聖女ちゃんと脚本家の眼鏡ちゃん
「ん?」
あたしは振るおうとしていた拳をテッカの顔面ギリギリで止め、突然流れてきたその圧に怪訝な顔を浮かべる。
テッカも同じなのか、あたしの拳を振り払おうとしていた腕を下げ、同じ方向を向いた。
「これは……また厄介な。たたでさえこの馬鹿で手いっぱいだと言うのに」
「あんたがやりにくいのが悪いでしょう。もっと顔面をあたしに差し出しなさい」
「首が吹き飛ぶわ。いつからお前は竜になった」
「さっき」
「……そうか」
テッカが心底いやそうな顔でため息をついた。
そんな顔をされるような生き方はしていないはずだけれど、一体この男はあたしをなんだと思っているのか。
まあそれに関しては今は保留として、あたしは小さな歩幅で歩んできたその影に意識を向ける。
「ゲェ! ソフィアぁ」
「……カナデちゃん、友達に対する反応じゃないよぅ」
「というか、何か怒っていませんか?」
カナデとランファも手を止め、ソフィアに目を向けるのだけれど、確かにどうしてだか彼女の機嫌があまりよろしくないのが圧からでもわかる。
しかし当のソフィアは首を傾げており、どうにも自分の感情を理解出来ていないようだった。
「え、えっと、ランファさん、私は別に怒ってはいませんよ。ただどうしてだか、こう、モヤっとするというか、なんというか……なんなのでしょうね?」
たははと力なく笑うソフィアだったのだが、その表情とは裏腹に、あの子の戦闘圧はいつもより殺意マシマシだ。
「……ソフィア、さっきのクレインの戦いを見ていましたの?」
「――ええ、はい」
ニコと笑みをこぼしたソフィアだったけれど、カナデとプリマ、ランファが肩を跳ね上げるほど濃い殺気を撒き散らした。
テッカが引き攣った顔で頭を抱え、あたしに耳打ちしてきた。
「おい、さっきクレインの傍にいたのは」
「女神よ。ギフトと加護、いっぺんに渡していたみたいよ」
「また変な女神様が」
「また?」
テッカが顔を逸らして咳払いを1つ。
事実変なのしかいないのだから取り繕わなくてもいいのだけれど。
あたしはソフィアに目を向け、拳を構えるのだけれどふと違和感を覚える。
何か妙な感覚がある。
このリョカの世界、そこにいるはずなのにどうにも別の思惑が絡んでいるような、そんな些細な違和感。
「……皆さんが戦っている間、幾つかの物語は紡いだので、あとは読み上げるだけ。なのですけれど、さすがはミーシャさんですね」
「――っ!」
あたしは驚き、すぐに拳を自身の周囲の空間に放つ。
世界を割り、この違和感をすぐに脱却しようと拳を振るう。
細かい加減などできない故に、テッカの世界も壊してしまったけれど、カナデとランファは離れていた影響でどうにも出来ない。
「へ?」
ランファが声を上げ、ハッとしたカナデが手を上げた。
「あのソフィア、あたし今日ミーシャと組んでいたから何も活躍してない!」
「そうですか――彼の者はその手足を縛られ、決意を果たせぬまま闇へと沈むだろう」
いつの間にかソフィアの手には開かれた本があり、その一説を指でなぞって読み始めた。
その瞬間、カナデとランファの背後が霞んで歪む。
「『名もなき通りすがり劇』」
スキルの発動、それは確かに確認した。
けれど次にカナデとランファに目を向けた時には2人はすでに手足を拘束され、地へと倒れていた。
「むぅぅぅぅう~」
「わぁカナデちゃ~ん!」
あたしとテッカは互いに顔を見合わせて、そのまま駆け出した。
ソフィアのあのスキルは多分、リョカと同じ世界に干渉するスキルだ。
ただあたしの幼馴染のように世界を即興で創り出すなんてことは出来ないはずだから、確実に世界を形成するための何かがあるはず。
テッカも同じ結論に至ったのか、あたしと同じようにあちこちの空間に全力で攻撃を繰り出す。
「……やはり一筋縄ではいきませんか。ロイさん、カナデさんとランファさんは動けないので、回収をお願いします」
ため息をついたソフィアが空に手をかざし、決意の籠った瞳を浮かべて口を開いた。
「六門の弐、四、数ある同胞よ、その腕を伸ばし、苦痛と飢えを満たせ」
ソフィアの周囲には溢れんばかりの畜生ども、さらにはヒト型の気持ち悪い巨大な物体。
あれは確か精神汚染、厄介だと顔を歪めると、テッカが大きく息を吸ったのが見えた。
あれはアヤメの加護かしら。
テッカったら一体いつの間にあの子の加護を使いこなせるようになったのか。
「二度は効かん! あの時に俺を殺せなかったことを後悔しろ!」
アヤメの加護によって……そう、確かアドレナリンとかってリョカが言っていたわね、それで精神汚染を弾く。と――あたしも。
戦闘圧を溢れさせ、頭から何かよくわからない成分を出すようにとりあえず脅しながら命令してみる。
リョカが頭の中から発生するものと話していたし、多分これで何とかなるでしょう。
加護らしきものは出ていないけれど、多分なんとかなっているでしょう。
現にソフィアが出したヒト型が叫んでもちょっと頭が痛い程度だし、これで対策は完璧ね。
「……」
テッカが何かえも言わぬ顔であたしを見ながら畜生どもを切り裂いているけれど、そんなに同じことをしたあたしが気に入らないのかしら? 相変わらず心の狭い男だ。
「テッカさんは加護、ミーシャさんは……何故防がれているのでしょうかね」
「知らん! あいつは阿呆なんだ、考えるだけ無駄だぞ」
「それはそうなのですが、考えることを止めてしまってはテルネ様に示しがつきませんし、何より私の楽しみも減ってしまうのですよ」
「女神様に傾倒している奴はこれだから面倒なんだ。ミーシャは少しは見習え」
どうしてあたしが責められなければならないのか、そのままため息をつき、テッカとソフィア、それとこちらを窺っている2人に意識を向けながらあたしは戦いを再開するのだった。




