魔王ちゃんと原初の奇跡
「……すごい状況だな」
ジンギくんのことをロイさんに任せ、僕はいったん退席してさっきテッカに言ったとおり、ミーシャに説教しに来たのだけれど、ダンジョンの中は昨日よりひどい状態で、明日1日かけて修復しようと思っていた僕の心を挫く程度にはボロボロになっていた。
それとルナちゃんとアヤメちゃん、ヒナリア様が女神特権を使っており、クレインくんは頭を抱え、テッドちゃんはタクトくんが飛んでいった方角に涙目の顔を向けていた。
「今日出来たあたしの信者がぁ」
「いや、そのテッド、なんていうか、本当に申し訳ない」
「大地の魂の極光を使っていなかったら、タクトさん死んでいたのでは?」
「地上怖い! ヒナの下剋上の障害が怖すぎるです! もうだんな様連れて空に引きこもるしかないです!」
女神様の反応を堪能した後、僕は涙目のテッドちゃんを撫でる。
「リョカさん……」
「タクトくんの傷は治したから大丈夫ですよ。もう元気いっぱいだから、そんなに泣かないでください」
引っ付いてくるテッドちゃんをなだめ、僕はミーシャに目を向けた。
「お~いミーシャ、ああいうことやるなら――ミーシャ?」
「……」
僕にも視線を向けず、顔を伏せてミーシャは腕に目をやっていた。
ケダモノの聖女の腕は小さく震えており、拳からは血が滴っている。
僕は呆れた顔でため息をつくと、幼馴染に近づき、軽く頭をはたく。
「中までぐちゃぐちゃじゃないか。一発でこれじゃあ、使い物にならないでしょ」
「……唾つけておけば治るわ」
治るわけないが。
僕はミーシャの腕を出来るだけ優しく持ち上げるのだけれど、彼女は一度顔を歪め、明らかに痛みを我慢している。
しかも完全に骨も折れており、腕がくっ付いているのが最早奇跡だろうという程度には、触った感触がスカスカであった。
これ、ただのリリードロップではキツイな。
少し細工をしようか――聖女の癒しというのは、女神様の信仰を回復という事象に変換している。
傷が治る。病気が治る。そんな結果だけを患部に付与することで、治癒という奇跡を発現させている。
なら全ての傷が治るのかといえば、答えはノーである。
信仰の量や、一体どこの傷をどう治すのか、そこに理解が及んでいなければ、治せる傷も治せはしない。
僕が普段みんなに使わせている聖女布、あれは一種のデバック作業を行なわせている。
治癒の信仰の前に現闇を流し込み、闇が漏れ出た箇所を回復させるというアルゴリズムで動いており、細かい制御は利かない。
漠然に、現闇が逸れた箇所に回復を行なう。それだけ。
なら今のミーシャはどうなのかというと、骨も血管も肉も、細胞すら死にかけている。
リリードロップで蘇生は出来ない。
僕は再度ため息をついた。
「腕が使えなくなったら本末転倒……力をつける意味もなくなっちゃうでしょ」
「ん」
幼馴染が、ケダモノの聖女が、ミーシャが僕に視線を向けてくる。
あんたがいるから大丈夫でしょ。そんな信頼とそれなりの期待――でも正直な話、このまま怪我をしたまま、少し大人しくしていてほしい気もしなくはない。
でも今は時期が悪い。
今日お母様に会いに行くのに、ミーシャを怪我させたままでいさせるわけにはいかない。
ミーシャの腕を持ち上げたまま僕は口を開き、歌を紡ぐ。
つまるところ、聖女の力の基盤は信仰を事象への変換――所謂、光あれ。神が最初に光をもたらしたように、その力の一端を預かっている。
ならばその神がやったように、僕は聖女の奇跡でその後を紡げばいい。
僕は五日目を再現すればいい。
もっとも、その六日間は人の体の中という限定された空間ではあるけれどね。
「『生めよ増えよ満ちよ』」
ないなら作れ。神のもたらした事象を、信仰になぞらせる。
細胞を作れ、血を作れ、肉を作れ、骨を作れ――。
「ん――」
体が新たな組織を作り出しているのだ、ミーシャ本人もその動きに違和感があるのか、少し不快感をあらわにした。
けれどすぐに腕が動くことに気が付いたのか、腕をブンブンと振り、勝気に笑って見せてくれた。
「もう無茶しないようにね」
「次は上手くやるわ」
そう言うことではないのだけれど、もう言っても聞かないだろう。
僕は薬巻に火を点すと、煙を宙で遊ばせ……女神さまたちから熱い視線を注がれている。
「……何だ今の?」
「えっと? ん~? わたくしの加護、ではない。でも、もっと根源的な……」
「怪我を治した、とは意味合いが違うような」
「ぴよぅ……」
首を傾げる女神さまたちが可愛くはあるけれど、ここは少しクールに決めよう。
「アヤメちゃん、創世記はご存知?」
「あ? ああ、一応な」
「五日目だよ」
「……ミーシャの体の中で光あれってか?」
「そういうこと」
「その事象をこっちの女神じゃ認知できねぇよ。大聖女を軽く超える奇跡を魔王が使うんじゃない」
「その大聖女がわんぱくなので」
「それは間違いないわね」
呆れたように息を吐いたアヤメちゃんがミーシャに近づき、肩を聖女にぶつけた。
「リョカじゃないけれど、少しは体をいたわりなさい。あの傷をそこまで完璧に治せるのはお前の幼馴染が優れているからよ。別の人に同じような期待はしないようにね」
「ん、気をつけるわ」
そう言ってミーシャはアヤメちゃんを抱き上げ、そのままダンジョンの外に歩き出した。
しかしすぐに振り返り、その口を開いた。
「ありがとうリョカ、助かったわ」
「う~い、どうせお腹減ってるだろうし、このまま食堂行くよ。ちゃちゃっと厨房借りてなんか作るよ」
「んぃ」
女神さまたちとクレインくんも引きつれ、僕はダンジョンから外に出て、食堂に向かって歩き出すのだった。




