聖女ちゃんと半竜の災厄
「このダンジョン、残っていると便利だよね」
「スキルとかも色々試せて、さらに校庭に穴を開けずに戦うことも出来るですぜい」
「……」
「ミーシャ様?」
リョカがジンギに何かしていたのよね、連れてくるべきだったかしら?
あの子はあの子で、ただ戦うだけとは異なる力を持っている。人間……というよりは小型の魔物のそれだ。
力だけでどうにか出来る奴らとは違って、あれはあれで戦いづらい。
「ジンギ、どう強くなるのかだけ見ておくべきだったかしら」
「あ~、リョカ様が助言していたみたいですね」
「なんだかんだ、リョカ様の言葉で一番成長しているのがジンギですぜい。うかうかしてられないですぜい」
リョカの言葉通り、ダンジョンにやってきたあたしたちは準備運動をしながら、先ほど見かけたリョカたちについて話していた。
するとルナが小首を傾げて考え込んでおり、それを見ていたアヤメが口を開いた。
「また記憶のでっち上げか?」
「いいえ、編集はしましたけれど、架空のお話みたいです。ん――」
ルナがアヤメに頭を差し出すと、神獣が月神の頭に手を置いて目をつぶった。
中を見ているのだろうか。
「――ああ、なるほど。リョカらしいな」
「知っているのですか?」
「うん、俺も結構好きだぜ。ジンギもポーズとったりするのかしらね」
「わたくしも少しだけリョカさん経由で見ましたけれど、何とも前段階が隙だらけというか」
「浪漫のわからない奴だな、あれでいいんだよ。しっかしジンギも面白い成長をしそうだわ、火力に関してもリョカに任せれば問題ないでしょ」
「と、なると、次はどの女神が見初めるか、ですね」
「あれは特殊だろう。まっ、誰もいなかったら俺が貰っていくわよ」
楽しそうに笑うアヤメとルナ、そして2人に恐る恐るといった感じでテッドが近づき、自分もそれが見たいのか、ルナに控えめな瞳を見せていた。
「テッドもどうぞ」
「あ、ありがとうございます――わぁ、へ~、これは、なんとも……こう、胸が熱くなるものがありますね」
「わかってるじゃんテッド、これを日曜の朝に見るとだなぁ――」
「にちよう?」
あの子たちが楽しそうにしている横で、あたしは準備を終えた。
しかし1つ気になり、クレインに声をかける。
「あんた怪我は大丈夫なの?」
「え? ああはい、怪我自体はリョカ様に治してもらったので。ただその、俺もうっぷんを晴らしたいというか、体を動かしたいというか」
「不憫ですぜい」
「そ、そんなんじゃないから!」
クラインがチラと未だについてきているヒナリアに目を向け、ため息をついた。
まあこの子たちには女神が常に一緒にいるというのはまだ辛いのだろう。
「そう、それなら遠慮なくいくわ。ところでクレイン、あたしの半竜顕現、どう思った?」
「どう、ですか?」
「あれを真正面から受けたのはあんただけだからね。ちょっと聞いておきたいのよ」
「……」
クレインが思案顔を浮かべ、少し控えめな声色で話し始めた。
「……ミーシャ様なら、もっと火力が出るのではないのかな。とは思いました」
「そう、言葉を選んでくれてありがとう。やっぱり使いこなせていないのよね。ソフィアに全竜を使ったけれど、どうにも火力が乗り切っていないのよね」
「あれでですか!」
アヤメと話していたテッドが驚いたように声を上げた。
実際、ソフィアのあれは半竜でもいける認識だった。でも全竜を使っても尚、あの盾は壊せなかった。
「テッド、あれがミーシャ=グリムガンドよ。火力不足だって本人が言おうが、一々驚いていたらきりがないわよ」
「……またスピリカが嫌そうな顔をしそうですね」
テッドの呟きは流し、あたしはタクトとクレインに構えをとる。
「最初から全力で来なさい。あたしに遠慮なんてするんじゃないわよ」
タクトとクレインが頷き合い、大きく息を吸った。
「『壊魔全獣体・魔王種パイロバンザー』」
「『発破・天凱、六光絶技・腕力強化』『天翔・一夜――急速発進』」
とんでもない量の圧を発しながら、体全体を魔物化させたタクトが突っ込んでくる。
クレインの姿はすでに見えず、彼を警戒しながらタクトの剛腕を黒く硬化した腕で受け止めた。
周囲に衝撃が走り、大地を捲り上げていく。
殴り合いだと少し厳しいだろうか。それほどの火力が今のタクトにはある。
「――ッ!」
感心しているのも束の間、死角から覚える警鐘。
「腕力強化――『強化一閃』」
「っ! 『付蹴・竜麟』」
タクトの腕を思い切り上に弾き、瞬時に振り向いて足を振るう。
竜の鱗がクレインの拳を防ぎ、あたしは飛び退いて大きく口を開けた。
「105連――竜砲!」
2人纏めて竜砲を直撃させようとしたけれど、クレインがタクトの背後に回り、その魔物を纏う彼は腕を震わせるほどにその拳に力を込めた。
「『今こそ大地を喰らえ』」
その直後、タクトの拳から確かに絶気を感じた。
魔王でなければ使えるはずのないスキル。
だがその拳に纏わりついているのは世界の脅威――。
