魔王ちゃんと守護神の盾
「ああぁぁ――っんっとによかったぁ! ロイさん同行させて大正解だった」
「セルネさん、本当に危ないところでしたね。あの土壇場での2本目の聖剣、並の勇者ならあの時点で終わっていましたね」
「ラスターのところの子もやるものだな。しかし聖剣2本持ちというのはあり得るのか?」
「わたくしが世界を見るようになってから今まで一度も見たことはありませんね」
「セルネはリョカさんとミーシャさんの勇者ですから。この2人が女神並みの信仰を与えているようなものなので、それで成り立った奇跡みたいなものですね。しかしあの盾、ルーファが不貞腐れますよ」
一応、上に行ったミーシャたちの様子を見ることが出来るように魔剣を忍ばせていたのだけれど、その魔剣からの映像をルナちゃんのスクリーンで映していたのだけれど、ミーシャがまったくブースターを扱いきれていなかったことに驚き、さらにセルネくんが勇者面を爆発させてしまったことで、僕の心臓はひっきりなしに鳴っていた。
銀狼の勇者があれだけの力を持っていてくれて、本当に良かった。セルネくんには帰ってきたら何かお礼をしなければ――。
「そういえばセルネくんを回収に行かなくちゃ」
「リョカさん、それなら私が――」
ソフィアがそう提案してくれたけれど、王都の門からカンドルクさんが歩んできたのが見えた。その表情はどこか呆けたもので、ずっとスクリーンに目をやっていた。
僕が首を傾げると、ルナちゃんがチョンと袖を引っ張ってきた。
そして彼女はどこか懇願するような顔を向けてきた。
ルナちゃんの力になってやりたいけれど、こういうことは得意ではない。どうした物かと考えていると、彼が近づいてきた。
「……セルネくんは、本当にすごい子なんだね」
「ええ、学園の自慢の勇者ですから。それよりここは危ないですよ、黄衣の魔王の目もどこにあるかわかりませんし」
「うん、ここで目立てばもしかしたら俺も狙われるかもしれないね。でも、それは君たちもだよね?」
「僕たちは強いので」
「……ミーシャちゃんは直接的に言うけれど、リョカちゃんは遠回しに言うなぁ」
このカンドルクという人は確かに強い盾を生成したことがあるのだろう。けれどそれだけだ。
今現在力もなければ敵側にとっては都合の悪い人でしかない。
僕は勇者でもないし、聖女でもないからこの人を守ってやる道理はない。でもこのおじさんからは、どうにも僕が今までであって来た人と同じ目が見える。
困難に立ち向かおうとする人はいつもこんな目をしている。
私であった時分、部下がいつもしていた目だ。私はそれほどの困難だったか。
だからだろうか、魔王とかそういうのを抜きにして放っておけない。きっとミーシャもそうだったのだろう。
「きっと、ミーシャとセルネくんにいい影響を受けたんですね。そしてきっと僕は知らない内にあなたを傷つけた」
「あ~……うん、でもヨル爺に追い出されちゃってね。君ともちゃんと話して来いって」
「――? その、ヨル爺さんという方に? 多分会ったことないですよ」
「え、そうなの? ヨル爺さん、したいことがあるならリョカちゃんのところに行けって」
会ったことないよな? 僕がルナちゃんに目を向けると、彼女がカンドルクさんに触れ、そして僕とも手を繋いだ。そして頭に出てくる老人なのだけれど、やはり会ったこともない。ルナちゃんも知らない人なのか、首を傾げている。
「まあ何を期待されているのかはわかりませんが、僕は多分あなたに王都に隠れていろ。としか言わないですよ。セルネくんのおかげで砲台の数は減った、こっちに飛んでくる砲弾も少なくなったけれどなくなったわけじゃない。それに――」
僕はバルバトロスのある一角を睨む。
セルネくんが神気一魂を使って弾いた極太レーザー、あんなもの撃たれたら正直僕の盾じゃ防げない。デカすぎる。
よくもまぁあの子は防げたものだと感心するけれど、多分ミーシャがいるからだろうな。
特定の条件で能力を跳ね上げる盾。きっとそれがあの子の聖剣だ。
