聖女ちゃんと正体不明の鋼鉄の運命
「お前ら、本当にまだここで菓子食ってくのか?」
「たまにはゆっくりしたいのよ」
「いや、ルナとアヤメはともかく、お前は授業に出ろよミーシャ」
ジンギのそんな言葉を聞き流し、あたしはタクトとジンギにさっさと行けと手を振る。
さっきの話の後、あたしたちは適当な喫茶に入って一角を占領していたのだけれど、流石に口とお腹が甘ったるくなったと言うタクトを、ジンギが連れて帰るとのことだった。
「それじゃあミーシャ様、あっしたちは帰るですぜい」
そうして2人が帰ろうとすると、丁度入り口からテルネとラムダが入ってきた。
テルネに気が付いたジンギが彼女を持ち上げた。
「お~テルネ、相変わらずの仏頂面だな」
「……ジンギ、私を見つける度に抱き上げるのは止めなさい」
「それならもうちっと年相応の顔しろってんだよ。そんな顔ばかりしてると、ランファみたく額がしわだらけになるぞ」
「む……」
「別にカナデみたくいつも楽しそうにしろなんて言わないが、せっかくソフィアといて楽しそうなんだから、もうちっと顔にも出せるようにしておけな。あれはあれで人の顔色窺っちまうんだから、一緒にいる時くらいは心配かけさせんなよ」
テルネも覚えがあるのか、ばつが悪そうな顔で視線を逸らし、ため息をついて努力するとだけジンギに伝えた。
そんなテルネの横で、ラムダが期待を込めた瞳を浮かべている。
「あ、ラムダさんこんにちはッス」
「――」
ラムダの顔が一瞬で真顔になり、ルナが噴き出して体を震わせて笑いを堪えていた。
しかし当のジンギは自覚がないのか、首を傾げており、苦笑いのタクトが彼の腕を引っ張った。
「そ、それじゃああっしたちはこれで」
そう言ってジンギを連れていこうとすると、さらに入り口に大きな帽子をかぶった幼子が現れた。
その少女に見える……彼女に、ジンギが目を向けると、その子は彼に笑みを浮かべた。クオンだった。
「お? あんまり遅くまで遊ぶなよ」
「うん、ありがとうお兄さん、でもそっちのルナたちとお友達だから帰りはミーシャちゃんに守ってもらうから大丈夫だよ」
「そっか」
そう言ってジンギがクオンを撫でると、それを見ていたラムダが泣きそうな顔で2人を指差し、アヤメになだめられていた。
今度こそタクトとジンギが店から出ていくと、テルネ、ラムダ、クオンがあたしたちの席に合流した。
「ジンギお兄様、とっても優しいです」
「え、ええ、そうでふ――」
ルナがお腹を抱えてついには笑いだしたのを、ラムダが睨みつけている。
「……ねえルナ? さっきから随分と楽しそうだね。何がそんなに可笑しいのかなぁ」
「い、いえ、その、あ、あれはズルい」
「止めとけラムダ、リョカと一緒になってからルナの笑いの沸点が下がってんだ。俺たちは何とか我慢できたが、それを責めるのは酷だろう。あれは面白かった」
「アヤメさっきから半笑いなの気付いてるからね!」
女神たちがかしましく、このままでは本題に移らないだろうと、あたしは軽く圧を出す。
「……気を引き締めさせてくれたんだろうがなミーシャ、お前は軽くだと思っているかもしれないが――ほら見てみろ店員を、全員泡拭いてぶっ倒れてんじゃないの」
「これが最低値よ」
まあ結果的に誰にも聞かれなくなったのだし上々でしょう。
テルネがため息をつき、フィムに目をやった。
「それでフィム、先ほどの話は本当ですか?」
「はい、テル姉さま。ランファちゃんとジンギお兄様、本来なら交わらない運命にいます」
「そう……私もここに来る前、ソフィアに2人のことを聞いたのだけれど、ランファの両親が魔王によって殺された後は、常に一緒だったそうですよ」
「う~ん、本来ならあり得ないです」
フィムの言っていることはよくわからないけれど、そもそもそんなにおかしいのだろうか? リョカとセルネの話だと、ジンギは家族でイルミーゼに仕えていた。もし運命が交わらないと言うのなら、ランファかジンギ、どちらかは産まれていないはずだ。
「あんたの勘違いってことはないの? だってあいつら生まれた時からほとんど一緒だって聞いたわよ」
「……それがおかしいんです。ええ、生まれた時からの運命はランファちゃんに仕える運命だったはずで、でもどこからかそうじゃなくなっているんです」
「フィリアム、その言い方だと、運命がおかしなことになっているのはジンギさんということですか?」
「はい、ランファちゃんは加護を渡した時に一通り運命は調べました。あの子もあの子で少し気になることはあるのですけれど、それでも正常に進んでいます」
フィムの言葉を受けて、ルナが目を閉じて集中しだした。女神としての力で何かをしているのだろう。
すると思案顔を浮かべていたテルネが口を開いた。
「私たちに運命は見えませんが、ジンギのそれはそんなにおかしいですか?」
「それはもう! だってジンギお兄様、運命を飛び越える――ううん、というか、浮いてる?」
「お前の視覚ありきの状況を伝えられてもな。具体的にそれはどういう状況よ?」
「えっと、普通の人は幸福や困難、そんな運命の箇所に止まると何かしらの事象が発生します。でも、ジンギお兄様はそれ……特に危険や困難の箇所に止まったと思ったら、いつの間にか隣の箇所に移動しているというか」
「人生ゲームのマイナスマスに止まったと思ったら、なんの災いもなくプラスマスに移動しちまってるって感じか?」
フィムを含めた全員が首を傾げた。
この獣、たまにリョカみたいなことを言い出すことがある。
それにしても、あたしは運命という言葉はあまり好きではないわね。
どうしてそんなものにあたしの人生を左右されなければならないのかしら?
