魔王ちゃんと氷艶の微笑み
「た、ただ今戻りましたぁ~」
「……ただいまです」
恐る恐ると店内の奥の扉を開ける僕と、背中にぴったりとついてくるミーシャ、そんな僕たちを微笑んでみているルナちゃんと呆れているアヤメちゃん。
そして僕がゆっくりと扉を開けると、その先には椅子以外何もない部屋で椅子に腰を下ろし、腕を組んで虚空を睨むお母様の姿があった。
怖いよ、なんだこのRPGの隠しボスの部屋みたいなただならぬ雰囲気、もっと表情を変えるとか、机を持って来てお茶でも飲むとか、やろうと思えばなんだってできるでしょうに。
なんで腕組んで座っているだけなんだ。
僕はため息をつき、お母様の座る椅子に合わせた机を現闇で生成し、さらに人数分の椅子を並べた。
そしてトイボックスからお菓子とお茶のセットを取り出し、スキルを使って沸かせた湯をティーポットに注ぎ淹れ、人数分の紅茶を淹れた。
僕たちも席につき、僕とミーシャは正面、それぞれ僕たちの隣にルナちゃんとアヤメちゃんは互いにお母様の両隣りに座る。
そして僕は紅茶の入ったカップに両手を添え、チラとお母様に上目遣いを向けながらカップを持ち上げ、そのまま口に運ぶ。
沈黙と緊張で口の中が乾く。
ミーシャも同じなのか、目を閉じて紅茶を口に運んでいる。
「……」
なんっで一言もしゃべらないんだよ。
せめてなんか言ってくれ。
「え~っと、あ~っと、そのぉ~」
昔からこうなんだよなぁ。
言葉が少ないというか、余計なことは喋らないというか。
というか、多分目的を決めてかかっているからそれ以外しないというのが正しいだろう。
まあこんなお母様だけれど、僕は嫌いでなく、むしろさっぱりしている分好きなんだけれど、ただこういう圧迫面接みたいな空気にするのは未だになれない。
私であった時分よりは幾分もマシだし、お母様はそれなりに良いことすれば褒めてはくれる。
僕が意を決して言葉を発そうとすると、お母様の隣に座っていたアヤメちゃんがジッとお母様を見ており、首を傾げていた。
ありゃ、知り合いなのだろうか? もしくは女神様に届くほどの大英雄だとか。
「う~ん? う~んと……」
しかし思い出せないのか、アヤメたんがうんうん唸っている。
そんなアヤメちゃんに、一瞬だけれどお母様が目をやったのを見逃さない。
するとその鋭い瞳に覚えがあったのか、アヤメちゃんがハッとなり、体を震わせた。
「お前リーンフォースか!」
「……」
うん? 余計な名前がくっ付いているような気がするけれど、別名義で活動していたのだろうか。
それにしたって聞いたことないけれど。
「アヤメ、今は――」
「え? あ、ああ……なんだこれ、姪っ子が友だちのお父さんと再婚したみたいな違和感があるな」
随分具体的な例えだな。
それあれでしょう? その友達がその姪っ子好きで脳が破壊されるやつでしょ?
ルナちゃんが僕に、どうぞと促してきたから意を決して口を開く。
「え~っとお母様、その、僕は……魔王に、なりました」
「リーンおばさま、あた――私は、聖女に」
「……そう」
短く返事をするお母様に、僕とミーシャは顔を見合わせた。
怒っているわけでも、失望されているわけでもない。まあこのお母様に限って、魔王だの聖女だのにこだわりはないのだろう。
僕たちが口をつぐんでいると、お母様が首を傾げていた。
なんだとミーシャとでお母様の気持ちを汲もうとするのだけれど、一切その表情からは読み取れない。
まさに氷のようだ。
すると隣のルナちゃんがきゅっと手を握ってくれ、コソとその可愛らしい口を動かした。
続きを。そんな風に教えてくれた。
「あ~えっと、学園に通うようになって冒険者になって、ガイルたちと出会って」
「血冠魔王と戦って勝って、学園のクラスメート……友だちたちとたくさんのことをして」
「グエングリッターに行ってスピカとウルミラ、フィムちゃんとテッドちゃんと仲良くなって――」
そんなことを僕とミーシャが交互に話すと、お母様はうんうんと小さく頷き、黙って僕たちの話を聞いてた。
もっと具体的に話す方がいいのだろうけれど、それだと長くなるしなぁ。
するとお母様が肩を竦め、僕が淹れた紅茶を口に運んだ。
「リョカ」
「え、あはい」
「紅茶、淹れるのが上手くなったわね」
「あ、ありがとうございます」
そして紅茶を飲み、一息ついたお母様が席を立つのだが、僕とミーシャは首を傾げる。
お母様は僕たちを通り過ぎ、部屋から出ていくのかと思ったけれど、ふわと冷たい空気が僕たちの頬を撫で、そのお母様が僕とミーシャの頭を抱きしめた。
「元気にしているのならそれでいいです。私も、ジークにこちらを任せっきりにしていたから、聞いていなかったことの咎は私にありますから……ただ」
お母様が言葉を切り、息を吸ったかと思うと、僕たちをきゅっと優しく抱きしめて、その冷たい空気を払拭するような暖かな声色で言った。
「あなたたちが、私の顔を見たいと言ってくれれば、すぐに駆けつけますよ」
僕とミーシャは照れたように頭を掻き、そして僕は深いため息をついた。
「お母様が僕たちに会いたいだけでしょ。それならそう言ってよ」
「ええ、私たちも、すぐに会いに行きますから」
僕たちの背後で、お母様が顔を逸らしているような気配がした。
そしてお母様は僕たちから離れると、ルナちゃんとアヤメちゃんをきゅっと抱きしめる。
「私にも、また随分と可愛らしい娘が出来たのですね」
「……お前本気で言ってる?」
「ええ、こちらにいる間は、2人とも私の可愛い娘です」
「へいへいお母様」
「わたくしは、それも込みでジークランスお父様に了承したつもりですよ」
お母様が相変わらず変化のない顔だけれど、微かに笑みを浮かべ、2人からも離れていく。
するとお父様が扉を開けて現れ、店内の方を指差した。
「終わったか? それならリーン、ちょっとお客様の対応を頼んで良いか? 奥に商品を取りに行きたいんだ」
「ええ――それじゃあリョカ、ミーシャ、ルナ、アヤメ、ゆっくりしていきなさい」
そう言って、お母様が部屋を出ていった。
僕とミーシャは盛大に息を吐き、またしても顔を見合わすとフッと笑みを浮かべた。
「相変わらず言葉足りなさ過ぎるんだよなぁ」
「ええ、正直1、2発は覚悟していたわよ」
「だねぇ。僕もそのつもりだったからなぁ。ああ怖がって損した――」
安堵の息を吐いたのも束の間、お母様が突然戻ってきて僕とミーシャに目をやって口を開いた。
「ああそうでした。リョカは昨日率先して私から逃げようとしたこと、ミーシャ昨夜ルーデルの坊やの部屋に泊まったことについて話があるから、あとで覚悟しなさい」
「ん゛ぅぅぅ」
「……」
僕とミーシャは揃ってうな垂れるのだった。