「次さっきの光線が飛んで来たら王都がヤバいです。何とか頑張ってみますが、絶対ではない。それにほら――」
僕が視線を向けた先にはラスターさんが先導して兵士の皆さんと住民を避難させているところだった。
きっと王都を出ようとしている住民を説得しているのだろうけれど、さっきの光線に完全に街を出る気を失くしているのだろう。
しかしラスターさん、セルネくんが心配だろうに、それでもああして兵を率いている。
そのラスターさんが陛下の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「……陛下、なぜここに」
「ここを抜かれたらどちらにせよ俺の命はないだろう」
「まあ、ジブリッドもカルタスもいますし安全ではありますがね」
ラスターさんがセルネくんが落ちていった方向に目を向けた。
「すみません、僕の判断ミスです」
「……何を言うかと思えば、俺はセルネに、よく努めよと言った。あいつはそれを順守したまでだ。それとも貴様には迷惑だったか」
「いいえ、あの子はいつも僕たちのために在ってくれます。もったいないくらいです。彼は良い勇者ですよ」
「そうか」
ラスターさんは短く頷くと、カンドルクさんに目を向けた。
「何だカンドルク、暇を持て余しているのなら貴様も手伝え」
「あ、いえ、私はその――」
「貴様も兵士だろうが」
「……でも、何も出来ませんし」
「阿呆が、大抵の兵士は何も出来ん。その目を見開いてよく見てみろ。あそこで住民を説得している兵士の脚も震えているだろう。その点貴様はこの状況でも冷静さを保っているな」
「それは――」
「黄衣の魔王と戦った。それとあのグリムガントの娘からも拳を向けられたそうだな」
「いえグランドバスラー差し向けられました」
「……今この場で最も冷静な兵士は貴様だろうな」
何やってんだあの聖女。
僕がそう呆れていると、ここまで言われても未だにカンドルクさんの表情は冴えないまま、僕はため息をつくと彼の後ろに回ってそのお尻に蹴りをかました。
「あいたぁ!」
「僕はミーシャじゃないのでこのくらいしか出来ませんよ」
僕は息を吐くとカンドルクさんに見えるように未だに説得を受けている住民達を顎で指す。
「あなたは何ですか?」
「え、兵士――」
「兵士はなにをするべきですか?」
「……人を守る」
「あなたはどうやって守りたいのですか?」
「……街中を歩き回って、人々に声をかけて――ああそうだ、俺はこの国が、この街が好きなんだ。だから誰も欠けさせたくない。昨日まで一緒に話していた人が突然いなくなるなんて嫌すぎる」
「そうですか。それならさっさとやることやってきてください。問題は僕たちが解決しますから」
「ミーシャちゃんと同じこと言ってる。うん、ありがとうリョカちゃん」
やっぱりガラじゃないなぁ。そもそもおっさんなんて基本的に可愛げなんてないんだから、僕の専門外なのはわかりきっているだろうに。
まあ何とか持ち直したみたいだし、ソフィアにセルネくんの回収を頼んで――。
僕は不意に空を見上げる。正確には無価値の破壊者をその瞳に映す。
「……あれは――ッ!」
バルバトロスが傾いた。それはミーシャたちの破壊が成功したとかではなく、バルバトロスの機体の下部――つまり円盤の中心、そこから、今からレーザーぶちかましますよ。的な突起が湧いて出てきた。
アリとかクモとか出てくるゲームじゃないんだぞ。ジェノサイドな砲撃なんて望んじゃいない。
その突起が明らかに王都に向けられている。
さっきセルネくんが壊したものよりずっと大きな砲台だ。
アンデルセンめ、あのくらいの装備覚えておけ。
その砲台がバチバチと音を鳴らしているかのようなエネルギーを纏わせているのが目視できる。
それに気が付いたのか、門で兵士に詰めていた住民も顔を青くさせて怒鳴るような声を上げていた。
やれさっさと守れだとか、安全な場所に連れていけだとか、どいつもこいつもパニックに陥っている。
