魔王ちゃんと稀代のテンサイ
「リョカ――」
「ミーシャはあの砲弾を防いじゃだめだよ」
「なんで?」
途端に不機嫌になる幼馴染だけれど、ここで砲弾を防ぎ続けてもじり貧だ。
結局は元を断たなければならない。だからこそミーシャにはやってもらいたいことがある。けれど今のところその手段がない。
「セルネくん、ロイさん、ランファちゃんにも頼んで良いかな」
「頼むって、リョカはどうするのさ?」
「見てわかるでしょ。目下あの砲弾は僕にしか防げない。でも見ての通り防ぎ続けることは難しくてね」
僕はチラとランファちゃんに目をやる。その瞳からは光が失せ、星の神様に背中を撫でられていた。
ジンギくんのことやイシュルミさんのこと、一度に色々起きてもう限界かもしれない。
あの子は今の今まで色々とため込み過ぎた。だからそのつけが回ってきた。
今にも折れてしまいそうな脆弱な気配、まだまだ大人になりきれていない齢の僕たちにはいささか酷だろう。
でもあの子には、騎士団長の娘のランファ=イルミーゼには、星を背負った極星の勇者には――この場面でも立ち上がってもらわなければならない。
そして再度放たれた砲弾に盾をぶつけ、額から脂汗を流しながらも僕は笑みを浮かべながら彼女に頼む。
「ランファちゃん、僕を助けて」
「――っ!」
目を見開いた若き極星が震えながらも深呼吸をし、そして顔を上げ、自身の頬を打つ。
「――ええ、もう、零しませんわ」
「――?」
その一瞬、彼女の瞳が、目の中に星型が見えた。僕は目を擦るのだけれど、すでに元の力強い瞳であり、一度首を傾げるけれど、フィムちゃんに小さく頭を下げられ、僕はその思考を放棄した。
「それでリョカさん、一体どうするつもりですか? 私も盾を張った方がいいでしょうか?」
「いや、ロイさんもミーシャと一緒に行ってほしいんだけれど」
「行くというのはどこへでしょうか? まさか」
「あのデカいのを落とす」
近くにいた陛下、そしてセルネくんとソフィア、ランファちゃんも口を開けっ放しにして改めてあのデカい飛行物体に目をやった。
「……リョカちゃん、一応聞くけれど、正気で言ってる?」
「ミーシャ、出来るよね?」
「――誰に聞いてるのよ」
ミーシャが飛行物体を睨みつけると、アヤメちゃんが手を叩き、女神様を集めたのが見えた。
「それじゃあこっちも決めるわよ。人だけじゃなくて女神まで引っ掻き回しやがって、このままで終われるかよ。俺とラムダはあのデカいのを壊す方に、ルナとテルネ、フィムはリョカの補助をしろ」
「え~、ランファ行くんだから私もそっちに――」
「駄目。お前はこっちで大人しくしてなさい」
膨れるフィムちゃんをルナちゃんが撫でていると、アヤメちゃんが牙を覗かしてミーシャにも負けず劣らずな戦闘圧で口を開いた。
「テルネ、あれは人の身には余る。というかあんなもん浮かばせている時点で、俺たちが出張らなければならない事象だ」
「……アヤメ、あなたミーシャさんに感化され過ぎでは? 女神がそんな殺気ばら撒くと品位を疑われますよ」
「今さらでしょう。テルネ、あれは落とさなければならないわ。女神特権、使うからね。なんだったらここで採決とるか?」
「いいえ、満場一致でしょう」
「では決まりですね。アヤメ、ラムダ、2人にはあの飛行要塞の破壊を命じます。必要であれば女神特権の使用を許可します」
女神さまたちの決定に、陛下が呆けた顔をしていた。
僕たちはしょっちゅうだけれど、普通の人にとって女神さまたちがこうやって戦ってくれる光景は異様なんだろうな。
けれど心強い。
僕はソフィアに目を向ける。
「ソフィア」
「――はい、私はここで皆さんを守ります」
「うん、ありがとうね。たくさん来るだろうから任せたよ」
するとソフィアを心配げに見つめているベルギンド様、それに気が付いたのか、物語を紡ぐ少女は彼の下に足を進め、その両手をとった。
「お父様、私はこの状況に目をつぶるほど不義理な娘ではありません。ここは私の故郷で、私の守るべきものが多くある場所です」
「……何もお前が。なんて言葉は聞いてくれないのだろうな。お前の友人も、女神様さえも剣をとった。恐れるべき魔王ですらこの街のために盾をとってくれている。今さら、お前に行くなとは言わないよ」
「はい」
「ならば私も覚悟を決めよう。この街に住む者として、この街を預かるものの1人として、お前たちを見届けよう」
「お、おいベルギンド、お前は王宮に――」
「それは私の言葉ですよ陛下。陛下が彼女たちを見守るというのであれば、私もそれに付き合います」
「……お父様」
「ソフィアぁ、正直に2人ともクッソ邪魔だなって言っていいんだよ」
「ん゛っ」
「……リョカちゃん、頼むからおじさんにも優しくして」
「すみませんリョカさん、ですがこの国を預かる身、それに私は――」
「国を記録する務め、ですよね。まあ正直王宮にいて知らない間に巻き込まれるより、見えるところにいてくれた方が守りやすいからいいんですけれどね」
そうして僕たちはその場から移動し、門の外へと脚を進ませる。
するとすでに騎士団が門の外で隊列を組んでおり、ミリオンテンスさんがこちらに歩み寄ってきた。
「……陛下、何故ここに?」
「王だからだ」
ミリオンテンスさんが僕を見てくるけれど、僕に言われたってしょうがない。この人基本的に現場に出たい人みたいなんだからしょうがないだろう。
「さて、今のところ防げてはいるけれど、やっぱり重いし強いしで、さっさとどうにかしたいなぁ」
「ねえリョカ、ところでどうやってあれまで行くの?」
「それねぇ、今考えているんだよね。リア・ファルで行ってもいいんだけれど……」
多分すぐに落とされるな。それなりの速度は出るけれど、全然足りない。
今もっと改造するか――。
そんなことを考えていると、騎士の1人がマネキンを一体持ってきた。
何だあれ、もうここまで来たのか?
