魔王ちゃんと吹き抜ける風
「……」
テッカの元気がなくなってしまった。
お母様ももう少し言葉を選んでくれてもいいんだけれど、あれはあれで多分気遣っていってはいるんだろうな。
「テッカ、大丈夫?」
「ん、ああ。しかしお前の両親はよく人を見ているな。ジークランスは素晴らしい商人で、リーン殿の方は……彼女は何だろうな、親父と対峙した時のようなうすら寒さを感じた」
「お母様に関しては僕もよくわからない。でも、他人の心を折るようなことは言わないはずだよ。相手がこの程度の言葉なら乗り越えるだとか、反骨精神でどうにかするか。それがわかっている人だから」
「……そうだな。なあリョカ――」
テッカが何かを言いかけた瞬間、どこからか金属を殴りつけたかのような轟音と、物凄い戦闘圧、それとまだまだ大きくはないけれど、確実に力のある信仰がここまで届いてきた。
「なんだ?」
「行ってみよっか」
音をする方に足を運ぶと、そこにはタクトくんとジンギくんがおり、どう見てもぶつかり稽古をしていた。
「うっしタクト、もういっちょ!」
「そいじゃあもうちっと強いの行くですぜい! 『輝気魔獣拳・ジャイアントオーグナー』『大地の魂の極光・極限素手殺』」
片手だけを魔物化させたタクトくんの手がさらに変化していく。
あれが彼のプラネテスフェイト……聞いていた話と大分差異があるな。
もしや下地に使っているスキルによって形態が変わるのか? 確かミーシャにはデッドリー使っていたみたいだし、それで形が違うのだろう。
するとジンギくんは呼吸を何度か繰り返し少しだけ顔を伏せ、高い集中力を保ったままスキルを使用しているように見えた。
「厳爆鎧王――」
ジンギくんの体に徐々に金属が体を包む。
それは鎧ではなく、見覚えのある形になろうとしていたが、すぐに形が崩れてしまう。けれど何とか形にしようと、およそ思い描いている形にはなっていないが、それどもどことなく、何となく見覚えがあるような、そんな形になってタクトくんの拳を受け止めた。
さっきした金属音が鳴り、周囲には衝撃が走った。
良い火力だ、それと良い防御力。
「やっぱ硬いですぜい。今のジンギならガイル師の攻撃も少し防げるんじゃないですかい?」
「……いや、まだまだだ。もっと薄く、もっと洗練して――もっとスキルの扱いを磨かなきゃな」
「ジンギは努力家ですぜい」
2人が拳を当て合っている光景に、僕は「ほう」とつい声を漏らして息を飲む。このカップリングもありだな。
すると少し呆けた顔をしていたテッカがため息をつき、呆れた表情になって口を開いた。
「こ~れ、お前たち授業は?」
「ぬぉっテッカ師! いや~これは」
「チビッ子たちに菓子ごちそうしてて、授業をサボりました!」
「チビ……ルナやアヤメさ――か?」
「はい、あとフィムとテッドっす」
「そうか……」
女神様が関わっていてテッカは強く言えなくなってしまっている。相変わらず真面目な人だ。
しかしフィムちゃんとテッドちゃんとも合流したのかこの子は。
「そういやぁテルネとラムダさんも来たな。あと~――帽子をかぶった桃色髪の子も来ていたな」
「クオンさんか」
なんだその女神様大集合、何かあったのだろうかと僕とテッカで顔を見合わせるけれど、まあ何かあったらきっと向こうから声をかけてくるだろう。
少なくともミーシャが一緒のはずだし、こっちも声がかかるはずである。
するとジンギくんがどこか男の子らしいキラキラした瞳を浮かべていた。
「なあなあリョカ、俺さっきさ面白いこと聞いたぞ」
「ん~? おいおいそんな少年みたいにキラッキラになるくらいのことかい?」
「ほっとけ! いやさ、俺もルナとかアヤメってなんか妙な気配がするとは思ってたんだけどさ。まさか女神様の目となるギフトを持っているなんてなぁ」
「んぅぅ?」
僕は首を傾げるのだけれど、タクトくんが苦笑いを浮かべており、これは誰かにそそのかされたな。
そしてこの感じ、多分――フィムちゃんだな。
「フィムちゃんがそう言った?」
「おう、びっくりだよなぁ」
「うん! 実はそうなんだよ。いやぁばれちゃったかぁ」
「乗っかるなお前は」
テッカが頭を抱えているけれど、まあこれはこれで良いだろう。
しかしジンギくんは嬉しそうだな。そんなに女神様と縁を結びたかったのだろうか?
「それでよ、フィムが星神様の目だって言うから、ついお礼言っちゃってな」
「お礼?」
「ああ、子どもに何話てんだって感じで、今さら恥ずかしくなってきたんだけれど、星神様のおかげでお嬢様の未来を明るくできたって。復讐ばかりじゃなくなったって」
照れたように頭を掻いたジンギくんだけれど、僕は手を伸ばしてそっと彼の頭を撫でた。
「ランファちゃんは幸せ者だね」
「そうだと良いんだけれどな」
本当にいい子だなと感心していると、ジンギくんが突然自分の頭を抱え、苦しそうな顔を浮かべた。
「ジンギくん?」
「……あ、ああすまん。なんか、頭が」
「大丈夫ですぜい?」
「ああ、ちょっとスキル使いすぎたかな。それともなれない使い方しているせいか」
「どっちもでしょ。完成、楽しみにしてるよ」
「任せろ」
まだ少し辛そうにしているけれど、ニッと笑うジンギくんに僕は微笑みを返し、少しでもその痛みが癒されるように彼の傍でルナちゃんの加護がかかっている鈴を鳴らした。
「っと、ありがとう。少し楽になった」
僕はどういたしましてと返事をするのだけれど、テッカが2人をジッと見ており、どうしたのかと彼に目をやる。
「随分と熱心にやっているな」
「へ? ああまあ、やっぱ強くなりたいッスから」
「ですぜい! せっかく新しい力もいただけて、さらにテッカ師とガイル師にも色々教えてもらっているですぜい。強くなるのが楽しくなってくるですぜい!」
「……」
「それにほら、また前やったみたいにテッカさんやガイルさん、アルマリアさんとも戦う機会があるかもしれないじゃないっすか」
「なんだお前たち、俺に勝つつもりなのか?」
「勝てなくても、参ったと言わせられるかもしれないですぜい!」
「なるほどな」
テッカが嬉しそうに微笑んだが、すぐに顔を伏せ、囁くようにつぶやいた。
「随分と、速いな」
「ん~、テッカ師?」
「なんかあったっすか?」
「いや、お前たちの速さを、見極めていなかったなと」
タクトくんとジンギくんが顔を見合わせて首を傾げた。
そうして暫く2人の特訓を見守って日が傾きかけるその時まで、僕はただ、その風を肌で感じているだけだったのである。




