聖女ちゃんと偽物の竜
「ランファ、随分な威力であたしを攻撃しようとしたじゃない?」
「……これでも足りないくらいだと思っていましたわよ。まさかセルネが前に出てくるとは思ってもみませんでしたけれど」
「あの子はそう言う子よ、聖女を守れる勇者だわ」
「あなたに守りは必要ないのではなくて?」
「逆よ、ああやって守ってくれる子がいるから自分を守る必要がないの」
あたしは獣拳を解き、行儀が悪いが最近は動きやすいという理由から改造した制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、一歩、一歩と歩みを進ませる。
「ランファ、クレイン、避けなさいよ」
「へ――」
「――っ!」
「『付蹴・竜爪』」
あたしは思い切り足を蹴り上げた。
まだ2人の間合いには届かず、あたしの足も届かない。
けれど届かないからこそ付け加えた。
あたしの脚に、あたしの蹴りに、竜の信仰――。
「ランファ嬢!」
クレインが飛び出して来て、その腕に、体に、ありったけのスキルを込めた。
でもあたしが放った蹴りは、大地から竜の爪を生やすように、あたしの蹴りの衝撃を信仰と掛け合わせて竜そのものの爪へと変える。
戦闘圧と信仰で出来た形のない衝撃が、本物であると世界に錯覚させるように、眼前の敵を切り裂いた。
あたしの蹴りを真正面から受けたクレインが、腕と体から血を噴き出し、そのまま吹き飛んでいく。
「え? は――」
あたしがもう一歩と進むと、あたしの死角ギリギリに短刀を構えたテッカが高速移動によって現れた。
「如月流我流壱式・風飛沫――」
あたしはスッと足を横にずらし、信仰を集めて放出する。
「『竜麟』」
テッカの刃が、足を動かした衝撃で発生した竜の鱗に弾かれた。
「な――ッ!」
「『竜尾』」
クルと反時計回りに腰を回し、信仰を尻尾に変えてテッカの側面を打ち抜くと、そのまま木々をへし折りながらテッカが吹っ飛んでいった。
呆然としているカナデとランファにあたしは嗤いかけ、竜の戦闘圧を叩きつける。
「カナデ、あんたたちは良いわね、まさに人間の戦い方よ。あたしが知らなければならない戦い、あたしが蹂躙しないといけない戦い――あたしが届かなければいけない戦い」
うずうずとした瞳で、あたしに目を向ける殺し屋一族の精霊使い。
だからこそ、あたしは良いと言う。
「リョカの定めた決め事なんて知ったこっちゃないわ。あんたも、あたしと殺し合いたいでしょう?」
カナデが弾けたように顔を咲かせ、瞬時にあたしの側面に移動してきて両手に短剣を構えた。
「表不知火――」
「ってカナデちゃん! もうミーシャに乗せられて!」
カナデの動きに合わせるように、もう片側にランファが聖剣を構えて現れた。
「『爆砕恋華――打神楽』」
「『我らの内に眠る星の瞬』」
カナデとランファがスキルを使用する。
けれどあたしは大きく息を吸い、そのまま思い切り足を踏み抜く。
「『付蹴・咆哮』」
地を踏み抜いた音が、衝撃が、竜の咆哮へと変わる。
周囲の空気も風も弾けて失せて、世界すら揺るがす咆哮に、カナデとランファが怯んだ。
あたしはすぐに脚を動かして尻尾を出し、そのまま2人を吹き飛ばした。
「立ちなさい、聖女に挑む人間。あんたたちの技術も、意思も、尊厳も、何もかも粉々にしてあげるから覚悟して掛かってきなさい」
あたしの言葉にのそのそと立ち上がる4人。
そんなあの子たちに、あたしは今持ちうるすべての意思を、決意を、殺意を、尊厳を、闘争心を、誇りを乗せて嗤う。
「せいぜい、無様を晒さないようになさい。一瞬で喰らい尽くすわよ」
強い瞳を携える人間たちを前に、あたしはただ、これ以上の嗤いを堪えるのだった。




