誓いの勇者くんと守護開放
あれよあれよの間に空に打ち上げられた俺たちだったけれど、高速で景色が変わるのに、全く風を感じず、一種の恐怖体験にただただ体を震わせる。
この膜のようなものが大地神様の加護なのだろうか。
リョカに取り付けられたこの金属を繋ぎ合わせた異形の武器に、俺はただただ学園の魔王様の恐ろしさを再認識した。
幾つもの筒から炎というか、力があふれ出しており、それが背中にくっ付いている。
これ普通に危険なんじゃないかな。と、俺が訝しんでいると、膜の中の俺にツルが伸びてきて、ラムダ様の声が聞こえる。
「みんな無事かな?」
「あ、はい。セルネ=ルーデル、無事です」
「わ、わたくしも大丈夫です、でも変な感じですわ。空に上がっているのはわかるのですが、速すぎて頭がくらくらしそうですわ」
「無王の協力があったとはいえ、銀色の魔王様は本当にとんでもないものを作ったものだよ。アヤメは大丈夫――」
「ひゃっはぁ! クイックブーストまでついてやがる! リョカがいれば二足歩行のロボも夢じゃないわね!」
「……あ~アヤメ、あんまりびゅんびゅんびゅんびゅんやらないように」
アヤメ様がとても元気である。
普段からそうなのだけれど、アヤメ様はリョカが作るよくわからない物をとても喜ぶ。俺たちでは理解できない物をあれだけ理解できるということは、案外頭の中は似ているのかもしれない。
こんな状況だけれど、どうにも和んでしまうなと俺がふとミーシャの方に目を向ける。彼女は俺の丁度隣にいるから姿が良く見えるのだけれど――。
「……?」
ミーシャが左右に体を頻りに傾けており、その顔はどういうわけか疑問符で塗り固められていた。どうにも年相応なフワッとした表情が可愛らしいけれど、そんなことを言えばきっと殴られるから口には出さない。
いやそうではない。もしかして――。
「ミーシャ?」
俺の声にアヤメ様も聖女の状態に気が付いたのか、彼女の隣に並ぶ。
「……ミーシャ、お前もしかして運動は出来るけどゲームはからっきしなタイプか?」
「よくわからないわ」
リョカが作ったこの兵器はそんなに難しい操作を要求しない。移動もただ体重移動をするだけだ。だけれどミーシャにはそれが難しいのか、首を傾げてばかりだ。
「いやいやいや、ミーシャ動きたい方に体を傾けろ」
「ええ――」
しかしミーシャは体を、というより上半身だけを傾けており、体重を動かせていない。
「何で体だけを傾けてるんだよ! もっと足に力入れて――」
「ん」
バンという音がツルから聞こえてくる。障壁壊れるんじゃなかろうか。
「ちっげぇって! だから――」
「アヤメ! それよりも前!」
ラムダ様からの突然の警告、俺たちは揃って前に目をやるのだけれど、幾つもの筒がこちらに向いており、頭の中で直感が走る。
これは狙われている。
王都に向かって無造作に撃ちだすのではなく、明確に俺たちを落とそうとしている。
砲弾が筒から放たれると同時に、俺たちは回避行動をとるのだけれどミーシャだけは微動だにしない。
「ああクソ、リョカの奴、ミーシャならできると高をくくってやがったな。俺がそっちに……いや、この高度でこの速度、障壁がないと普通に死ねるわね」
「……アヤメ、大丈夫よ」
「あ? って拳を仕舞え拳を! こんな状況を拳で解決しようとするな!」
「でも――」
ミーシャが相変わらずの声で話しているけれど、砲弾の1つがミーシャの機体をかすめた。その瞬間、小さくだけれど障壁にヒビが入ったのを見逃さない。
このままじゃミーシャが。
俺はどうにかしようと思案し続けるのだけれど、リョカほど優れた頭を持っているわけでもなく、なにも思いつかない。
「……」
「――大丈夫よ」
いつも通りの、頼りになるそんな声――ああ、頼ってしまいたくなる。我らが聖女様はいつだって強い、いつだって気高い。
頭がピリと軋む。
心の奥底で、魂が叫ぶ。
「セルネ、大丈夫よ。あたしに任せなさい」
「――」
拳を握るミーシャを撃ち抜こうと砲弾が発射される。
避けられないのに、彼女は、聖女様はそれでも俺に笑みを向けた。
奥歯を鳴らす。
ふざけるなよ。君が俺に誓いを立てさせた。それを今さら反故にさせるものか。
砲弾がミーシャに届く直前、俺は機体ごと彼女の前に躍り出た。
「セルネ!」
障壁が割れる。それだけで正面からものすごい衝撃が迫りくる。俺は歯を食いしばり、機体内の蔓を口に寄せる。
「イヤだね、誰がミーシャに任せるもんか」
頭がくらくらする。リョカが話していた気圧やらなにやらの毒だろうか? 一応その対策はしていると話していたけれど、衝撃などで体がきしむ。
「おいセルネ無茶をするな! リョカはこういう時のセーフティーもしっかりと対策している。けれど絶対じゃねぇ! お前はもう大人しくしてなさい!」
「アヤメ様の言う通りです。あとは私が――」
「こればかりはロイさんにも譲れません!」