あたしが不機嫌な顔をしていたからか、コソとテッドが耳打ちしてきた。
「あのミーシャさん、フィムの言う運命というのは強制力ではありません。明日の天気を知るくらいの気軽なもので、良いことと悪いことが連続して並んでいるだけだそうですよ」
「みゅ? ああそうですよミーシャお姉さま、人は運命に縛られるべきではない。ただ、その人が歩む道に選択肢と道標を立てただけの物です」
「じゃあなんでランファとジンギが交わらないってわかるのよ」
「……普通の人は、誰かと縁を持つ可能性は必ずゼロではありません。いくつもの道が複雑に交差していて、選択肢によってどこかで道が交わる可能性が必ずあるのです。でも――1つを除いて」
フィムが顔を伏せた。
暗い顔をしていたフィムは顔を上げた。
「死んでいる人とは、その道が交わることはありません」
「ジンギは生きているわ」
「……運命の上では。です」
「どういうこと?」
「さっき言ったように、人は運命に縛られるべきではありません。だから死の運命なんて以ての外です。そんなものは存在しません。でも、もし人が死んだのならその人の運命はそこで止まってしまう……ううん、消えてしまう」
頭がこんがらがってきた。
こういう話をするのならリョカを連れてきてほしかったわ。
「運命とは道です。でも死んでしまうとその道はどこにも進まず、どこへも目指さず、誰とも交わることもなく砂へと変わる。今のジンギお兄様の状態です」
「う~ん? さっきフィム、運命を飛び越えるって言っていたよね。つまり道はまだあるんでしょ」
「いいえクオン姉さま、私が観測できる運命からはとっくに外れています」
「ちょっと待ったフィム、つまりあのジンギくんっていう子、女神の観測から外れてる?」
「はい、良い箇所にいるか悪い箇所にいるかは本人を見れば、微かにですがわかります。でも、それはもう遠い星を眺めているような、本当に漠然としたもの。私の加護が届かないほど遠く」
「……ちょっと待ちなさい。ということは今のジンギに――」
するとアヤメが目を閉じ、何かをしていたがすぐに首を横に振った。
「加護どころかギフトも届かないわね。なんであいつシラヌイみたいなことになってるのよ」
「いえ、それだとおかしいです。なら何故、ジンギは今ギフトを持っているのですか? フィムの言葉通りならそもそも成人の儀でギフトは得られないはず」
女神一同がそれぞれが思案顔を浮かべていると、さっきから何かをしていたルナが辛そうな顔で手を上げた。
「ルナ?」
「……まず1つ、ジンギさんの過去、一部ノイズがかっていてまったく観測できないです。次にギフトのことですが」
ルナがあたしに目をやってきた。
そんな顔を向けられてもあたしに覚えはないわよ。
「ミーシャさん、お2人が成人の儀を終えた後、何度かやり直しを要求されてましたよね?」
「ええ、リョカのギフトは間違いだからって、無理矢理リョカを石碑の前に立たせていたわ」
「その時、ジンギさんと出会っていたことは知っていましたか?」
「いいえ」
「……ミーシャさんが面倒臭がってリョカさんを殴ったことは?」
「ああ、それなら覚えているわ。リョカが時間がもったいないとか言って、教師の説教中に魔王オーラであたしにちょっかい出してきたからぶん殴ったのよ」
「それです。実はその時、ちょうどジンギさんが石碑からギフトを得ようとしていたのですが、石碑からは引き出すことは出来なかったはずです。その時ちょうど吹っ飛んできたリョカさんが石碑の代わりになってギフトを引き出したみたいなんですよ」
「またかあいつ!」
そう言えば体のデカい男が教員と石碑の前にいた気がするけれど、あれがジンギだったのね。
「いえルナ、それでもおかしいでしょう。どうしてリョカさんからは引き出せたのですか?」
「それは――」
「ジンギお兄様の運命に、リョカお姉さまが関わっているから?」
「全部あいつのせいじゃねぇか!」
「……まあ、そういうことに、なりますね」
ルナが顔を逸らした。
リョカが関わっているとわかったら、どうにも深刻な問題ではないように思えるわね。
でも――。
「ルナ、でもジンギには見えない何かがあるんでしょう?」
「はい、それが女神の理から離れた影響なのか、それとも何か昔に女神以上の影響を叩きつけられたのか、それは定かではありませんが、すぐに何か起きると言うことはないはずです」
「そう、それがわかったのならいいわ」
あたしたちを見ていたテルネが手を叩いた。
「では、ジンギ=セブンスターに関しては現状、各々が気にしつつ、経過を見守ると言うことで構わないですか?」
女神たちが頷き、この話はここで終わりというようにテルネが立ち上がると、ルナが微笑み口を開いた。
「それでは緊急女神ミニ会議はこれで終わりということで、今日はありがとうございました」
そうして、最初の方は緊張感があったこの会議も終わりを告げた。
ルナたちは店員を起こし、再度菓子を頼み始めるのだった。




