魔王ちゃんと悪夢の歌
しかし、まさか命の鐘の魔王オーラ――以前アルフォースさんを感知するために使った加護付きの魔王オーラをもっと魂に作用する効果として創り出したスキルだけれど、それが弾かれるとは思ってもいなかった。
もちろん精神に作用するものだから、ある程度の気合で弾かれることは想定していた。
だからこそ、あまり大きく動かさないように、ただ呼吸を少なくするという程度に、みんなを操った。
しかも酸欠状態で、脳の機能を多少縛ってしまえば、あとは考えることもままならないまま落とせたのだけれど、まさか少しの違和感を勘……いや違うか、魔物と同化することで芽生えた野生の本能か。それによって勘付かれるとは。
いやはや少し見くびっていたかな。
僕は歌をうたう。
今日の感動を。入学当初、自分たちに出来ることを見つけたい。と、瞳を輝かせ、あの頃はまだただの魔王だった僕に恐れもせずにスキルの扱いを磨きたいと頭を下げてきたこの子たちが、今ではすっかり立派な家臣で勇者の剣だ。
だからこそ、僕はこの子たちを称えたい。
学生らしく楽しく真剣に。いつかこの子たちが望んだ道を歩けるように、少しでも力になれればと歌に込める。
「ああああ、何か多分あっしらのことを褒めてくださっているような気がするですぜい!」
「た、戦いづらいでござる。リョカ様こういうところがあるでござるなぁ」
苦情は受け付けておりませぬ。
僕は歌うことを止めずに、2人に向かって素晴らしき魔王オーラを指を鳴らして放つ。
「オルタはあれを避けられるか?」
「……なんとか」
「うっし! なら進むですぜい! ここまで来たらあとは真っ直ぐ行ってぶん……ぶんなぐ――デコピンですぜい!」
「さすがにリョカ様に手は出せないでござるな」
僕としては嬉しいけれど、少しくらい殴られても何も言わないのだけれど、まあそれは汲んであげよう。
デコピンされたら僕の負けだ。
やっとらしい戦闘圧を纏った2人に、僕は挑発的な笑みで手のひらを空に向けて指を上下させる。かかってこい。眼前で歌うのは最も可愛い魔王だぞ。
「『輝気魔獣拳・サンズリンブル』」
「『降り注げ宝石雪・クイックソーサリー』」
タクトくんの腕が長い直角に折れ曲がった腕を地に付け、クラウチングスタートの姿勢をとった。
サンズリンブル――確かあの腕で地面を叩き、とんでもない速度で突っ込んでくる一撃必殺な魔物、イノシシみたいだなと常々思ってはいたけれど、この場でそれを選択してくるか。
そしてオルタくんが使用したのはクイックソーサリー、彼が降り注ぐ粉々になった宝石に触れた途端、加速した。
なるほど、2人はそうやって僕に近づくつもりか。
でも残念、速度で抜けられるほど僕の弾幕は容易くはないんだよ。
高速度で僕に突っ込んでくる2人、素晴らしき魔王オーラは弾かれ躱され、第一防衛ラインは突破された。
再度僕は指を鳴らし、信仰は銀姫の腕となるを生成、幾つもの光線がオルタくんとタクトくん目掛けて放たれる。
しかし彼らは光線から目を逸らすことなく、ただ真っ直ぐと僕を見つめてそれでも足を止めない。
アガートラームを一か所に集めて光線を放つのだけれど、その光線を結合させ、極太レーザーを放つと、前に躍り出てきたのはオルタくんだった。
「このまま突っ切るでござるよ! 『奮い立て原書結晶・スナウツスグヴォイド』」
2丁の拳銃から放たれた宝石の弾丸はアガートラームから放たれた光線の両側に着弾し、それと同時に光線が霧散した。
光をかき消す効果かな。
これ、ルイスさんに使ったらどうなるのだろうか。
しかしアガートラームでもダメか。
ヴェインとランガさんはこの辺りでどうにも出来なかったんだけれど、やっぱり相当鍛えられているね。
次はどうだろうか。
現闇で作った罠、2人がその区域に一歩足を踏み入れた瞬間、あちこちから棘やら鉄球やらが彼らを覆い尽くすように発生し、避けることは叶わない。
さて、どう切り抜ける。
圧倒的な物量で押し潰し、彼らの姿が見えなくなった。
けれど……やはりこんな単純な方法では潰れてくれないか。
「……『闘気聖獣核・パッチグインダム』」
タクトくんがオルタくんを抱え、背中からスライムのようなジェルっぽい膜が翼のように生え、現闇を防いでいた。
彼は防いだそれらを背中を揺らして放り投げると、今度は足に手を添えた。
「『閃気幻獣脚・ルージガーデン』このまま突っ込むですぜい!」
これが抜けられるってことはグエングリッターに行く前のカナデと同等だろうか。
いや、単純に戦闘が上手くなっている。
魔物と鉱石の選択を一切間違えていない。
よく視て観察して、よく考えて選んでいる。
やはり2人のギフトは強力だ。僕じゃこうは扱えない。
新たに指を鳴らし、僕は『絶慈・僕を愛して歌えや踊れ』を使用する。
あちこちからクマのぬいぐるみが現れて、現闇の武器を手に取って僕の正面で編隊を組む。
