魔王ちゃんと開戦、黄衣の術中
幾つかの巨大スクリーンの内の1つに映されたイシュルミさんを僕たちは見上げる。
彼も僕たちの存在に気が付いているのか、映像から僕たちを、陛下を見ていた。
『我らは力を得た――』
イシュルミさんの周りにはギルドの冒険者――いや、騎士の格好をした人々が控えていた。さっき陛下が言った彼が騎士を辞めた時に付いて行った人たちだろう。
するとジブリッドの家からミリオンテンスさんが勢いよく飛び出してきた。その顔は歯を食いしばり、額には血管が浮き出ていた。
「イシュルミてめぇ! 誰にその剣を向けてんのかわかってんのか!」
『……ミリオか、ああわかっている。この剣は向けられるべきに向けられる』
「――? お前一体何を」
『陛下、このような場所から失礼します。陛下、我々は力を得ました』
イシュルミさんを見上げながら、ジッと彼を測るように陛下が見つめていた。
彼の言い分から敵意はないように見える。こんなもの用意した時点で敵意も何もないが、それでも少なくとも王都を滅ぼそうとする意図は見えなかった。
「……イシュルミ、そんなものを持ち出してお前は一体なにがしたい」
『陛下、我らは力を得たのです。あの日叶わなかった、それは俺たちに力がなかったから。だから力を欲した。この力――無王アンデルセン=クリストファーの作品があれば、俺たちは』
イシュルミさんの懇願するような声、彼の真意に気が付いたのか、陛下もミリオンテンスさんも握り拳を作り、顔を歪めてスクリーンを見上げた。
『陛下、これで我々は勝てるのです。団長を、ランバートさんとファル様の仇を――この力で、黄衣の魔王にも、勝てるのです』
涙ぐんで喜びすら感じられるその表情に、陛下とミリオンテンスさんだけでなく、ミーシャも殺気全開で歯を食いしばっている。
そして屋敷のエントランスの扉を開き、そっと顔を出していたランファちゃんも瞳に涙を携えていた。
「……馬鹿野郎が。お前、本当に、大馬鹿だよ」
陛下とミリオンテンスさんたちの反応に、イシュルミさんは疑問を持ったのか、眉間にしわを寄せ、こちらを訝しむ。
誰もそのことを口にしない。だから僕が彼に伝える。
「イシュルミさん、あなたが力を借りたのが誰か知っていますか」
『何の話だ? それにそのことは君に伝えたはずだ、私はそいつを知らないと――』
「あんたが力を借りたそいつこそが、黄衣の魔王――ハインゼン=マエルド」
『――』
イシュルミさんの顔色が次第に青白くなっていく。そんなはずはない、そんなはずはない。と何度も口にしながら頭を抱えている。
『……私は、私は』
「イシュルミ! いいからさっさと下りて来い――」
『だ~めっ』
ミリオンテンスさんがスクリーンに手を伸ばし、それを掴もうとするようにイシュルミさんも手を伸ばしたのだけれど、彼ではない別の声、その声の主らしき女の手が元騎士団副団長の首に伸びた。
背後の女はイシュルミさんの影に隠れながらも、彼を抱きしめるように腕を回し、そして囁くようにつぶやいた。
『違うでしょう。あなたはあなたの大事な騎士団長、あなたの大事な騎士団を崩壊させたあの王を恨んでいる。あの時戦いに行かせてくれたのなら、あの時剣を振るう機会をくれたのなら――』
蜜のような甘い声、まるで脳を直接漬け込んだのような甘ったるい不愉快な声。
『あなたはこの力で、騎士を蔑んだ王を、弱い騎士を作ったこの国を、滅ぼしちゃうのでしょう。他はぜん~ぶいらない』
『あ、あ……わた、しは、ランバート、さん――わた』
『さあ、終わらせなさい。あなたこそが、最後の騎士――ランバード=イルミーゼを殺した王を討つ忠臣』
イシュルミさんがカクんと両腕を投げ、虚ろな瞳でぶつぶつと呟いている。
「イシュルミ! てめえイシュルミを――」
ミリオンテンスさんの怒号と同じタイミングで、我らの聖女も噴火した。きっとあれがずっと話に出ていたシラヌイ。
