魔王ちゃんと忘却された星の英雄
「ジブリッドの使いの方ですね、陛下から話は伺っています。どうぞこちらへ」
僕は昨夜、陛下に紙姫守を出し、少し相談したいことがあると伝えた。
本当はランファちゃんを連れてきたくはなかったけれど、ミーシャと一緒にギルドに行ってしまう方が問題で、こちらについてきてもらった。
しかし陛下は僕のことをジブリッドの使いだと話しを通してくれたのか。正直助かる。
ここでジブリッドの娘だと言われたら、確実に魔王だとバレるし、余計な手間が増える。せめて陛下のところまでは引っかかりもなく進みたい。
そうして僕が諸々のことを考えていると、ランファちゃんは呆れたような顔を浮かべ、ルナちゃんは苦笑いを、フィムちゃんは嬉しそうにしていた。
「ん~? なにかなぁ」
「聞かれたから答えますけれど、あなたの中でイシュルミは黒なんですわね」
「……さ~、どうだろうね。昨日何もないって結論出なかった?」
「あなた、あなたが思っている以上にわかりやすいですからね。特に前任のギルドマスターを聞いた時、殺気漏れていましたわよ」
僕は苦笑いを浮かべると、ルナちゃんが肩を竦め、僕の手を握ってきた。
「ウロトロス=マイザー、ですか。リョカさんからその名前が出た時、ほんのりと頭に引っ掛かりを覚えたのですが、ごめんなさい、思い出せませんでした」
「あれ? 僕昨夜ちゃんと視界を逸らしてたよね?」
「アヤメを、神獣を舐めない方がいいですよ。今でこそあんな感じですが、あれでも最古の女神の1柱です」
強いとはフィムちゃんに聞いたけれど、さすがに僕の探知を掻い潜ってくるとは思わなかった。少し侮っていたことを謝罪する意味を込めておやつでも持って行ってあげよう。
「あなたもしかして、わたくしに遠慮しています?」
「……あ~、その」
「無用ですわ。確かにイシュルミは父に尽くしてくれた方で、わたくしも世話になったことがありますわ。でも、今のわたくしは勇者ですわ、それも星の勇者、極星をこの肩に背負っています。身内が不祥事を起こして足を止めていては、この役目は務めませんわ」
こっちも侮っていたか。
どうにも身内に対しての判定が甘々だな。これは反省しなければならない。
「うん、そうだね。ちょっと遠慮してた、ごめんね」
「わかればいいんですわ。それで、あなたは一体何を気にしているんですの?」
ルナちゃんもフィムちゃんも、僕に目をやってくる。
これは避けられないな。
僕はため息をつき、頭の中でまとめていたことを話す。
「さっきランファちゃんはイシュルミさんが黒かどうか聞いたよね? その問いは、わからない。だよ。何か覚悟している。何かを成し遂げようとしている。けれどそれが何かわからないし、そもそも悪事なのかすらわからない。それがいつ行われるのかもね」
「それでは何を疑ったんですの?」
「そりゃあもちろん忘却の何かをだよ。最初僕はイシュルミさんが何かするために前任のギルマスをどうかしたと思ったんだよ。でも違った、あの人も前任のことを忘れていた。多分この忘却の術、人々から徐々に忘れられる力なんじゃないかと思っている」
「徐々にですか?」
「うん、一瞬で全てを忘れてしまうのなら、そもそも誰も思い出せない。でもイシュルミさんは思い出せたでしょう? 記憶を失くすというよりは記憶をずらして意識を向かさせないようにしている。かな。そうすれば人間、女神様もいつの間にか忘れているものだよ」
「なるほど、確かにそれなら女神も忘れてしまいそうですね」
「です。観測するのも、観測したいと頭を働かせなければならないですし、その観測したいという欲をずらされてしまえば、私たちでも把握できないです」
「で、問題はここから――じゃあもしそんな術をかけられている人が完全に忘れられてしまうのなら、どんな状況が予想できる?」