けれどこれだけじゃ足りない。
僕は歌に命の鐘の魔王オーラを込めて、現闇の幾つかにその命を点す。
現闇が生きているかのように動き始める。
まあ現に命を与えているのだけれど、前にやったおもちゃを動かすような生易しいものではない。
彼らは意思を持ち、心で判断する。
尤も、その判断基準は僕に倣っているけれど――これで少しは止まってくれるだろう。
隊列を組む僕のファンたち。彼らは一斉にオルタくんとタクトくんに飛び掛かる。
「冗談でござろう……?」
「オルタぁ、動きを止めんなですぜい! 止まったら一気に持っていかれるですぜい!」
数百にも上るクマと命の現闇に、オルタくんが顔を青くさせる。
けれどタクトくんはまだ僕を見続ける。
あんな熱狂的な視線、体が熱くなる。
「あそこまでが遠いでござるよ。これが魔王の力でござるな」
「諦めるんですかえ?」
「……まさか」
襲い来るクマたちを丁寧に倒していく2人、けれどやはり手が足りていない。
あの密度では上手くスキルを発動できないのか、オルタくんが苛立っているのがわかる。
「オルタ、ちょっといいですかい」
「なんでござるか?」
「数秒時間が欲しいですぜい」
「……拙者、基本的には後衛でござるよ」
「でも今はお前しかいないですぜい」
「……」
オルタくんが呼吸を繰り返し、肩を竦ませると、タクトくんの正面でクマたちと対峙して銃を構えた。
「駄目で元々でござるよ。タクトに乗るでござる!」
「そうこなくっちゃな――」
タクトくんがだらんと腕から力を抜き、数回の浅い呼吸を何度も繰り返した。
マズいかなと考えると、クマも現闇もタクトくんに狙いを定めた。
「行かせないでござるよ! 『クラックリングプリズム・エミュクリーパー』」
細かい鉱石は次々と小さな爆発を起こし、行動を阻害する。
オルタくんが僕が渡した短刀で腕を傷つけた。
血は固まり、それが次々と鉱石を生んでいく。
「『極光の宝石巨人・班目紅玉』」
濃い赤の宝石巨人がクマたちを殴り倒していき、その巨人の肩で何か集中しているオルタくんが息を吐き終え、手を空へ掲げた。
「『奮い立て原書結晶・エンゲージスター』」
あれは、僕がお土産に持ってきた――。
「――っ!」
オルタくんが銃を放つと星の約束は輝く一閃となり、どこまでも伸びていく。
僕の方にも星の光が届いたけれど、首を逸らしてそれを避け、何とか歌を止めずにオルタくんを見る。
これで終わりかと安堵するけれど違う。
オルタくんが光の一閃を振り撒きながら、着弾した弾丸に何か鉱石の欠片が降り注いでいる。
何だ。と思案するのも束の間、それは空からの災厄。
マズッと驚くよりも早く、オルタくんが空に弾丸を射出した時には、地上にある先ほどまでの着弾地点に向かって幾つもの星が空から降り注いだ。
僕は踊りながらそれを避けるが、クマと現闇はそうもいかない。
幾つかの彼らが倒れ伏していしまい、少し頭を痛めながらも大きめの現闇でその場を濁す。
大きな現闇がオルタくんに狙いを定めたけれど、僕はハッとなってその違和感に目をやる。
さっきからやけに大人しかったタクトくんの戦闘圧が突然大きく膨れ上がった。
「『壊魔全獣体・魔王種パイロバンザー』」
それはさっきタクトくんが喰らった魔王種――体から絶気を放出し、めきめきと体を鳴らして変異していく。
凶悪な魔物のような表情で、タクトくんがその体全てを魔物へと変異した。
ただの魔王種であるのならそれほど苦戦しない。だが、今目の前にいるのは魔物の力を宿した人間だ。
2足歩行で、獣型の魔物に変異し、腕を一度振るえばクマたちは成す術もなく吹き飛んでいく。
2人が新たな力を手に、僕に駆けだしてくる。
最終防衛ラインは最早意味を成さない。
僕は目を閉じ、その歌をうたい終えた。
星の欠片を手に、勇敢に立ち向かう者。
魔を宿し、がむしゃらにも確実に進む者。
僕は笑みをこぼした。
「ああ、歌が終わっちゃった」
まさか歌い終えるとは思ってもいなかった。
彼らは本当に強くなった。だから僕も、残念でならなかった。終わってしまう。もう少し成長を感じたかった。
「これで近づけたでござる!」
「がぁぁぁっ!」
オルタくんとタクトくんの2人が僕にその力を示す。
だから僕は応えた。
「『心打つ魂の絶唱』――」
僕が呟くと同時に、彼らは僕を直前にその動きを止めた。
そしてその身を守る巨人は露と化し、魔に飲まれた幻想は跡形もなく消えていく。
僕はオルタくんとタクトくんの2人の間を通り抜け、彼らを背に指を鳴らす。
「『僕を愛して夢へ誘って』」
指が鳴ると、彼らはカクンと油を差していないブリキの玩具のように、その動きを止め虚ろな目でその場に崩れ落ちた。
「良い夢を、おやすみなさい」
僕は後ろ手を振りながらガイルとアルマリアの下に足を進めるのだった。




