学園の勇者の剣くん、その羽ばたきを待つ
クソ、俺は一体何をしているんだ。
みんなに流されるままにミーシャ様に拳を振るい、弾かれ、殴られ……そんなことをしながらも、俺の心は正反対に冷めていく。
あれはセルネが選択したことだ、セルネにミーシャ様は倒せない。
実力的なことではなく、あいつが選んだ誓いだ。
それはわかっている、でも――俺は半人前だけれど勇者の剣だ。
初めて出会った時とは随分と様変わりした学園の勇者、最初はリョカ様の敵であった。
でも今は誰よりも約束を違えない勇者になろうとしている。
俺はそれを近くで見てきた。だからこそ、最近ではあの聖剣の意味を、勇者としてのセルネ=ルーデルを支えたいと思えた。思ってしまった。
剣になりたいと。
だけれど、実際に俺がやったことはなんだ? ランファ嬢のアストラルフェイトを受けたセルネを守ることも叶わなかった。
あの時セルネを守ったのは、あいつを認めたのは……。
「『発破・天凱、六光絶技・腕力強化』」
「……」
振るった拳は真正面からミーシャ様の脚に止められてしまう。
どうあっても届かない。
俺は歯を噛みしめて鳴らすのだが、正面の聖女様が俺を見つめる。
「あの一発じゃ足りなかったみたいね」
「え――」
ミーシャ様がずっとポケットに入れていた手を外に出し、握り拳を作り俺の顔面に叩きこんできた。
なんのスキルもなく、信仰もない。ただの拳。
吹っ飛んだあと、地面に座り込んだ俺が首を傾げていると、ミーシャ様が誰よりも厳しい顔を浮かべていた。
「クレイン、あたし言ったわよね?」
「……」
ミーシャ様に殴られた顔を撫でる。
いつか聞いた聖女様の言葉を思い出した。
ミーシャ様は俺に目を向けながらも、テッカ師やカナデ嬢とランファ嬢の攻撃をさばいており、圧倒的な力の差を見せられ、手で大地を掻き、砂を握りしめる。
実力がないことが、ここまで悔しいだなんて知らなかった。
涙を降り切って、俺は顔を上げる。
眼前の最も強い聖女を睨みつけ、脚に力を込める。
「『五久門・脚力強化!』」
大地を思い切り蹴り付け、全力で駆け出す。
届かないことなど承知している。勝てることを考えられるほどおこがましくもない。
でも、足掻いていたい。どれだけ高い空でも、それでも届かせたい、それでも、羽ばたくことを諦めたくない。
「……そう、あんたもセルネも、本当に不器用ね」
フッと息を吐いたミーシャ様だったけれど、すぐに戦闘圧を増幅させ、この俺に、備えてくれた。
「『六光絶技・腕力強化』」
大地に思い切り拳を叩きつけ、衝撃と土を巻き上げてテッカ師やカナデ嬢、ランファ嬢を吹き飛ばす。
その中心で、ミーシャ様が嗤っている。
「良い度胸しているじゃない。けれど、あたしあんたが納得するまで付き合うほど優しくはないわよ」
わかっている、これは俺の我が儘だ。
力がないことを自覚して、どうしたらいいかもわからずに、目の前の強敵に八つ当たりしているしているだけだ。
でも――。
「五久門・脚力きょうか――」
「竜爪」
「がっ!」
足を踏み抜いたミーシャ様が見えた瞬間、俺の体に突き刺さる竜の爪、歯を食いしばり体に力を込めて生えてきた爪を腕を振るってへし折る。
「腕力強化!」
すでにミーシャ様は間合いの中、俺は強化された腕を振るう。
その顔に拳を届かせる。
「ぬるい!」
俺の放った腕は聖女様のその細く美しい脚に払われて、胴体ががら空きになる。
「――っ!」
「竜尾――」
ミーシャ様が足をスッと動かして、あの尾っぽを俺に振ろうとした。
けれどさせない。
俺は口に手に潜ませていた改良型の錠剤――それを口に放り込み、思い切りかみ砕く。
「『四翠・感覚強化!』」
「あんたそれ」
頭から血が噴き出す。
それでも俺はミーシャ様を見据えて、極僅かな隙――そこに、懐に入り込んだ俺はミーシャ様のお腹に両手を添える。
「六光絶技――」
「まだ甘い!」
足を高く上げたミーシャ様がそのまま大地に振り下ろした。
「『竜牙』」
攻撃に移る直前、頭上からの衝撃に俺は地面に叩きつけられた。
ここまでしてまだ……。
「まだ――」
「『自己犠牲の寵愛・覇龍』」
叩きつけられて大地に弾んだ俺は体勢を立て直そうとしたのだけれど、ミーシャ様の脚が輝く。
あれは、生命力の光。
薄く嗤うミーシャ様の脚がゆっくりと見える。
そのゆっくりとした視界の中で、俺目掛けて足が近づいてくる。
生命力の光は徐々に形を変え、この間初めて見た圧倒的な存在であった竜よりも、何よりも恐ろしく。そして力強い。
ああ、これが――。
あまりにも美しいその偽物の竜に涙を流しているのか、それとも……どうやっても届かない力の差に涙を流しているのか。
フッと笑みをこぼしてしまう。
ここまでくるといっそ清々しい。
「……」
嘘だ。悔しくてたまらない。
もっと、もっと――どこまでも高く。飛びたかった。
体にぶつかる衝撃、竜を模倣した生命力はただの力となって俺の体を貫こうと襲い掛かってくる。
ふわりと体が浮き上がる感覚、痛みなどすでに感じない。
テッカ師が切羽詰まった顔で俺を追いかけようとしてくれている。
背後ではロイさんクマが受け止めようとしてくれている。
圧倒的な衝撃の前で、俺は手も足も出ない。
頭とは正反対に、体はいつまでも反抗を続ける。足掻く。
でも、俺の心は、もう――。
嫌だ。ここで止まりたくない。折りたくない。
「俺はやっと、自分のやるべきことを――」
零れそうになる涙が、ついに決壊する。
流した涙が頬を伝う。
ああ、負けてしまう。
でも、でも――。
それでも、俺は勇者の隣で、セルネの隣で、いつまでも、いつまでも――。
「足掻いていたいから!」
世界がいつもの速度で歩みだす。
吹き飛ぶ感覚に、俺は足掻いて地面に思い切り拳を叩きつけ、これ以上吹き飛ばないようにした。
それでも勢いは殺しきれずに、大地を抉って木々を倒していく。
痛い、体中が痛い。
まだ、まだ――。
「あはっ!」
「――?」
知らない声が俺の真上から聞こえた。
なんだと声の方に目を向けると、そこには見たこともない女の子がおり、俺に朱の差した顔を向けてきている。
「む――」
吹き飛んでいる最中にも関わらず、その少女の唇が俺の口をふさいだ。
「ぷはっ」
「あ、え?」
その女の子と一緒に大地を滑り、俺は驚き無理矢理勢いを止めた。
そして女の子は幼く笑い、がばっと体を起こすとミーシャ様を指差した。
「革命の時来たり! 下剋上です!」
「……この感じ、女神?」
翼をなびかせて、その女の子は勝気に笑ってみせるのだった。