「どんなって、誰にも会わず、誰にも意識されず、誰にも……まさか亡くなっていらっしゃると?」
「僕はそう思ってる。多分死んだことも、そして今や生きていたことすら誰の記憶にも残っていない。腹立つよね」
僕がチリと殺気を潜ませると、前を歩く衛兵がビクと肩を跳ねさせて振り返ってきた。僕は彼に笑みを向けると、再度歩き出す。
「知り合いだったんですの?」
「……うん、昔お世話になってね。だからミーシャもお母様も知っているはずなんだけれど」
僕がため息をつくと、ルナちゃんとフィムちゃんが僕の手に触れた。
「少しいいですか? わたくしの記憶は役には立ちませんが、リョカさんの記憶なら」
「私も見ます」
僕が頷くと、2人が目を閉じて記憶に潜っていった。
「……昔さ、体の弱いミーシャを連れて、従者を撒いて遊んでいたんだけれどさ」
「従者くらい連れて歩きなさいですわ」
「まあそうなんだけれど、どうにも息苦しくてね。それである時大量の爆薬持って、とりあえず爆発させて目立とうとしていた時にさ、冒険者ギルドが目に入ったんだよね」
「自分の発言がおかしいことくらい、もう理解しているでしょう?」
「僕も若かったから。それで冒険者ギルドの誰かが、その時何か偉業を達成したみたいで、すっごく盛り上がっていたの。だから僕はさ、僕より目立ってズルいってギルドに爆薬大量に投げ込んだんだよ」
「馬鹿なんですの?」
「そりゃあもう大騒ぎで、僕が投げたと知るや冒険者たちが追いかけてきてさ、そりゃあもう必死でミーシャの手を引いて走ったんだよ。でもミーシャ体弱いからさ、すぐに顔色悪くして、走れなくなっちゃって、僕も焦ったんだよ」
「……貴方が思いやりを覚えたのは、体の弱いミーシャさんのおかげですわね」
「まったくもってその通り。で、これはマズいとすぐに神官のところに連れていきたかったんだけれど、あっちこっち走り回ったせいで道もわからなくて、もう僕半泣きだよ。そんな時に、声をかけてくれたのがギルドから僕を追いかけてきた冒険者の1人――ううん、当時ギルドマスターだったウロトロス=マイザー、ウロ爺だった」
懐かしい記憶で、僕の大事な記憶、失くしてはならないかけがえのないもので、いつまでも持っていなければならない記憶だった。
「呆れた顔で怒るウロ爺に僕はミーシャを助けてって頼んでさ、一緒にギルドに戻って回復が使える人手あたり次第頼んでくれて、その後事情を聞いたお母様とお父様がすっ飛んで来て、僕を叱りに叱って、ウロ爺にはみんなで感謝したんだよ」
「恩人だったのですわね」
「そうだよ。それに僕の冒険者のいろは――基礎は全部ウロ爺から習ったもので、それ以来お父様は城の兵士じゃなく、冒険者ギルドから護衛を雇うようになって、ウロ爺とも好んで交流してたんだよ」
「そういえば、ジブリッドは王宮を頼らなくなって離反か。みたいな話が出たことがありましたわよね。そういう背景があったんですわね」
僕が寂しくなって顔を伏せると、ランファちゃんが腰にそっと手を添えてくれた。
しかしふと、ルナちゃんとフィムちゃんを見ると青い顔をしており、僕はすぐに2人に手を伸ばした。
「……なん、で?」
「ルナお姉さま、これは――」
ひどく頭が痛むのか、2人とも辛そうな顔をしており、僕は衛兵に少し休ませてほしいと伝えると、すぐに客室に案内してくれて、僕は2人をベッドに横たわらせた。
「ウロトロス=マイザー……海星を目指す勇者、2つ世代前の極星、ギルド・『巡り巡る星の海路』ギルドマスター、世界の英雄の1人を、わたくしが忘れていたなんて」
「私、自分の極星を? どうして……」
女神さまたちの声に、僕もランファちゃんも驚くのだった。