「おい、それはどうした」
ミリオンテンスさんは僕と一緒に無王の遺跡に入ったからか、すぐにそれが何であるかに気が付いたようだ。
そしてその持ってきた騎士によると、近くを歩いていたから倒して持ってきたとのこと。
こんなところを? 単騎で?
僕はマネキンに近づき、少し調べるのだけれど、特に斥候という感じはせずに、もしかしたら遺跡を壊した時にこの一体だけ抜けてきてしまったのだろうかとマネキンに触れるのだけれど、このマネキンが突然目を光らせ、起き上がった。
ミーシャもセルネくんも、ロイさんもソフィアもランファちゃんも反応したけれど、そのマネキンが口を開いた。
『お困りのようだね月の魔王』
「……」
こいつは――僕はロイさんに目をやると、彼は頷いた。
このタイミングで、僕に接触してくるか。
「……無王アンデルセン=クリストファー」
『このような年寄りを知っていただき光栄だよリョカ=ジブリッド。それとロイ=ウエンチェスター、随分と顔色が良くなった、今の君なら俺も酒を交わしたいものだ』
「それこそ光栄な話です無王、ですが私は導かなければならない若者がいる故、遠慮しておきます」
『それは残念だ。君たちとなら愉快な酒を酌み交わせると思ったのだけれどね』
「本題を」
僕は冷静に努めるように声を上げた。
その場にいる僕とロイさん、ミーシャとルナちゃん以外の面々が顔を引きつらせている。
それも当然だろう、そもそも魔王が3人、事情を知らない人から見たら世界の終わりすら覚えてしまうほどの脅威だろう。
『いやなに、リョカ=ジブリッド、俺が手を貸してやろう』
「……不躾ですね。いきなり現れていきなり手を貸そうなんて、信用するとでも思っていますか?」
『それは当然だな。だが君ではあれ――【無価値の破壊者】には届かないだろう?』
それはそうだ。しかし信用していいものか、仮にもこいつは以前この王都に災厄をもたらした魔王の1人、身元も不明、最近名は聞かないらしいけれど、何を考えているのかもわからない。
するとマネキンにそっとルナちゃんとテルネちゃんが近づいた。
「あなたが出張ってくるなんて、随分と珍しいですね」
『おやこれは月の最高権力者様、フェルミナは元気かな』
「……」
「あなたはルナに喧嘩を売りに来たのですか?」
『なに、孫娘の様子を気にして何か悪いかね』
「……フェルミナはあなたのことを嫌っていましたよ」
『それはそうだ。勇者にくっ付いて行ったのも最終的には俺を殺すためだろうからな』
険悪な雰囲気。というか稀代の大聖女様の祖父なのかこの魔王。話を聞いても良いけれど、今はまったくの別問題だし、ここはちょっと女神さまたちにはお口にチャックしていてもらおう。
「見返りは?」
『話が早いな、さすがあれの教え子だ。なに、別に見返りが欲しくて協力を申し出たわけではない。俺自身、このような形でバルバトロスを空に浮かべられて頭に来ているんだ。君たちがあれを壊すというのなら喜んで手を貸したいと思ったまでさ』
「あれはあなたの作品でしょう? どうして壊したがる」
『知りたがりは寿命を縮めるぞ若い魔王――だが信用を得るためにはそれくらいは答えておくべきか。まあ大したことではない、俺の美学の話だ。こんなしょうもない場面で、しょうもない奴らの勝手で、しょうもない陰謀に巻き込まれて飛ぶ俺の作品に我慢ならんだけだ』
随分と魔王らしい理由だ。
けれどその理由、ちょっとウチの聖女的にはNGみたいなんだよね。
僕たちが会話をしている横で、聖女の戦闘圧が膨れ上がる。その圧はすでに獣と竜の形になり、マネキン、無王アンデルセンを睨みつけている。
『……ケダモノと竜の聖女か、恐ろしいな。何か気に障ることでも?』
「しょうもないのは誰かって話よ」
『なるほど。なら勘違いさせたようで申し訳ないが、今回で最もしょうもないのはあのイキがった小僧だ。借り物と世界に仇を成す程度の力で誰からも認められると錯覚している。君たちは……いやロイ=ウエンチェスターにとっては忌むべき記憶ではあるだろうが、ある国では圧政を強いる王を降した英雄に趣味の悪い黄色の衣を与えるそうだ。まったくくだらない、あれは結局そう言う性質なんだ、今回の件もそれと何ら変わらない。力だけ欲しいのであればわざわざこの国を攻撃する必要はない。バルバトロスだけ持ち帰れば良い話だからな』
アンデルセンの言葉に、ミーシャが殺気を収めた。
しかしこの魔王、本当に本意がわからない。でも今のところ敵対するようなそぶりもないし、手詰まりであるのは確かだ。
一応ルナちゃんに目を向けると、雰囲気は絶対にイヤ。というのがにじみ出ているが、彼女も力を借りなければならないのはわかっているだろう。
「わかりました。それで僕は何をしたらいいですか」
『君は本当に頭が良いな。俺の教えを授けても良いが、奴が黙っていないだろうし、それはまたの機会に――今から設計図を描く。その通りに作りたまえ』
こうして、僕たちは思いがけずに無王アンデルセン=クリストファーと共闘することになるのだった。




