聖女ちゃんとぶん殴りの極意
アヤメにリョカからの伝言を聞いたあたしは、カンドルクのおっさんを連れてヨルムカンズの爺さんの店に向かっていた。
このおっさんに身内はいないらしく、信用できるのはあの爺さんだけなのだとか。
「……」
どういうわけか、カンドルクのおっさんが沈んでいる。さっきリョカと話していたようだし、その時に何かあったのだろう。
リョカはリョカで、効率重視なところがあるから、それでこのおっさんを傷つけたのだろう。
まああたしが興味あるのは、一体リョカと何を話したか。であるけれど。
「さっきリョカと何を話したの」
「え! あ~えっと……」
言い淀むということは、記憶関係だろう。きっとあたしたちが何か忘れており、リョカからは今の段階では余計な心配になるから黙っていてとでも言われたのだろう。
あたしはジッとカンドルクのおっさんを見る。
「その……ミーシャちゃんは、今日のギルドのこととか覚えている?」
「ギルド――なるほど、ギルドに行ってからの記憶がすっぽり抜けているわね。つまりそこで何かあったからエレとジンギが狙われた。他には?」
「リョカちゃんは、セルネくんにカナデちゃん? って言う子のことを聞いていたよ」
「カナデ、カナデ……」
頭がピリと軋む。
「リョカちゃん、凄い悲しそうな顔をしていたから、もしかしたらみんなにとっても大事な人だったのかなって」
リョカが大事だということは、多分あたしにとっても大事な人だ。しかもこれはウル爺やイシュルミの時とは違い、完全に頭から消し去られている。
いや、よくよく考えたら記憶がそもそも消えるわけがない。
ならこれはどうやって行われているのか。
こういうの考えるのはあたしの仕事じゃないけれど、これはあたしの記憶の問題だ。
つまり、あたしが頑張ればどうにか出来る。
「ミーシャちゃん?」
そもそも記憶を失くすなんて曖昧な力の意味がわからない。
それは個人の程度のもので、誰かに干渉されるものではない。
「いや、干渉されているのか。それなら――」
あたしは拳を握った。
これが誰かに干渉されて起きていることだというのなら、自然とそうなったわけではなく、力があたしの頭でもどこへなりともあるはずだ。
それならば話は早い。
あたしは自分の拳で、自分の頭を思い切り殴った。
「ミーシャちゃん!」
「――」
くらくらする。頭から血も流れてきた。我ながらなかなかの威力だ。
でも、おかげでスッキリした。
「カナデ、あたしの友だちの精霊使い、シラヌイとかっていうよくわからない一族の子。あたしとリョカと中等部の時から一緒だった大切な……」
こんなことを忘れてしまっていたのか。
しかもそれだけではない。エレが狙われたのはあのカリンとかいうのに似たような魂だと言ったからだ、つまりあいつはシラヌイ。そういえばアヤメも何も反応していなかった。
体の内から殺意が溢れてくる。今すぐにでもギルドに乗り込んで、あの顔面へこましてやりたい。
「み、ミーシャちゃん? 通行人が次々とぶっ倒れているけど――」
「カリン、黄衣の魔王……あいつら諸共ぶっ殺してやるわ」
「聖女としての自覚持って!」
カンドルクのおっさんになだめられて、やっと落ち着けたけれど、まだまだムカムカする。というか早くカナデをどうにか……は、出来ないのか。とりあえずリョカはさっさとイシュルミのことをどうにかして、すぐにあの子を探しに行きたいのではないだろうか。
それなら今すぐにでもイシュルミを――と、柄にもなく考えていると、カンドルクが肩を落としていた。
「なによ?」
「……ん? ああいや、ミーシャちゃんたちは凄いね」
「そう見えるのはあんたが大したことないからよ」
「うん、もっと加減してね」
苦笑いで肩を竦めるカンドルクのおっさんだけれど、ふと空を見上げた後、辺りを歩く人々に目をやった。
こんなところで耽られても困るのだけれど。
「ミーシャちゃんもリョカちゃんも、この国のために頑張ってくれている――」
「別に国のためじゃないわ。イシュルミのことは正直放っておいても良いけれど、あたしの知らないところであたしに喧嘩売ってきたのが腹立つから首突っ込んでいるだけよ」
「え~……」
「あんた何勘違いしているか知らないけれどね、国のためだとか、人のためだとか、そんなのは後からくっ付いてくるものよ。あたしらが尊重しなければならないのはその前――ぶっ殺したいかぶっ殺したくないかの二択よ」
「え、え?」
「あんたあたしたちが羨ましいみたいな言い分だったってことは、少なくともあんたも今回の相手をブッ飛ばしたいんでしょ? ならそれに従いなさい」
カンドルクが自身の手のひらに目を下ろして考え込んでいる。
すると近くから「カッカッカッ」という笑い声と共に老人が現れ、カンドルクの背中を引っ叩いた。
「い、痛いってヨル爺」
「随分と物騒なことを言っておるが、素直な分カン坊よりずっと立派に生きておるの」
「……俺だって」
「そうか、ならやってみなさい」
孫にでも接するような目で笑っているヨルムカンズの爺さん、さっき頭を殴ったことであたしはもう1つ思い出していた。
「……リョカと会ってあげたら?」
「う~ん? 少し見ない間に随分と鼻が利くようになったのぅ。今はまだ駄目じゃよ、それにこいつがいるからな」
「そっ、ここなら安全ね。それとギルドには近づかない方がいいわ。多分イシュルミよりカリンって言う受付の方がヤバいわ」
「……そうか、助言感謝するぞ」
あたしは踵を返し、リョカたちの下に戻ろうとする。カンドルクのおっさんは送り届けたし、もうここでやることはない。
けれどカンドルクがあたしと爺さんの話を聞いて首を傾げていた。
「ヨル爺?」
「ああそうじゃカン坊、あのことを話してやったらどうじゃ? ほれあの、王都を覆うほどのでか物が飛んでいったというやつじゃ」
「……ヤだよ、ヨル爺だって信じてくれなかったじゃないか」
「あ? あああれは違う。お前を笑ったんじゃなくて、この王都に蔓延っているもののデカさにな」
でか物? 王都を覆うほどのでか物って、流石に……もしかしてリョカが探していた無王の置き土産ってこれのことか?
ということはつまり、それは黄衣の魔王、もしくはイシュルミの手の中。
「おっさん、それっていつの話?」
「え、ミーシャちゃんたちが来るちょっと前くらいだよ。でもさすがに夢かなって、もしくは生誕祭に向けた新しい催しかなって」
「そっ、ありがとう。それじゃああたしはいくけど――」
あたしはカンドルクのおっさんの背中を最後に思い切りたたく。
「ぐわぁぁぁぁ!」
近くにあった家屋に突っ込んでいき、がれきの中から出てきたおっさんが恨めしげな顔を向けてきているけれど、そんな物知ったこっちゃない。
「カンドルク、今ならあたしたちがいるわよ」
「え?」
「リョカに何言われたか知らないけれど、やりたいことはやっておきなさい。尻拭い程度ならしてあげる」
「……」
「それじゃあまた来るわ」
あたしはそう言ってカンドルクと別れるのだった。




