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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
29章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、迷える風を引き連れて。

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魔王ちゃんと年長者の歩み方

「ロイさんこんにちは」



「おや、こんにちはリョカさん、今日は学校の日では?」



 テッカと一緒にプリムティスを出て、ゼプテンにやってきた僕たちはロイさんに話を聞きに、元々僕とミーシャで使っていたゼプテンでの拠点に足を運んだ。

 するとロイさんは神官の服を取っ払い、がっつり農業をやる衣装で畑を弄っており、頭にかぶる麦わら帽子が僕にはどことなく眩しく映っている。



 しかし僕たちが使っていた拠点をそのままウェンチェスター親子に引き渡したけれど、庭には物凄い立派な畑が出来上がっていた。



「迷える先生の付き添いです」



「……」



「テッカ? ふむ……少し待っていてください。お茶を淹れてきます」



 そう言ってロイさんは畑いじりを中断し、僕たちを母屋に案内するとそのまま奥に引っ込んでいった。

 そして少し待っていると、神官服のロイさんが出てきて、僕たちにお茶の入ったカップとマカロンが盛られた皿をテーブルに並べた。



「お待たせしました。さっ、良かったら召し上がってください」



「はい、それじゃあいただきます」



 ロイさんに促されるまま、僕はマカロンを1つ口に運んだ。

 以前ロイさんが作ったマカロンっぽいお菓子を食べた時は、まだ敵同士だったっけ。

 奥さんが作っていたお菓子を真似して作っていたから、あの時は分量がわかっておらず少しぼやけた味がしていた。



「ん――ロイさんこれ美味しいよ」



「ありがとうございます。リョカさんがレシピを見直してくれたおかげです」



 いつだったか。エレノーラに奥さんが作ったお菓子をちゃんと食べさせたいとロイさんから相談を受け、奥さんのレシピに近づけるように2人で試行錯誤したことがあった。

 そのかいあってか、ロイさんの作るマカロンはとても美味しいものになっていた。



「テッカも良かったら。それとも甘いものは苦手でしたか?」



「ああいや、そんなことはない。いただこう」



 マカロンを食べ、お茶を飲む。

 その間、誰も言葉を発することなく、耳には微かに葉が揺れる音。

 アルマリアに頼んで僕が集めていた苗や種をこの家に運んだのだけれど、それも含めてロイさんの畑から清々しい音が鳴っていた。

 元々僕が選んだ家だったけれど、風通しも良く、とても住み心地の良い家だった。



 そんな環境であるからか、僕が肩から力を抜くとロイさんが微笑んだ。

 しかしテッカはどうにも肩ひじ張っているというか、雰囲気も含めて力がこもっている。



 そんなテッカを見かねてか、ロイさんが口を開いた。



「テッカは確か、このゼプテンを中心に活動しているのでしたよね?」



「あ? ああ、お前たちみたいに持ち家はないが、そこいらの宿に泊まってここで活動していた」



「ゼプテンは、良い場所ですよね」



「そうか?」



「ええ、海が近く、森もある。ここまで潮騒が聞こえてくることもあり、ここまで森の囁きが聞こえてくることもある」



 ロイさんがカップから茶を口に運ぶと、開け放たれていた窓から風が通り過ぎていった。

 肌を撫でるそよ風は心を落ち着かせてくれる。



 そしてロイさんは肩を竦ませながら微笑み、しかし挑発的な瞳で口を開いた。



「風の音も聞こえないほど、何かに追い詰められましたかな風斬り殿」



「ぐっ――」



 テッカが顔を引きつらせ、ロイさんを恨めしそうに見ている。

 風の音も聞き逃していては風なんて斬れるわけがない。ここに来てからずっと力んでいるテッカを、ロイさんは咎めたのだろう。



「ったく、こういう場面ではお前に敵いそうもないな」



「皆さんに勝っているのが、この歳の数くらいなものなのでね」



「よく言う」



 テッカが呆れたようにマカロンに手を伸ばしてそれを口に運んだ。

 その時にはもう、テッカの肩から力は抜けており、余裕を持った空気感で茶を口に運んだ。



「さて、それではお話(・・)する体勢になったので……どうしますか? 私、これでも神官をやっていたこともあり、仕切りを作ればすぐに始められますよ」



「誰が罪を聞いてほしいなどと言った。そんな仰々しいものじゃない」



「おや、そうでしたか。それでは今吹いている風のように、のんびりと何でもないように言葉を紡ぎましょう」



 ウインクをするロイさん。

 これは敵わない。というかこの人、神官やっていた時もこのノリで人々から話を聞いていたのだろうか。ズルすぎるだろう。



 するとテッカが諦めたように肩を竦め、ロイさんをジッと見つめた。

 こいつまだフラグを立てるつもりか。



「……なあロイ、ガイルから聞いたのだが、ヴェインを弟子にしたようだな」



「ええ、真っ直ぐな瞳に根負けしてしまいました」



「どうしてだ?」



 ロイさんが首を傾げる。

 それはどのどうして(・・・・)なのかを考えているのだろう。



「あ~っと、純粋な理由だ。弟子をとる。人に教える。一般的にはそれなりに手間がかかる。わざわざ自分の経験を教える理由もないだろう」



「ふむ……そうですね。今言ったように、真っ直ぐと見つめられたから。これも当然理由ですが――私を、どこかに残したかったからかもしれません」



「残す?」



「知っての通り、私は到底許されざる行いをしました。ならばこそ新たな生では影に徹し、闇に生きるのが道理……だったのですが、グエングリッターでリョカさんたちと旅をして、少しずつ糸を解くように、私は押し込んでいた欲を押さえつけることができなくなりました」



