魔王ちゃんと母との一幕
「わぁぁぁぁっ!」
全力疾走中、なう、なうっ!
「ぐぇ!」
「リョカ、誰がアイスピックですって?」
「ミーシャぁ!」
幼馴染に恨み言の1つでも投げかけようとしたときには、僕の視界はすでに茶色に覆われた。顔から地面に埋まったのである。
「……リョカが埋まってる」
「苛烈な親子ですわね」
「げんこつの瞬間が一切見えなかったですね。さすがリーン様です」
クレインくんとピヨちゃんと別れた僕たちは、お母様の今日は泊まっていけと言う提案をアヤメちゃんに聞き、ジブリッド商会に足を運んだのだけれど、僕と目を合わせたお母様が物凄い殺気を放ちながら近づいたために、全力で逃げた結果、こうして大地に埋められてしまった。
なぜこんなことにと考えたけれど、どうにも僕の幼馴染が余計なことを言ったらしく、あとで引っ叩くことを決めた。
「ルナ、アヤメ、おかえりなさい」
「ただいまですお母様」
「ただいまぁ……ルナは本当にすぐ馴染むな」
「アヤメもそう呼んでくれてもいいのですよ――あら? テルネもいるのですね、久しぶり、ですよね?」
「……ええ、まさかこんなところにいるとは思ってもいませんでしたよ。それにリョカさんの母親に。頭が痛くなってきました」
「お茶でも出しますよ。あなた、確か好きだったでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
お母様本当に何者だろうか。あのテルネちゃんにタメ語だし、叡智神様を困惑させるとは……というか、みんなが店に入っていく気配がする。
みなさん、可愛い魔王様が収穫を待っていますよ。早く陽を拝みたいと、陽の下で輝く笑顔が待っていますよ。
僕がジタバタと脚を動かしていると、誰かしらが傍にいるのがわかった。
「あの、リョカ、そんなに動くと、下着が、その――」
「括目しろぉ!」
「しないよ!」
まったく、セルネくんは据え膳という言葉も知らないらしい。
ギャグエロファンタジーでよくあるシチュエーションぞ。
「セルネ、チラチラ見るのは止めなさい。みっともないですわ」
「み、見てないやい!」
愛い奴め。と、そんなことよりランファちゃんいるなら引っ張り上げてくれないだろうか。と、僕が期待して待っていると、誰かが脚を掴んだのがわかった。
やっとお日様と対面できる。
「可愛いリョカちゃんの収穫だよ――」
「はしたない真似は止しなさいリョカ」
「……はい、すみませんでしたお母様」
お母様に引っ張り上げられた僕は、小動物のように体を震わせながら、そのままひっくり返った世界を眺めながら店にある生活スペースに搬入される。
「ああそれとセルネ=ルーデル、やはりあなたとはよく話し合わなければなりませんね」
「俺何もしてませんけれど!」
セルネくんと僕で葬式雰囲気よろしく、沈んだ顔でお母様に連れられて行く。気分はドナドナ、出荷されるのがこんなにも悲しいだなんて。
よよよと泣き真似をしていると、ソフィアとランファちゃんが僕を見ていることに気が付く。
「ああ2人とも、こんな情けない可愛い僕を見ないで」
「結構余裕ありますわね」
「いえ、何だか新鮮で」
「とれたて魔王様だからね」
「新鮮の意味を掛け違えていますわよ」
「リョカさんも、リーン様の前だと子どもっぽくなるんですね。私にはそれが嬉しくて」
「ママに甘える僕も可愛いでしょう? へへ、でもねソフィア、見てごらんようちのママ、収穫されたお野菜を今から美味しく調理してやるみたいな顔で僕と僕の友だちをまな板に運ぼうとしているでしょう。ソフィアはそれが嬉しいのかな?」
「いえそう言うことではなく、リョカさんもミーシャさんも、いつの間にか遠くに行ってしまうので、やはり私なんかじゃ追いつけないと――でも、こうやってみると、2人も私と変わらない速度でいることもあるんだなって」
「これでも人の子だからね、人以上の速度は出ないんだよ」
「さっきまで野菜の子でしたわよね?」
ランファちゃんのツッコミをスルーしていると、お母様がソフィアを撫でた。
「あなた、ベルギンドより素直でいい子ね。あの男に可愛げはないけれど、ラーミンの意地っ張りなところとうまくかみ合ったのね。その心は大事にすると良いですよ、そうすればリョカやミーシャとならすぐにでも並べるようになるわ」
「……はい、ありがとうございます」
「あなたはそうやって自分と他の速度に気が付けたあたり、風斬り――テッカよりも優秀ね」
「止めたげてよお母様。テッカも色々悩んでくれてるんだから」
「あの子を見ているとガンジュウロウの面倒臭いところを思い出すのよ。だから強く言わないと」
この人の交友関係一体どうなってるんだ?
国の重鎮とは大体お友達で、ベルギルマの中心にいるような家の人とも交友がある。
商人だからだけでは説明がつかないなこれ。
まあ聞いたところで教えてくれないだろうし、この件に関しては追々探っていくことにしよう。
それはそれとして、僕はお母様に尋ねる。
「そう言えばお母様、僕って王宮出禁なんですか?」
「言っていませんでしたっけ? ヒゲ――エルファンは別に気にしていませんでしたが、あんなに人が集まるところで銅像を破壊した手前、罰を与えなければならないという話になりまして、その結果の出禁ですよ」
「普通は処刑ものだよね~」
「ヘラヘラと話すようなことではないですわよ」
「あの騒動がなければ、リョカをあなたにも紹介したかったのですけれどね」
「その時に会いまみえていなくて良かったですわ。頭痛の種になること間違いなしですもの」
「は? ロリランファちゃんとはどこで会えますか?」
「今のわたくしで我慢しなさいですわ」
呆れるランファちゃんだけれど、つまり今の彼女ならどれだけ愛でても良いと言う宣言だろうか? 相変わらず素直じゃない子め。
「リョカもミーシャも魔王と聖女ということを隠そうともしていなかったけれど、ジークがそれなりに方々駆けまわってあちこちに圧力をかけていましたからね、国の後ろ盾をとっておいたのですよ。だからこそ一度顔を見ておきたいとのことで、出禁は取りやめ、すぐに招集するようにと沙汰が出たのです」
「今すぐに招集って言いましたか? のんびりしている場合ではないのでは」
「王宮の連中なんて待たせておきなさい。そうすれば本当にあなたたちに用がある奴だけが迎えてくれるはずですから」
お母様なりの貴族や王宮との付き合い方なのだろうか? それにしても強引ではあるけれど、ここは言う通りにしておこう。
「リョカ、食事の準備をするから手伝いなさい」
「はいはい」
「わたくしも手伝います」
「ルナはいい子ね。リョカみたいに昔面倒な時期があったけれど、それもすっかり鳴りを潜めたみたいだし」
「……お母様! わたくしたくさんお手伝いしますよ!」
「そう、ありがとう」
最高神様の何かを握っておられる。
ルナちゃんが誰とも目を合わせないように瞳を泳がせており、ごまをするようにお母様にすり寄っていた。
セルネくんもソフィアもランファちゃんも今日は泊まっていくみたいだし、食事は豪勢にしていこう。
突然湧いた王都訪問だけれど、まあこのメンバーなら然う然う何も起きないだろうし、そんな何度も面倒に巻き込まれるわけもなし。
僕は旅行兼里帰り気分で、この後の時間を過ごすことを決めたのだった。




