魔王ちゃんと終わりを迎えるダンジョン攻略
「……」
「……」
「なあ魔王と聖女、俺たちに何か言うことあるんじゃねぇか?」
「本当に、申し訳なかった」
勝者が決まり、僕たちはロイさんクマに連れられてダンジョンから外に出て、溢れんばかりの称賛を観戦している人たちから受けていたのだけれど、僕とミーシャの肩を顔をひきつらせたガイルが掴んできた。
「まあそう言うなガイル、エレノーラとジンギの存在を完全に忘れていた俺たちにも問題はある。それはそれとして、お前たち3人の存在感が大きいのもあるがな」
ミーシャに頬をこねられながら、その聖女の両手を小さなお手手で握りながら上機嫌に笑っているエレノーラを見て、僕たちは微笑む。
「やるじゃないエレ、あれは狙った機会だったのかしら?」
「う~んぅ? えっとね、リョカお姉ちゃんとミーシャお姉ちゃんの緯線が切れる機会は窺っていたよ!」
「それにしたってお前、よくあの戦闘の中入り込もうと思ったな? 結構危ない戦場だったぜ?」
「うん、でもリョカお姉ちゃんとミーシャお姉ちゃんは、エレがくっ付けば絶対に好きになってくれるってわかってたし、あとは大丈夫かなって」
「……的確に弱点をついてきたな。さすがと言うかなんというか、父親譲りの戦略家だ」
ガイルとテッカに頭を撫でられ、エレノーラは満足そうだ。
しかし勇者とその剣が彼女を撫でながらジトッとした視線をジンギくんに向けた。
「で、お前はなにしてたんだ?」
「――」
ジンギくんがみんなの視線から顔を逸らし、両手を自分の頭に添えながら口笛を吹いており、自分はただのラッキーボーイ。みたいな顔をしているけれど、実際は違うだろう。
多分エレノーラとジンギくんのペアは戦闘回数が極端に少なかったのではないだろうか。
それといくら戦闘中とはいえ、この子たちの気配に気が付けないほど僕たちも腑抜けてはいない。エレノーラは気配を消す技術もあまりなく、戦闘域に入り込んだのなら確実にわかる。
つまり、察知ギリギリに行動を促した人がいる。
それがジンギくんなのだろう。
やはりあの危機察知能力、侮れない。
僕が最終的なジンギくんの評価を結論付けると、今回の戦いでやはり僕とミーシャと肩を並べているのがはっきりとしたメガネロリな令嬢が物静かなことに気が付き、僕は首を傾げて彼女に目をやる。
「……」
ソフィアの視線の先を追った時、僕は静かに「oh」と声を上げてしまった。
異界を開く知識の演出家はただただ微笑んでいるだけなのだが、彼女の目にはベッドで寝息を立てるクレインくんと、その彼を看病していたのか、椅子に座ったままクレインくんのベッドに頭を乗せて寝ているセルネくんと、見たこともない羽付きの美少女が彼に抱き着いて寝ている光景。
いやあれ女神様か?
僕が首を傾げていると、ランファちゃんが隣にやってきた。
「まさかジンギが勝者になるとは思いませんでしたわ」
「あの子は大きい体つきなのに、生き方が完全に草食動物のそれだからなぁ。でもそこが強い。エレノーラと出会えたのもきっと彼の持つ何かの影響だろうね」
「……そうですわね、ジンギはどうやっても生き残れるのでしょう」
含みのあるランファちゃん、そのどこか寂しそうな横顔を見ていたら僕は彼女の頭を撫でずにはいられず、そのままポンポンと手を跳ねさせる。
「なんですの?」
「大丈夫だよ。今はどうあれ、僕とミーシャがいる。どんなことがあっても守ってみせるよ」
「――」
頬を膨らませて顔を赤らめるランファちゃんが可愛らしく、ちょっとどうにかなりそうだけれど、頭を撫でるだけで留めておく。
するとランファちゃんの隣でリスみたいに頬を膨らませていたカナデが僕の正面に来てそのまま飛びついてきた。
「リョカぁ、あたし何も活躍できなかった~」
「ミーシャと組んだのが運の尽きだったね。それとソフィア相手に今のカナデたちじゃ分が悪い」
「あれなんなの~? 一切反応できなかった」
「そういえばリョカさんはソフィアのあのスキルを、他人の知識を召喚させると話していましたわね」
「そのまんまの意味だよ。ソフィアの言葉で、あの子の後ろにあった縛られたミルドクマ……ぬいぐるみを見て深層心理の奥底で自分が縛られる想像をしたでしょ? あの子のスキルはそれを実現するものさね。そうですよネテルネちゃん?」
「……本当に厄介な魔王様ですね。このギフト――『知識で紡ぐ物語』は数百年ほど使い手のいなかったギフトで、その存在も近年では知る者すらいないというのに」
「ちょっとソフィアを甘やかし過ぎでは?」
「これでも足りないほどですよ。まあ、加護は使えなかったようですが、あの子もまだまだあなた方には追いつけないみたいですね」
ランファちゃんがドン引きしている横で、テルネちゃんがため息をつくと、ドヤ顔胸張り月神様が叡智神様を鼻で笑う。
「……ルナ、テルネへの行動1つ1つがお前の格を下げているのをいい加減自覚しろな?」
「普段の行ないで圧倒的プラスなので問題ないです。それよりリョカさん、今回もばっちり可愛く胸アツバトルでした!」
誰だ妙な言葉ルナちゃんに教えた奴は。可愛い良いぞもっとやれ。
「リョカお前途中で飽きてたろ?」
