後、2人によって視界が遮られた場所からの射撃――精霊術による弓の生成からの強力な風の矢。

 わたくしはそれを躱すのだけれど、その矢を射った彼は騎士団にしては珍しい弓使いで、精霊使いとしての腕もさることながら神官としての位も高かった。

 彼の名はアーヴィル、ニヒルな物言いが多く、イシュルミとはしょっちゅう喧嘩していた。

 しかし子どもに優しかったり、婚約者の自慢をしたりと深く話せば話すほど親しみの湧く男で、わたくしを煽ってよくお母様が作ったお菓子のつまみ食いをさせられていた。そして彼はちゃっかり叱られずにお菓子をつまみ食いしている。

 イシュルミについて行くことを決めた時、婚約も破棄したそうなのだけれど、その後のことは知らない。


 わたくしは目を閉じる。

 攻撃を躱しながら幾つもの雷の球を彼らにくっ付けていく。



 ああ、わかってしまう。

 わかってしまうんだ。



 どれだけ力が強くなっても、どれだけ洗練された動きになっても、使用するスキルが変わっていても――わたくしには手に取るようにわかってしまう。



 攻撃を弾き、躱し、それでもなお迫ってくる連携攻撃――そう、普段は戦わないイシュルミを混ぜて、お父様も加わって、いつもいつも、わたくしが幼い頃にずっと見ていた光景。



「どうして――」



 泣かないと決めていた。

 あの魔王様に助けてと言われてしまった。

 唯一の従者にもう甘やかしてやらないと言われた。



 それなのに――。



「どうして、あなたたちのことがわかってしまうの――」



 涙を抑えきれない。



 それでもわたくしは、剣を振るう。

 彼らにくっ付いた雷球がバチバチと音を鳴らす。



「『流れ星は裁きを(ルブナルビラ)伴って願いと化す(ジャッジメント)』」



 迫りくる3人――しかしすでに裁きは下された。

 彼らを覆うように星が頭上にて瞬く。

 それは流星となって彼らに降り注ぐ。



「――」



 わたくしは息を飲んだ。

 幻覚だ、わたくしの心が見せた都合のいい夢だ。



 星の雷に視界が染められるその瞬間、彼らを消し飛ばそうとする光の奔流が世界を揺らすその直前、3人が微笑んだように見えてしまった。



 わたくしは奥歯を噛みしめ、雷が夢を終わらせた(・・・・・・・)その時まで、目を離すことなく見続けた。



「……どうして」



 顔を伏せ、涙をこぼしてしまう。

 強くなったはずなのに、力をつけたはずなのに、どうして――どうしてわたくしはまた泣いているの。



 もう、わたくしは1人で立たなければならないのに、誰かの手を取って立ち上がるわけにはいかないのに。



「――?」



 わたくしの手がそっと握られる感触。

 涙が流れる顔でそのつないだ手に目を落とした。



「女神なら君が立ち上がるために手を差し出しても許されるでしょう?」



「――」



 豊穣の女神様の手をキュッと握り、わたくしはただただ泣きじゃくる。



「約束しよう。あたしは輪廻の女神、彼らの魂が決して迷わないように、何不自由なく()に続けると」



 わたくしはただ頷くだけだった。

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