魔王ちゃんと稀代の大商人の本気
「さっきははジンギくんのこと、任せっきりですみませんでした」
「いえいえ、私も面白いものが見られましたよ」
「ならよかったです。ところでジンギくんはどうでしたか?」
「私の主観になってしまいますが……何か、胸を打つものがあったように見えました」
「そっか。ならこれからに期待だね。ロイさんも、良かったら協力してあげて」
ミーシャとアヤメちゃんに食事を与え、そのまま時間を過ごし、下校の時間になったから、僕はロイさんとエレノーラ、ラムダ様とテッドちゃんを連れて、ミーシャとルナちゃん、アヤメちゃんと一緒にジブリッドの店に向かっていた。
「ええ――しかしあの映像で男性が跨っていた乗り物、ジンギくんがとても物欲しそうに見ていましたけれど、あれは一体どのような原理で作られているのでしょうか、私も少し気になっていまして」
「あああれか。う~ん……ヘリオス先生と一緒なら作れ――いや、ジンギくんはあれで作れるかな。ロイさん乗ってみたいんですか?」
「え、ええ、なんというか、こう、何か胸に訴えかけるものというか、お恥ずかしながら年甲斐もなくはしゃいでいます」
どの世界でも男というのは、ああいう乗り物に惹かれるのだろう。
私もまったく興味なかったけれど、アンリたんに勧められて日曜の朝早起きして、あのバイクに跨るお兄さんを見続けている内に、いつの間にかああいう乗り物に憧れを持つようになったっけ。
「おっ、ロイもわかってるじゃない。あれは男の子の憧れが詰まっているのよね」
「あんた女神でしょ」
嬉しそうに変身ポーズをして見せるアヤメちゃんにほっこりしつつ、スンとした表情で歩みを進めているルナちゃんとエレノーラ、そしてラムダ様が横目に映った。
テッドちゃんにもウケたのか、どうにもアヤメちゃんとロイさんの会話に入りたそうにしていた。
「まあ、まあ、とはいえ作り物だし、熱もすぐ引くでしょ。ああいうのは子どもだましっていうのが――」
「うっせぇバーカっ黙ってろおばあちゃん!」
「――」
興奮したアヤメちゃんの声に、ラムダ様がそのまま神獣様にすぱーんっと平手打ち。
「あぁぁっラムダがぶったぁ!」
声を上げるアヤメちゃんが僕に抱き着いてきたから、そのままよちよちと慰める。まあ夢中になっている物を子どもだましと一括りにされたくはないよね。
「で、ジンギは強くなれそう?」
「うん、そもそもナイトマイトメタルが優秀でね、僕の思考と物凄い相性がいい」
「あいつともいつか殴り合いをしなくちゃね」
「いや止めなさいって。今日のタクトくんみたいになったらどうすんだ」
僕はため息をつくと、テッドちゃんに目を向けた。
「そういえば、テッドちゃんは1人?」
「え? ああいえ、フィムと一緒だったんですけれど、あの子今どこにいるのかわからなくて」
「わざわざわたくしたちの視線を掻い潜っているみたいで、どうにも見つけられないのですよね」
「結構フィムちゃんは自由な子ですよね。テッドちゃんはとりあえずフィムちゃん見つかるまで僕たちと一緒にいましょうね」
「はい、お願いします」
初めての場所に一人っきりにするわけにもいかないし、何よりもテッドちゃんは10年間閉じ込められていた。
女神様にとっては短い時間かもしれないけれど、少なくとも僕がいる間は明るく過ごしてほしい。
僕はテッドちゃんの手を取り、一緒にジブリッドの店まで進む。
しかしふと、ロイさんが何か思案顔を浮かべており、僕はそちらに目をやる。
「……そういえばリョカさん、お母様のお名前は、リーンさんと言いましたか?」
「うん、ロイさん知ってるの?」
「いえ、この間見かけた時、どこかで会ったような気がしたのですが、どうにも思い出せなくて。いえ、きっと気のせいでしょう。魔王時代にあったわけないでしょうし、その前の神官の時に会うなど以ての外――年を取ったということなのでしょうね」
「ロイさんはまだまだ若いですよ。きっと似た人を見かけただけで、勘違いしたんじゃないですか」
そうかもしれません。と、笑うロイさんに僕も微笑みを返し、見えてきたジブリッドの店を指差した。
「あそこですよ。テッドちゃんも良かったら色々見ていってください。欲しいものがあったら言ってくださいね」
「は、はいっ、でもいいんですか?」