兵士たちもどうしたらいいのかわからずに涙目でラスターさんに目を向けているしで、もう役に立たないだろう。
あっちは気にしても仕方がない。
僕の盾で……いや駄目だ。やはり大きさが足りない。
それなら絶界を張るか――これも範囲が足りない。住人を全員効果範囲に移動させるか、間に合わない。
そもそも絶界も普通に抜けてくるなアレ。もっと時間があったら入念に準備したんだけれど、如何せん情報が少なすぎた。
アンデルセンめ、次会ったらミーシャに殴ってもらおう。
「リョカさん」
「ソフィア、盾は仕舞いな。君の盾じゃ届かないでしょ」
「……はい、お役に立てずにすみません」
「いやいやこれから役に立ってもらうからそんな顔しないで」
ソフィアを撫でてやると、横からテルネちゃんが顔を出した。
「これから。ですか。あれを防がないとこれからはなさそうですけれどね」
「そんな身も蓋もない。それより叡智神様、何か助言はありませんか?」
「あったら先に言っていますよ」
「テルネは本当に役に立たないですね。何のための叡智ですか」
「……ここはあなたの国ですよ。ルナも役に立っていないように見えますけれど」
「わたくしは存在そのものが可愛いので、いるだけで効果がありますよ」
頭を抱えるテルネちゃんだけれど、ここで言い合っても仕方がないだろう。僕はルナちゃんを抱っこして彼女の頭に顔を埋めると、大きく息を吸い、月神様から可愛いをチャージする。
「……それで実際、どうにかなりそうですか?」
「あ~うん、無理してみればもしかしたら」
瞳を揺らしながら僕を見つめる彼女をそっと抱き締める。
この場面でこの顔はちょっと辛い。結構揺らぐなぁ。
僕が改めて気合を入れようとすると、門の傍でカンドルクさんが立ちふさがっているのが見えた。住人や兵士たちが訝しげな顔で彼を見ていたけれど、カンドルクさんが大きく息を吸った。
「大丈夫だから!」
真っ直ぐと、この街の人々を見つめるその目は諦めたようなそれではなく、根拠があるのかないのかはわからないが、確かに確信のある瞳で、彼はそう声高に叫んだ。
しかし他の兵士や彼を知っているだろう住民たちは、怒り任せに彼を責めた。
お前に何がわかる。木っ端兵士が。門番の成りそこない。嘘つき兵士。役立たずは口を閉じろ。
等々散々ひどいことを言われている。
あまりにも勝手な兵士に、ラスターさんが眉を潜ませたけれど、カンドルクさんはそんな罵倒を受けながらも彼らに背を向けて、腰の剣を引き抜き、門の正面で剣を突き立ててバルバトロスを睨みあげた。
そして大きく息を吸うと空に向かって叫ぶ。
「何が守護神だ! 一度だけ与えるだけ与えて、その後は知らんぷりか! 守護を司るなら最後まで守ってみせろ!」
「ちょ――」
「俺はこの街を、人を、どんなものからでも守りたいんだ! もう一度うそつきだと呼ばれても良い! 俺には過ぎた加護だというのなら返しても良い! ただの一回しか悪戯に現れないというのなら、守護神なぞ名乗るの止めちまえ!」
僕とソフィア、陛下とラスターさんとベルギンド様が呆けた顔を浮かべる中、月神様はクスクスと声を漏らして笑い、叡智神様も微笑んでおり、星神様は「わぁ」と感嘆の声を上げていた。
え、いいの? 不敬ではないのだろうか。
っと、こんなことしている場合ではない。
僕はすぐに視線をバルバトロスに戻すのだけれど、大きなエネルギー体がこちらに向けられており、頭をフル回転させ、このピンチを乗り切ろうとする。
しかし――。
『言ったなお前、その言葉、高くつくぞ』
「ん?」
突然頭に響く声に、その場の全員がカンドルクさんに目を向けた。
凛と鳴るような澄んだ綺麗な声、可憐というよりは格好良いその声に、僕は女神さまたちに意識を向けた。
それと同時にバルバトロスから放たれる極太レーザーに僕は振り返るのだけれど、ハッとしてすぐに視線をカンドルクさんに戻す。
「『威光を示す頑強な盾・我が永遠を過ごすこの街を』」
僕たちの正面を、街を、人々を――その無価値な破壊が包んだのだった。