「なんのことですかにゃぁ」
「ああやって油断してエレノーラに近づくから負けたんだろうが。ちょっと考えればロイがあのくらいの戦闘からでもカナデとランファを救出するのがわけないことはわかるでしょうに」
「本当に返す言葉もありませぬぅ。でも実際エレノーラのあれは厄介だよ。僕なんて常にエレノーラ大好きなのに、あんなのくらって抵抗できるわけない」
「……お前本当に明確にある弱点には弱いわよね」
「可愛いに勝てる人類がいるものか、いやない!」
「ああそうかよ」
呆れるアヤメちゃんの喉を撫で、ルナちゃんを抱き上げて体をゆすっていると、クオンさんがミーシャの手を引きやってきて、こちらも見事なドヤ顔を浮かべていた。
「いやなにうちの聖女を引き抜こうとしてんのよ」
「いやだって竜だし!」
「竜じゃねぇ。竜と認めるケダモノだ」
ちょっと意味わからないこと言いだしたぞこの女神2柱。
僕が腕の中のルナちゃんに目を向けると、コソっとミーシャの状況を教えてくれた。
「え? あれ加護じゃないんですか」
「世界に竜と認めさせた……んですけれど、ミーシャさんが竜の気配を纏ったのはあの脚から出てきた生命力を口にした時だけですね」
「だそうだよミーシャ?」
「知らないわよ。あたしはただ、頭にずっとクオンから貰った何かが鬱陶しかったから、それを脚にやって蹴っただけよ」
「……そっかぁ」
一応ミーシャのことについて考えるのだけれど、ふと疑問が湧いて出てきて再度ルナちゃんに尋ねる。
「あの、今の話だとミーシャってその竜になる権利放棄していませんか?」
「え? あ~……確かにそうですね」
「えっ!」
僕たちの会話が聞こえてきたのか、アヤメちゃんとがうがうしていたクオンさんが振り返ってきた。
「いえ、だってミーシャ、その竜と世界に認めさせるその力を自分の蹴りを通して管理権限が発動しているわけですよね? つまり竜になっていない」
「……」
呆けた顔を浮かべていたクオンさんがそっと手をかざしてミーシャに近づこうとした。
「させっかよ!」
「離してアヤメ、ミーシャちゃんには竜になってもらって信仰を集めるんだ!」
「それは聖女の仕事だ! ミーシャにやらせんな!」
「竜で聖女になりたがる奴なんていないんだよ! いたとしてもゴリゴリのマッチョのおっさんか、ゴリゴリのマッチョなおばさんだけなんだよ!」
「繁殖活動を怠ったお前たちの落ち度だろうが!」
「唯一の希望のあのバカもまったく貢献しなかったんだもん! もう外部に聖女を作るしか方法はないんだよ! ついでにミーシャちゃんが竜に嫁いでくれれば最高!」
「させるわけねぇだろうがよ!」
どうにも醜い信仰争いが起きており、僕はそっと目を逸らしてルナちゃんを連れてその場を離れる。
「女神が騒がしくてごめんなさい」
「いえいえ、賑やかでいいですよ~。それとその女神様会話のついでに、あのクレインくんと一緒にいる……」
「ああ、ヒナリアですね。少し変わった女神で……その」
ルナちゃんにしては歯切れが悪く、どうにも苦笑いを浮かべている。
そして彼女は僕の頭に手を添え「見せた方が早いですね」と、僕たちが関わっていなかった景色を共有してくれた。
そしてそれを視て、僕は頭を抱えた。
「ソフィアの機嫌が悪かった原因はそれかぁ」
「はい、本当に申し訳ないです」
「まあ自覚もないみたいだし、これからも見守っていきたいけれど、随分とデカい爆弾が投下されましたね」
「あの子、多分前々からクレインさんに目を付けていたのだと思われます。それで今回は丁度いい機会だと降りてきてしまったのでしょう」
「でもあれですよ。ソフィアもだけれど、ヒナリア様も多分共通の敵を得られるから大丈夫ですよ」
「共通の敵、ですか?」
僕がクレインくんたちに目を向けると、ちょうどのそっとセルネくんが起き、同時にクレインくんがもぞもぞと動き出した。
「ん……」
「おはようクレイン。あんだけ怪我したんだし、もうちょっと寝たら? 寮には俺が運ぶよ」
「ん~……じゃあ甘えさせてもらうおうかな。ありがとうセルネ」
「んぃ」
クレインくんと最も近い場所で、甘い顔で微笑むセルネくんに、その剣も微笑みを返し、改めて寝息を立て始めた。
抱き着いているヒナリア様が体を震わせて絶句しており、傍で見ていたソフィアの微笑みもどうしてかさらに鋭くなった。
「あら~」
「まっ! 僕ああいうの嫌いじゃないけれどね!」
「そうですね、微笑ましいというかなんというか、言葉には出来ないこの、何でしょうこの感情は?」
「怖がらなくてもいいんですよ。その気持ちを持ってこれからも一緒に見守っていきましょうね」
「はい」
「おいルナを腐らせんじゃねぇ! ろくなこと教えねぇなこの魔王!」
アヤメちゃんから目を逸らし、僕は月神様を沼に引きずり込みつつ、彼女をキュッと抱き締める。
「ああそうだリョカさん、一般生徒さんの方もそろそろ終わりそうですよ」
「おっ、それならちょっと仰々しく優秀な生徒さんたちに武具を与えますかね」
「良いですね、きっと自信になりますよ」
そう言うルナちゃんに倣い僕も笑みを浮かべ、このダンジョンを攻略した子たちを出迎えるのだった。




