魔王ちゃんと千の極星人
「本当に女神がいるとはな、カリンに聞いた通りだ。しかし如何せん色気が足りん」
「なんだァ? てめェ……」
僕ではなく明らかに女神様を狙った斬撃、さらに今の発言――どう殺してやろうか。
傀来ではなく、バルバトロスでジンギくんと戦っていた冒険者のように自分の意思でこの戦場にいる。
ジンギくんは冒険者の矜持とか言っていたけれど、心底受け入れがたい矜持もあったものだ。僕が知っている冒険者は少なくともこれを矜持とは呼ばない。
ジンギくんはそれでも相手を立てたみたいだけれど、僕はそれほど優しくはない。
「そいつらを日の下に晒せば金になる。それなのにそんなチンチクリンじゃ体も売れやしない」
「……」
「もう少し色気のある女神はいないのか? お前は女神どもに傾倒していると聞く。俺にそいつらを差し出せ」
「……」
さっきから何を言っているんだこいつ。
しかもこいつから本来なら女神様に仕えるべき者の匂いがする。ロイさんと同じのはずなのに、同じとは認めたくはない。
こいつ、神官だ。
「おい百花! お前誰を前にして女神様を笑っているのかわかっているのか!」
「高が王が俺に指図でもするのか? 王だろうが女神だろうが、そこに金が絡むのならお前らは所詮商品に過ぎない」
「ウヴォール、今ならまだ間に合いますよ。まともに死にたいでしょう?」
ウヴォール、確か百花千輪とか言ったA級冒険者だったか。
陛下もベルギンド様もどこか顔を青白くしている。そんなに強い相手とは思えないけれど、彼らにとってはそれなりに脅威なのだろう。
「駄目ですねこれ」
「ミルドに向けた眼と同じになっています」
「……憐れな」
ウヴォールが剣を掲げ、したり顔を浮かべている。
そしてその剣が振るわれると同時に、幾つもの斬撃が僕たちの周囲を奔った。
「俺の剣は千の斬撃を放つ、あの風斬りすらも捌ききれない斬撃だろう。女神と王はこちらに寄越せ、傷物になったら売れないかもしれないからな」
ばら撒かれた斬撃を、僕は現闇と素晴らしき魔王オーラで僕たちの体に当たるだろう斬撃を相殺した。
しかしこいつは何を寝言言っているんだ? テッカですら捌ききれない? 捌く必要のない斬撃を捌いて何になる。テッカならこいつが斬撃を放つ前に首を刎ねるだろう。
私は息を吐いた。
さっきからうちのルナちゃんやよその子のフィムちゃん、うちの子の友だちのテルネちゃんに汚らわしい目を向けやがって、防犯ブザー鳴らさなくても即死刑だ。
こっちは今、うちのルナちゃんだけではなく、大事な2人をお預かりしているんだぞ。
それをこいつは保護者そっちのけでハッスルしやがって、頭お花畑にもほどがある。
「次は外してはやらないぞ。千の斬撃に切り刻まれろ――」
「……」
僕は薬巻に火を点して煙を吐き出した。
剣戟に火花が散った。あちこちで金属の鳴る音が鳴っており、その千の斬撃とやらもこちらに届くことはない。
風斬りであるのならすべての斬撃を無視するだろう。でも僕はそこまで性格はよくない。
斬撃が当たらなかったからなんて言い訳をされたくない。
あちらが千の斬撃を放つというのなら、僕は――。
「『現闇魂・僕を愛して星に願いを』」
ゆらゆらと揺れる闇がそれぞれに命を持ち、その素質を武器に変えていく。
「お前が千の斬撃を繰り出すというのなら、私は千の星で迎え撃とう」
まるで影法師のようなヒト型が斬撃をすべて防ぎ、そしてあの無礼者を囲った。
「お前に優しくしてやる理由はない。せいぜい私を退屈させずに唄えよ」
「は――」
星空を眺めながら煙を吐き出すと同時に指を鳴らすと、揺蕩う闇が一斉に敵に剣を振りかざした。
断末魔と肉を斬る音――命を終える音と命を繋ぐ音。
「は? 傷が、治って――」
「せいぜい囀れ」
私は指を鳴らすと同時に背を向け、彼の者の延々と続く最後の歌を聞きながら、その耳に入れたくもない雑音を聞きながら、大きく息を吸う。
こんな声を月と星と叡智に聞かせていられない。
雑音にもかき消えないほどの声量で、あんな不愉快な歌を忘れさせるほどの歌を――僕は歌う。
「……だから言ったのに」
「しかし素敵な歌ですね。もうウヴォールの声が聞こえなくなりましたよ」
「リョカさんったらまた不思議なことを」
「これ、なんです?」
「……」
「フィリアム?」
「あれ、全部極星です」
「そういうやり方で来ましたか。それは一冒険者が敵うわけないですよね」
「ルナ、女神の力をあそこまで使いこなすというのは本来大問題ですよ」
「ならテルネが止めてきたらどうですか? 抱き着けばきっと止まってくれますよ」
「……いえ、それなりに不愉快だったので、今はこの歌を聞きながら読書にでも励みます。ティーセット持ってくればよかったです」
「ああ、それなら私が用意してきますよ。そろそろソフィアも帰ってくるでしょうし」
「では、お願いします」
そんな観客の声を聞きながら、僕は魔王星たちを護衛に立たせて歌をうたうのだった。