ロイさんの言葉を遮り、俺は痛む体を支えながら我らの聖女に目を向ける。
「俺は誓いを剣にする勇者だよ」
「……ええ、そうだったわね」
ミーシャが肩を竦ませ、ため息をつくと真っ直ぐと俺を見つめた。
「あたしが言ったんだったわね。セルネ、あんたはあたしを守る剣よ。約束、違えるんじゃないわよ」
「――」
ミーシャがその場で腰を下ろした。もう何もしない、黙って見守る。覚悟の取り方が相変わらず強引だ。
でも俺は、そんな覚悟に惹かれる。
約束を違えるものかと決意する。
「『聖剣顕現――』」
相変わらず世界に勇者とは認められていないけれど、それでも俺は2人の――魔王と聖女の約束を抱いて、その剣を形にする。
「『ケダモノに身捧ぐ盟約』」
俺は剣を引き抜く。
幾枚もの円形の輪っかが連なる剣――と言っていいのかは微妙ではあるけれど、剣の柄から伸びる輪っかは自由自在に動き、伸縮も自在、我らの聖女に伸びる砲弾に剣の柄を振るうと、輪っかは俺たちを守るようにその面を砲弾に向けた。
輪っかの空洞――その穴は聖女を守る盾と化し、砲弾を逸らした。
でもこんなものじゃない。これだけの剣がたったそれだけのはずがない。
なんといっても、この盾はケダモノを守る盾だぞ。こんなもので済んで良いわけがない。
俺の心に答えるように、輪っかが隊列を組むように俺たちの四方を固めた。
輪っかの中心を角として、そこから守護の障壁が生成される。
砲弾を次々とはじき返し、幾つかの筒を破壊する。
盾に衝撃が走るたびに体が痛むけれど、そんなことは知ったこっちゃない。
俺が息を荒げていると、アヤメ様から感心したような息遣いが聞こえた。
「二本目の聖剣とか、聞いたことないわよ」
「いやいや見事なものだよ」
女神さまたちの称賛にやる気が出る。
もう少しでバルバトロスに辿り着く。あと少しだから俺も踏ん張らなければならない。
しかし――。
「……? なんだ」
バルバトロスに近づくにつれ、なにか金属がこすれるような、頭に響く高音のキーンという異音。俺はその予感に目を向けるのだけれど、バルバトロスの本体の一部が突然開き、そこから細い棒状の突起が湧いて出てきた。
俺が首を傾げていると、ミーシャは顔を歪め、アヤメ様が顔を引きつらせていた。
「おいおいあの形状、SF映画でよく見る最終エネルギー兵器みたいなのか?」
アヤメ様の言葉の大半はわからなかったけれど、あれがヤバいのはよくわかる。
俺たちに照準を合わせるように先端を向けてきて、バチバチとランファの聖剣のように雷を纏わせている。
そしてその雷は棒状の先端で塊となり、俺たちに向けられている。
ミーシャが拳を一度握った。
でも俺は彼女をジッと見つめる。それに気が付いた我らの聖女様は、そっと拳を下ろし、俺に向かって口を動かした。
声は聞こえない。けれど確かに受け取った。
やっちまえ。もう少しお淑やかな言葉にはならなかったのだろうか。なんて俺は肩を竦ませ、剣を掲げる。
ミーシャの竜の息吹のような高出力の力の奔流――。目の前が真っ白になるほど眩しい景色に、俺はただ剣を突き立てる。
「我は抱く、我は違えず、我が道は誓いの上に成り立つ。聖女を守る守護の盾。これが俺の全力全開――『神気一魂・災厄を弾く月の朧雲』」
突如俺たちを靄が覆う。
それは俺の盾から発生した……そう、雲。
雲を形成する1つ1つが守護の力を持って、放たれた光線を弾いて逸らして俺たちを守る。
キンキンキンキン音を鳴らして、バルバトロスから放たれた力の奔流を折り曲げ、雲の中から飛び出た時にはその光線はバルバトロス本体へと放たれた。
大きな爆発音と兵器の一部が壊れる音――そして、俺の限界を告げる音。
既に意識は薄い。
あれだけの攻撃をずっと耐えていて体が無事なわけがない。
軋む腕と体、体のあちこちから流れる血に視界も霞んでくる。
しかもこの兵器を背負って無茶をし過ぎたのか、リョカ作のこいつも煙を上げている。
「セルネよくやったわ! お前は立派な勇者よ」
「……ええ」
「セルネ?」
アヤメ様の心配気な声が聞こえる。
でも俺は隣の聖女様に目をやってしまう。君ほど格好良くはないかもだけれど、少しは格好つけられただろうか。
「ごめんミーシャ、ここまで」
「――」
ミーシャが伸ばしてくる手に向かって俺も腕を伸ばしたけれど、俺が背負っている兵器が爆発を起こし、体が傾く。
筒から炎は出ておらず、このまま真っ逆さまに地上へと落ちていくだろう。
聖女様――ミーシャが珍しく焦ったような顔をしている。
これは役得だろう、聖女を守る剣だから見られる顔。多分リョカにも見せたことのない俺の特権だ。
そのまま空へと投げ出される感覚と、嗚呼落ちるんだろうなという予感。
俺は目をつぶる。
「『豊かに芽吹く血思体』『現闇・大地は我が支配に在り』」
途端に俺の体を包む柔らかい感触と植物の香り、嗚呼、まだまだ死ねないんだろうな。と、俺はその柔らかな感触に体を預け、そのまま意識を手放すのだった。