輪廻の魔王さんとある信者の不穏な未来
「アヤメ、あなた……」
「――」
呆れた声のテルネ様が、ジトっとした目つきでアヤメ様に何か言いたげに頭を抱えた。
しかし神獣様は首をブンブン横に振ると、口をパクパクさせながらクオン様を指差した。
「いやぁ僕はさ、ミーシャちゃんにもっと竜のことを知ってもらおうとあれをあげたつもりだったんだけれど、あんな使い方をしちゃうかぁ」
そんなことを呟いたクオン様に、私は首を傾げる。
女神さますら想定していなかったのだろうか。
そもそもあれは一体どんな加護なのか、私はつい気になってしまい、ジッとクオン様を見る。
「ん~? あああれのこと気になる?」
「ええ、差支えがなければぜひ聞かせていただきたいです」
「僕がミーシャちゃんに渡したのは加護でも何でもなく、所謂竜としての証明書みたいなものでね」
「証明書?」
「うん、さっきドラゴニュートの話はしたよね。そこであのギフト持ちは竜として認識されるって話をしたでしょ? それをギフトを通さずに竜として世界に認めさせただけなの」
「それは一体、どのような意味が?」
「竜の世界に何の制限もなくはいれるし、竜と出会っても襲われなくなるよ」
「……なぜあんなことに?」
今の話が事実なら、ミーシャさんはその証明書だけで竜に近い力を発揮しているということだが、その国の入場券を持っているだけで国の住人にはなれないように、竜でもない彼女が竜だと証明されただけで何故あそこまで竜のような力を発揮できるのか、私にはそれが理解出来なかった。
「いや~、僕もびっくりしちゃったんだけれど、何を勘違いしたのかミーシャちゃんは、竜の証明書を得たんじゃなくて、竜を証明する権利を得たみたいなんだよね。びっくりだよね、まさか僕の神核と合わさって管理権限を模倣するなんて思わないじゃない。私の蹴りは竜! 阿呆の発想だよね、あはは」
「あははじゃねぇ! お前はミーシャになんて権限与えてんだ! じゃあなんだ? これからはあの聖女の攻撃が全部竜になるかもしれねぇってことか? バカヤロウ!」
「そんなに怒らないでよ、僕だって驚いてるんだから」
「クレインじゃなかったら死んでたぞ!」
申し訳なさそうにシュンと顔を伏せるクオン様のカップにお茶を注ぎ、私は改めて植物のベッドで寝息を立てているクレインくんに目をやった。
「相手がミーシャさんでなければ、この負けはなかったかもしれませんね」
「でもミーシャちゃんだから彼も覚醒したともいえるけれどね。あたしは彼のことをよく知らないけれど、最近の勇者の剣は随分強いんだねぇ」
ラムダ様の言葉に、セルネくんが照れたようにはにかみ、ベッドの縁に座りながらポンポンとクレインくんの頭を撫でた。
「セルネもよく耐えたわね。けれどミーシャに甘過ぎよ、調子乗ったおかげであんなことになっちゃったじゃない」
「いや~、あれでも一応聖女ですし、俺は一応、あんなことになる前の入学したてのミーシャも知っていますから」
「本当に損な勇者ね、まあ勇者としては正しいわ。でもあんたを選んだ女神がルナなのはもったいないわね」
「む、わたくしだってちゃんとセルネさんの力を引き出せますよ。そりゃあ特異な聖剣を使っているのでどうしたらいいのか悩んでいますが、真面目に考えているのですよ」
セルネくんがルナ様にお礼を言うと、改めて彼がクレインくんの顔を覗いていた。
「あの、ところでクレインにギフトを与えたあの方は――」
「わ~ん! ダンナさまが負けちゃったです! 下剋上がぁ!」
私のクマに抱えられ、有翼の可憐な少女がやってきた。
そして彼女――ヒナリア様という名前らしい女神様が私のクマから飛び出すと、そのままベッドで眠っているクレインくんに飛びつき、彼の頭を胸に抱いた。
「……おいヒナ、お前それ以外にも俺とルナに言わなければならないことがあるんじゃないの?」
「久しぶりですねヒナリア、相変わらず元気いっぱいですね」
「アヤメ姉、ルナ姉、久しぶりです。でも次こそはそこから引きずり降ろしてヒナが天下を取ってみせるですからね! 革命の時は近い! です!」