「……」



「こんな人生を歩んでいるのです。いつ終わっても良い。そんな覚悟は持っています。でもふと、抑えられない欲の中で、血冠魔王ではなく、ロイ=ウェンチェスターを覚えていてほしい。そう、願ってしまった」



「だから、ヴェインを弟子に取った?」



「……そうですね。彼には、ヴェインくんには血冠魔王ではなく、今の私を心に残してほしい。身勝手な話ですけれどね」



 やっぱり2人とも僕よりずっと大人だ。

 弟子をとるのにも理由を探す。

 僕なんか、OK君のプロデューサーになってやるよくらいの軽い気持ちで返事をしそうだ。



 しかしロイさんがそう言うことを考えながら弟子を取ったってヴェインが知ったら、きっと喜ぶだろうな。



 僕は頭を振り、2人の会話に集中するのだけれど、テッカが少し考え込み、そっとロイさんに目を向けた。



「なあロイ、弟子を取ったうえでの問いになるが、お前はまだ、強くなりたいと思うか?」



「強く。ですか?」



「ああ、強く。特にお前はこの世界でも上位の実力者だ。弟子をとった今……誰かに覚えてもらうことを目的としているのなら、強さなどもう必要はないのか?」



 真面目なテッカの顔を見続けていたロイさんだったが、彼の問いに小さく微笑みを溢した。そして彼は「なるほど」と声を出し、テッカに手を伸ばしてその頭を撫で始めた。



「な、なんだいきなり!」



「いえ、あなたもまだまだ若いですね」



 ロイさんの言葉に、テッカがむっと顔を浮かべた。



「いえ、馬鹿にしているわけではありません。その結論(・・・・)に辿り着くのは、まだまだ若い証拠ですよ」



「……どういうことだ?」



「そうですね、年長者として1つ助言を――年をとればとるほど、若い頃の速度を顕著に思い出すのですよ」



「は?」



「今どれだけのんびりと歩みを進めていようとも、思い出してしまうのですよ」



 僕とテッカはたがいに顔を見合わせて首を傾げる。

 一体どういうことなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ロイさんが僕とテッカ、両方の頭に手を乗せて撫でてくれた。



「……俺を撫でるのは止めろ」



「年寄りの唯一の楽しみですよ」



 テッカが拗ねたようにロイさんを手を払うと、当のロイさんは相も変わらず微笑むだけ。

 しかしすぐに口を開いた。



「テッカ、すぐに思い知ることになると思いますよ。特にリョカさん周りの子たちには」



 ロイさんが大人らしい笑顔を浮かべるけれど、その意図には気が付くことは出来なかった。

 もう少し突っ込んだことを聞いても良いけれど、この問題はテッカの問題だし、僕が今横からあれこれ聞いても……以前グエングリッターでミーシャに怒られたし、このくらいにしておこう。



 テッカが考え込んでいる横で、僕は辺りを見渡す。

 そういえばエレノーラとラムダ様がいない。



「ロイさん、エレノーラとラムダ様は?」



「わた毛の店主殿に制服の見た目を、アルマリアとマナ嬢と一緒に相談しに出かけましたよ」



 ロイさんは、エレノーラが昨日は中々寝なくて大変だったとはにかんだ。

 うちの学園の制服はアレンジ可だから、きっとエレノーラらしい可愛らしい制服が出来上がることだろう。

 それを楽しみにしつつ、僕が頬を綻ばせているとロイさんが少し険しい顔で思案顔を浮かべた



「……ラムダ様なのですが、どうにも予想外のことが起きたらしく、深刻な顔をして出ていきました。その際に――いえ、帰ってきたらリョカさんに伝えますか?」



「ううん、女神様には女神様の役割があるからね、あまりそこに踏み込まないようにしてるの」



「そうですね。ですが、一応私も気にかけておきます」



「ありがとうロイさん」



 ラムダ様だけならもしかしたらル・ラムダで何かが起きたかもしれないけれど……今の彼女の場合、その線は薄いかな。

 なら女神様全体で何かあったと考えるべきで……いや、僕たちの手が必要ならルナちゃんたちから声がかかるだろう。

 僕はこれ以上考えるのを止め、テッカが納得するまで、パパ魔王のマカロンとお茶を堪能するのだった。

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