聖女ちゃんと喧しひな鳥
「あら」
タクトとテッドを連れて校庭にやってきたあたしは、ふと隅の方にいる2人に気が付き、声をかけた。
すると丁度寮に帰るところだったのか、クレインが腕にぶら下がる羽の生えた女の子を引き連れて、げんなりとした表情で近づいてきた。
「……ああ、ミーシャ様、こんにちは」
怪我などで体が辛いという風ではない。
あたしはチラと彼にくっ付いているヒナリアとかいう女神に目をやった。
「旦那様、旦那様! 帰ったらヒナリア特性のたっぷり卵のスープと鳥の丸焼きで元気出すですよっ! ああそれとちゃんとデザートにヒナリアのお酒スイーツもあるですから! それとそれと――」
「……あはは」
力なく笑うクレインに、アヤメとルナが頭を抱えており、相当厄介な女神なのが窺える。
そんな彼にタクトが苦笑いで手を上げると、クレインがテッドに気が付いたのか首を傾げた。
「ああ、こちらは――」
「テッドぉ! 久しぶりです! 元気にしてたですかぁ? なんか風のうわさで椅子になっていたって聞いたですけれど、座り心地悪かったですか? それとも椅子になりきれなかったですか? ああそれかおしり痛くなる人続出したとか、それともそれとも――」
「げっ、ヒナ様」
「今ゲって言ったですか? いやいやテッドのことはこのふわふわ羽であやしたこともあるですから、そんなこと言うはずないのはわかってるですけれど、相変わらずフィリアムとアリシアと一緒ですか? ありゃ、そういえばアリシアはルナ姉に下剋上したんでしたっけ? ということはテッドも革命に興味が! ああそれと思いだしたですが、テッドもだんな様を見つけたですねぇ! 喜ばしいことですだから今日はお祝いですかそうですか――」
「……いえ、信者です」
「はい! 信者様です――」
ピーチクパーチク五月蠅いったらない。
あたしはスタスタとヒナリアに近づくと、そのままその空っぽそうな頭に拳を思い切りたたきつけた。
「ぴよぉぉぉっ!」
「あんた五月蠅い。それとクレインを休ませなさい。あとテッドにウザ絡みするな」
「な、何ですかぁいきなりぃ! ってよく見たらアヤメ姉の聖女です! 昨日はよくもヒナのダンナさまを! ここで会ったが下剋上です! 今こそヒナリアの本気も本気全力全開で革命を成して見せるですから覚悟するですよ!」
ヒナリアの体が光り、信仰が形になっていく。
女神特権。一度本気でやり合って見たかったのよね。
とはいえルナのあの怒りようから見るに、やはり使わせるべきではない。
仕方がないとあたしはフォーチェンギフトを使用し、開いた手をヒナリアに向けた。
しかしあたしの腕を両手でつかんだヒナリアが、女神特権を使用するのを止めて口を開いた。
「ぴよっ! 何だかこれは喰らってはいけないとヒナの頭が告げているです! ちょちょちょっ! こわいこわいこわい! というか力つよっ! 女の子が出していい腕力じゃないです! というか女神への不敬ではぁ! あ、あっ、ちょ、ま、だ、旦那さまぁ! ルナ姉! アヤメ姉! テッドぉ! 助けてです!」
ヒナリアの頭へ徐々に手のひらを向けながら、あたしはクレインたちに耳を傾ける。
「あはは……」
「あ、あの、大丈夫ですか? えっとその、あたしは、テッドといいます。よろしくお願いします」
「……ああ、はい。クレインです。えっと、テッドさんは――」
「テッド様は大地神様で、魔物を司る女神様ですぜい。あっしにギフトと加護を届けに来てくれたみたいで、今からミーシャ様と一緒に内容を確認しに行くところだったですぜい」
「……ああ、女神、さま」
顔を引きつらせるクレインに、ルナが飛び出した。
「く、クレインさん! あ、あの子が特殊なだけです。だ、だからその、女神を愛することを諦めないでください! テッドはヒナリアとは比べ物にならないくらい良い子ですから」
「……おいどうすんのよ。クレインが女神恐怖症に陥ってんじゃないの」
あたしはフォーチェンギフトを止め、信仰と殺気で固めて黒くした腕で、ヒナリアの頭を掴んで握る。
「ぴよぉぉぉっ!」
すると、あたふたと困り顔を浮かべていたテッドが、クレインとタクトの手を握った。
「あ、あの! あたしはその、ルナ様やアヤメ様、ヒナ様と違ってもう真っ当な女神ではないです。だからその、テッド様、なんて仰々しくなくていいというか、その――ちょっと女神と同じような力が使えるだけの、ただの、その、女の子というか、その……タクトくんもクレインくんも、て、テッドと呼んで!」
しどろもどろに言いたいことを伝えたテッドが、2人を控えめな顔で見上げ、懇願するような涙を携えた瞳で、大地神が言い放った。
「……」
「……」
タクトとクレインが2人揃って顔を見合わせる。
まあいきなり女神にそう言われても困惑するでしょう。
でも、あの必死な感じ、確かに末っ子ね。
あたしが小さく微笑んでいると、テッドがクレインの手を軽く引っ張り口を開いた。
「あ、あの、クレインくん、昨日の戦い、あたしも友だちと一緒に見てた。勇者の剣、実はグエングリッターでは勇者が少なくて、あまりなじみがなかったんだけれど、すっごく、輝いていた。あたしの友だちはその人に星を見るんだけれど、極星に負けないほどの強い星だって言ってたよ」
そしてテッドはすぐにタクトの手も引いた。
「タクトくんも、あの、リョカさんとの戦い、すごかった。何者にも劣らない前へと進む意思、誰にも染められない気高い覚悟――2人とも、本当に格好良かったよ。だからその、え~っと、う~~」
テッドが泣きそうな顔で、チラとアヤメとルナに助けを乞うような目を向けた。
きっと女神らしいことを言いたかったのだろう。そうして改めてクレインに女神とはどんなものかを教えたかった。あの子は本当に良い女神だと思う。
「あ~つまりだ、女神はちゃんと人のことを見ているから、あまり嫌わないでくれってテッドは言いたいみたいだぜ?」
頷くテッドに、タクトとクレインが小さく噴き出し、2人揃ってテッドを撫でた。
「良い子ですぜい」
「ね~。タクト、しっかり力になってあげるんだよ」
「当然ですぜい」
照れた顔で撫でられるテッドに、あたしもアヤメも、ルナも微笑んでいると、さっきからあたしに頭を潰されそうになっている害鳥が体を震わせていた。
「ぴよっ! テッドに旦那様NTRれた――」
「ふんっ!」
「ビヨッ!」
ヒナリアの頭を完全に地面に埋め込み、その喧しい口を塞ぐと、あたしはタクトとクレイン、そしてテッドの背中を押してその場から少し移動するのだった。