ミシミシと腕から悲鳴を鳴らしながら、タクトがあたしの竜砲を下から殴り、そのまま空へと逸らした。
今タクトが使ったのは間違いなく、テッド由来のギフト、そのスキルだろう。
あたしに考える頭はないから何かまではわからないけれど、絶気を使ってそれを叩きつけてくる。それだけわかれば良い。
あたしは舌打ちをして、竜砲を逸らしたことでがら空きになったあたしに突っ込んできた2人に、さらに足に生命力を込める。
「『覇竜』」
瞬時に放たれた覇竜に、クレインは対応してもタクトはよけきれず、直撃して吹っ飛んでいく。
「タクト!」
「がぁぁぁぁぁっ!」
しかし体で覇竜を受け止めていたタクトが、あたしの生命力の塊に、徐々にその手を近づけ、ついにはその両手で握った。
「う、がぁぁぁっ!」
覇竜を手で握り潰したタクトが肩で息をしながら、あたしに嗤い顔を向けてくる。
これほどか。
あのタクト=ヤッファ、これほどの力を今は有しているのか。
ただの魔物ではこうもいかない。
あたしは笑みをこぼす。
そんなタクトが両手を大地に付けて体を沈め、一直線にあたしを睨んできた。
何をするつもりだと警戒するが、それはすぐにわかった。
「『大地の魂の極光・極限突っ張り』」
タクトを包む体がその形相を変えた。
頭には突起が生え、腕が異様なほど膨れ上がり、脚もまた筋肉が際立った。
これは――あたしはすぐに最終体勢に移行した。
「神獣拳! 『神格を縛る聖女の檻』」
信仰を瞬時に腕に込める。
「132連――獣王!」
腕と脚で大地を叩いたタクトの姿が忽然と消えた。
否、まっすぐとあたしに向かって飛び出してきた。
殴りつけた瞬間、ダンジョンを形成する世界にひびが入り、辺りを壊滅させようと衝撃波がどこまでも伸びていった。
衝撃が収まると同時に、タクトが離れていったが、あたしの拳からは血が噴き出し、互角。とは言えない殴り合いになってしまった。
ふと視線をアヤメたちに向けると、アヤメとルナ、ヒナリアがテッドを守るように立ちふさがっており、3人のその体は何かの装備で固められていた。
あれ、女神特権かしら?
「馬鹿野郎ミーシャ殺す気か!」
「……あ、危なかったです。つい女神特権を使ってしまいました」
「ぴ、ぴよぉ――あ、アヤメ姉! あの聖女絶対頭おかしいです!」
「わ、わぁ、あたしの信者、すっごい強い」
「喜んでる場合か。あのミーシャと互角の攻撃力とか、タクトも大分ヤバいぞ」
「しかし、随分と加護の形相が変わりましたね」
「ああ、チェイサーノートとあたしの加護は、ほとんど同じようなことをしているので、あのスキルを使用中に限り、ある程度どんな形にもなるようにしています。それに人の体では限界のある力も、魔物の体では制限がないので」
「だからあの火力かよ」
「――」
胸を張るテッドをあたしは見つめた。
人の体の限界? そんなこと、考えたこともなかった。
「ん、どうしたミーシャ――」
「……ああ、そうか。だから足りなかったのね」
首を傾げる女神たちをよそに、あたしは深呼吸をした。
そして眼前のタクトに視線を向け、体に力を入れる。
「タクト、最初に謝っておくわ、ごめんなさいね」
「……はい?」
「もっと使わせてあげても良かったんだけれど、少し、加減できそうにないわ」
「あ、あのミーシャ様、一体何を?」
「ええそう、そうなのね、人の体の限界、それは当然在るべきだったわね。ええ、まったく考えていなかったわ。だからありがとう、タクト、テッド」
あたしは体を、外側だけでなく、内側にも信仰を、圧を流すように、普段腕にやっているように硬化させる。
そしてそれを腕だけではなく、体の半身に及ぶように広げていく。
「あたしに足りなかったのは、あたしの力についてくる肉体――超強化だとか、そんなことは出来ないけれど、ようは壊さなければ良い。あたしにはそれが出来る」
半身が何者にも侵されないように黒く染まっていく。
中も、外も、誰にも壊させない。
脚に込めた生命力を宙に放り投げる。
「クレイン、あんたはこのまま続ける? あたし的には、タクトをリョカに届けるのを手伝ってほしいんだけれど」
「……」
クレインが額から脂汗を流し、タクトと目を合わせて、逸らした。
「ちょっクレイン――」
「ごめんタクト、骨は出来るだけ拾うよ」
「半竜顕現!」
放り投げた生命力をかみ砕いた瞬間、腕から竜の信仰があふれ出した。
バチバチと空気を揺らし、昨日やった時とは比べ物にならない力が奔流となってあたしを、世界を包む。
「あ、へ? いや――だぁもう! 突貫一択ですぜい!」
タクトが突っ込んでくる。
あたしはただ、この拳を――。
「ぶっっころっ! す!」
突っ込んできたタクトに、拳を放った刹那、それは破壊の事象を全て再現するかのように、力が弾けて放たれた。
タクトはあたしに殴られた衝撃でその姿を消し、世界を砕きながら外へと飛び出して行った。
呆然とする面々を前に、あたしは胸を張る。
「ええ、今日も平和ね」