「もちろん、服とか小物とか、欲しいものがあったら言ってくださいね。カタログが置いてあるので、すぐに作ってくれますよ」
わあ。と、感心したようなテッドちゃんを撫で、僕たちは店に入った。
すると、入ってすぐにお父様がおり、1人いるお客様に対応していた。
「こちらなどどうでしょうか? お嬢様の星の輝きのような髪によく映える髪飾りではないでしょうか?」
「わぁ、すっごく綺麗です」
「ええ、とてもよく似合っております。実は私の妻と娘たちが、お嬢様のような美しい髪をしておりまして、よくモデル……しっかりと似合うかどうかを試してもらっているのですが、お嬢様と同じようにとてもきれいな白い髪であるために、こちらにある商品も、自然とあなたのような髪のお嬢様に似合うようになっていまして」
お客様の前で何家族自慢しているんだあのお父様は。
僕が少し照れていると、テッドちゃんとルナちゃんに突然手を引っ張られた。
何かと思い、お父様が対応しているお客様に目をやるのだけれど、どうにも見覚えのある星形の目が見えた。
「わぁ、ジークランスさんって本当にすっごいんですね」
「恐縮です。あなたのような可愛らしいお嬢様にまで名を知ってもらえるのはとても光栄なことです」
あかん、お父様あれ正体に気が付いていないな。
すると、呆けていたテッドちゃんが口を開いた。
「フィムっ!」
「みゅ? わぁテッドだぁ。もう捜したよぅ、迷子になるなんてまだまだ私が傍にいないといけませんね」
むふぅ。と胸を張る星神様がとても可愛らしいが、テッドちゃんの額には青筋が浮かんでいた。
どう考えても迷子はフィムちゃんである。大地神様は理不尽を覚えていたに違いない。
「あっ! リョカお姉さまとミーシャお姉さまも一緒だ! こんにちは!」
「はい、こんいちは。フィムちゃん、テッドちゃん1人にしたら駄目だよ」
「みゅ? テッドが1人になったんだよ?」
まったく悪びれる様子もなく、むしろテッドちゃんが勝手にいなくなったと思っているようだ。
するとお父様が首を傾げて僕に目をやってきた。
「リョカ、こちらのお嬢様と知り合いなのか?」
「ん~……」
どう伝えようかと頭を悩ませていると、フィムちゃんがルナちゃんとアヤメちゃん、そしてラムダ様にキラキラしいたけを向けた。
「ルナお姉さま、アヤメお姉さま……ラムダさまぁ――」
「フィム、それ止めなさい。いつも通り姉さま呼びで良いからね」
「ら、ら、ら、らむださまぁ」
ラムダ様にほっぺをふにふにとこねられながらも、フィムちゃんは瞳を>にしたように喜んでいた。
そして流石お父様、ルナちゃんたちをお姉さまと呼んだことで事態を把握したのか、すぐに店の外に出て、クローズの看板をつけて店の鍵を閉め、従業員に今日はもう帰って良いとすぐに店から人払いをした。
「ごめんなさいジークランスお父様、騒がしくしてしまって」
「いや、身なりが良かったからどこかの貴族様だと勘違いした俺も悪い。ちなみに、彼女はどなた様だ?」
「星神だよお父様ぁ。俺たちの末っ子」
「グエングリッターの……リョカ、ちょっと来い。ルナ、アヤメもちょっと手伝ってくれ」
首を傾げるフィムちゃんをよそに、僕とルナちゃん、アヤメちゃんはお父様の指示のもと、店内にテーブルやらなにやら、そしていくつかのお菓子を用意する。
ちなみにミーシャに手伝わせると、物が壊れるからこういう時お父様は聖女には頼まない。
ふと、そうして準備していると、ロイさんとラムダ様が感心したようにお父様に目をやっていた。
「いやぁ、ルナたちから聞いてはいたけれど、リョカちゃんのお父さんって中々すごいね。いくら女神を養子にしたからって、あそこまで父親に徹することって出来ないものだよ」
「ええ、父親というものをよく理解しているのですね。私も学ばせていただかなければ」
そうして準備を終えたお父様がみんなに座るように促すと、ロイさんと目を合わせた。
「ああロイ殿、この間はろくに挨拶も出来なくて申し訳ない。今日はエレノーラさんの入学一式を見に?」
「はい、リョカさんのご厚意に甘えようかと思いまして」
「歓迎しますよ。パンフ……商品の説明書もあるので、良かったらそちらを参考に。もしわからなければ私に聞いてください」