「カリン!」
『んふふふ――』
ミーシャの全力の睨みにすら喉を鳴らして笑うだけで、カリンはイシュルミさんの背後から歩みを進め、そしてこのやり取りの中でも身動き1つしない彼の部下の1人に触れた。
『もっとも、すでにあなたの騎士団も存在しないのですけれどね』
傀来だ。
すでにイシュルミさんの部下である騎士は魔王に侵されている。
『さっ、邪魔なものはどんどん破壊しちゃいましょうね~』
『……』
「カリン、今すぐあんたのその首へし折ってやるから待っていなさい!」
『わ~怖い、それもいいんですけれど~正直あたしも忙しいのでここいらで退場します~』
カリンがそのままイシュルミさんの背を押し、カラカラと笑い声を上げながら相変わらず彼の影から手を振ってきた。
『それじゃあよろしくお願いしますね~。あとは好き勝手にどうぞ』
そう言って、彼女は影の中に消えていった。
久方ぶりに見る可愛くない女だな。
カリンが消えた直後、イシュルミさんが腕を上げた。何だと警戒する僕だったが、すぐに飛行物体から嫌な予感がし、ミーシャに向かって駆けだした。
「ミーシャ!」
僕の声に幼馴染も気が付いたのか、すぐに手を低く構えてくれて、僕がミーシャの手に足をかけるとそのまま空へと放ってくれる。
飛び上がった直後、飛行物体に付けられている突起――明らかにそこから何かブッ飛ばしますよという形状のそれから、砲弾が放たれた。
砲弾はとんでもない大きさで、あんなもの門に放たれたら一発で崩壊する。
僕はすかさず手をかざす。
「『威光を示す頑強な盾・月に身捧ぐ絶対守護』」
王都に伸びる砲弾――デカさと推力、それが相まって盾で防いだ瞬間、ミシと腕が鳴り、血が噴き出す。
こういう役割は僕じゃなくてミーシャなんだけれど、今は四の五の言っていられない。
まだ月が出ていないから、このままだと押し負ける。
僕はもう片方の手で指を鳴らす。
「『転界・月を夢見る世界律』」
月が昇る世界の中で、僕はその月の滴を一身に背負う。
「んぎぎぎぎ――」
砲弾の威力を完全に殺し切り、僕は砲弾を弾き返した。
そしてそのまま地面に着地するとミーシャとお母様を筆頭に、みんなが心配気な顔で集まってきた。
「……僕がこうなるほどの威力のものを防げる盾が出せる人は?」
「最初に聞くのがそれかいリョカちゃん、すぐに治療を――」
「必要ないです」
僕はすぐに自身の腕を治療し、陛下に鋭い眼を向ける。
「陛下、今は一刻を争います。あれは多分牽制です、一発一発猶予のある撃ち方なんてしません。王都に砲弾の雨が降りますよ」
「……ラスター!」
「はっ」
「すぐに兵士を集め、住民の避難を――ミリオ!」
「はいここに」
「騎士を門の外に集めろ」
「外に?」
陛下が僕に視線を向けてきた。そして僕はミリオンテンスさんにわかるように顎で飛行物体の真下を指す。
そこには飛行物体から落ちているマネキンの大群が見えた。
ミリオンテンスさんがすぐに動き出し、王宮に騎士を呼びに行ったようだった。
するとお母様が僕と並ぼうとするので、首を横に振る。
「お母様は王都の人たちを」
「……あなたはあたしを不義の母親にするつもりですか」
「お母様」
「……」
目を閉じたお母様がため息をつき、そして瞳を開けて僕を抱きしめる。
「これでもそれなりに力を持った魔王なんですよ」
「ええ、よくわかっています――ラスター、あたしも連れていきなさい」
「……感謝する。セルネ!」
「はい!」
「よく努めよ」
頷くセルネくんに満足したように頷き返し、ラスターさんはお母様と一緒に歩みを進めていった。
ある程度指示を出せたけれど、まだまだ足りない。
まったく、どこへ行っても大事になるな。
僕はそんなトラブルメイカーな人生に肩を竦ませて、これからのことを考えるのだった。