「相変わらずピーチクパーチク五月蠅い子ね。それより現実を見なさいよ、俺にはミーシャ、ルナにはリョカがいるわよ。そもそもお前国も持ってねぇし、いつまで経っても信者を集めないせいで知名度テッドよりないじゃないの」
私は少し思案し、ヒナリア様と言う女神様について情報を頭から引き出そうとするが、一切聞き覚えがなく、ラムダ様に目を向ける。
「あ~ヒナリアはちょっと変わった女神でね、あの子の言動からわかるように革命と覚醒を司る女神、有翼の女神、神鳥、そんな名前も女神間でしか知られておらず、ほとんど人と交流してこなかった女神なんだよ」
「それに厄介なことに、信者を集めることを大分歪んだ思想でとらえており、正直私たちでも手に余る女神でした。面倒臭さで言えばランドの次ですね」
「厄介、ですか。しかしクレインくんを見る限り、とても強力なギフトを与えてくださる女神様なのでは?」
「うん、そうだね。確かにギフトは強力だよ。でもロイくん、あたしは正直、あのクレインくんって子がよく生きていられるなって感心しているところなんだよ」
「と、言いますと?」
「ヒナリアのギフトのすべては生命力を消費するものばかりです。並の人間では一度の強化でほとんどの生命力を持って行かれます」
「でもそうならなかったのは、健康優良児として徹底的に健康管理を怠らなかったからだと思うよ」
「リョカさんの助言のおかげで、クレインは生命力で言えばずば抜けて多いですからね。まさにヒナリアのための信者ともいえます」
なるほどと納得していると、そのヒナリア様がクレインくんを相変わらず抱きしめたまま、テルネ様を指差した。
「テル姉、その通りです! だからこそクレインさんはヒナの唯一無二のダンナさまなのです!」
「……あの、ラムダ様、テルネ様、まさかあの方にとって信者とは」
ラムダ様が苦笑いを浮かべ、テルネ様が頭を抱えた。
するとクレインくんにくっ付いているヒナリア様の頭をアヤメ様が思い切りはたいた。
「人の世界を婚活会場かなんかだと勘違いしている大馬鹿女神よ」
その言葉に、私もつい頭を抱えてしまう。
「ロイくんは真面目な神官だからね、まさか向こう側からそんな感情を持たれるなんて想像すらしたことないでしょう」
「……ええ、ですがクレインくんにはソフィア嬢が」
「そうですよヒナリア、クレインさんには想い人がいます。それを邪魔して人に関わるなど、女神としてあってはいけない――」
「知らん!」
満面の笑顔である。
流石のルナ様もその額に青筋を浮かべている。
話を聞いていたセルネくんもオルタくんもタクトくんも、口を開けたまま呆然としており、最終的にはクレインくんを不憫なものを見るような目で見始めた。
この手の話はこじれる故に見守ろうと決意すると、ふと私の肌がピリピリとした感覚に襲われる。
なんだと違和感に意識を向けるのだが、それは明確な圧を以ってクレインくんが破った世界の穴から流れ込んできた。
「――っ!」
私は驚きラムダ様含めた女神さまたちやアルマリアを守るように腕を広げたのだが、全員その圧に気が付いたのか画面に目をやった。
そして頭を抱えたルナ様が画面を1つ出し、そこに映っている少女に私も顔を引きつらせざるを得なかった。
先ほどまでクレインくんがいた森林区域、ミーシャさんたちが戦っているすぐ傍で、ソフィアさんがまっさらな顔で微笑んでいた。
「あらソフィア、いつの間にあんなところに」
「……クレインさんの戦いを途中から見ていたようですよ。ヒナリアが現れてから」
アヤメ様とセルネくん、オルタくんとタクトくん、アルマリアやマナ嬢、観戦している生徒や冒険者の一部、そのすべてが頭を抱え、一斉にクレインくんを可哀そうなものを見る目で見つめ始めた。
一体今のソフィアさんがどのような影響をもたらすのか予想もつかない。
正直、このような空気感、リョカさんがいたらどれほど心強かったかと再認識しつつ、私も観戦に戻るのだった。