テキパキと働くお父様に皆が感心していると、フィムちゃんがお父様に付けてもらった髪飾りを髪に付いたままそっと握った。
「もうフィム、お金持ってないでしょう? それはリョカさんのお父さんに返して――」
「む~……」
「いいえ星神様、グエングリッターではきっと愛娘たちがご迷惑をかけたでしょうから、そちらは持って行ってください。もし気に入っていただけたのならグエングリッターで、ジブリッドの商品だと言いまわってくれるだけで十分です」
「わぁ、いいんですかぁ?」
「ええ、それにその髪飾りは本当にあなた様にお似合いです。きっとその商品も、星神様に身に付けてもらいたいと声があるのなら囁くはずでございます」
瞳をキラキラさせて、その場をクルクルと回るフィムちゃん。
しかしテッドちゃんが申し訳なさそうにしており、それに気が付いたお父様が僕に目配せしてきた。
「星神様のフィリアム様――フィムちゃん、それとこちらは大地神様のテッドちゃん、そしてロイさんと一緒にいるのが豊神様のラムダ様」
名前と何を司っているのかを把握したお父様はすぐに奥に引っ込んで、速攻で商品を幾つか持ってきた。
「テッド様はこちらが似合いそうですね」
「えっ、あ、えっとその――」
「良かったら、テッド様も見ていってください。そちらの髪飾り、フィリアム様の髪飾りと合わせるような作りになっておりまして、3兄弟の職人がそれぞれに髪飾りを作ったのに、意図せず3つ揃うととてもよく映えるようになっており、姉妹飾り。なんて私どもは呼んでおります」
「3つ揃うと……」
テッドちゃんがお父様に付けてもらった髪飾りを大事そうに撫でると、フィムちゃんと2人並んで、彼女は照れた顔を浮かべた。
しかしあのお父様、あれ無意識で紹介しているんだよなぁ。
商人としてはまだまだ敵わないなぁ。
そしてお父様はラムダ様に近づいた。
豊神様は他の女神様より少し大きく、小学校高学年ほどの見た目。しかし威厳が見え隠れしており、例えるなら、何千年も生きた稀代の大魔女が、若返りの魔法に成功してしまったかのような、そんな雰囲気の女神様だ。
見た目は可愛らしいけれど、やっぱりあの雰囲気が色々と躊躇させる。
僕だって本当はラムダ様に女児服着せたいんですよ。
「ふむ……ラムダ様、失礼でなければ少し助言を」
「ほいほい、あたしも特に気にするあれじゃないし、ルナたちのように気軽に接してくださいな」
「では――ラムダ様、少し、歩幅の間隔を狭めて歩いてみてください」
「え? 歩幅? えっとこう?」
「はい、それと腕はそれほど振らずに、ええそんな感じです。それと、出来るだけ動作は小さく。大きく口は開かずに、もし口が開いてしまうのなら顔を逸らし、口元を手で隠すように――ええ、完璧です」
「――?」
「リョカ、どうだ」
「……」
僕はお父様から目を逸らすと、少し悔しい思いをしながら、奥から小物を持ってきた。
「ありゃリョカちゃん、随分かわいい小物を持ってきてくれたね? この間はあたしには似合わないって言ったのに」
「そこまでは言っていませんって」
「ラムダ様は動作に威厳が出ていましたので、それを少し小さくすることによって、こういった可愛らしい小物も良くお似合いになるはずですよ」
「――ッ! ルナ、こちらのお店、ル・ラムダにも100店舗ほど!」
「無茶言わないでください」
「恐れ入ります」
女神様にも物怖じせず、しかも彼女たちが欲しいだろう物を一発で引き当てる。
もはや感心を通り越して恐ろしい。
「人心を掌握する技術がリョカの比じゃないわね。最早怪物だろ」
「リードが最も恐ろしい商人だと話していたのも頷けます」
「リードはフィリアム様のお役に立っていますか?」
「はいっ、美味しいお菓子たくさんくれます」
「そうですか、元気でやっているのなら何よりです」
あまりにも商人としての手腕を見せつけられた僕たちは、ただ呆然とするしかなかった。
するとお父様が思い出したかのように僕たちに目を向けた。
「リョカ、ミーシャ、ルナ、アヤメ、皆さんは俺が相手をするから、お前たちはお母さんに顔を見せてきなさい。奥にいるからしっかり話すんだぞ」
ここに来た目的を思い出し、僕とミーシャは肩をわざとらしく落とした。
しかしいかないわけにもいかず、ここはお父様に任せて、奥へと脚を進ませるのだった。




