輪廻の魔王さん、戦いの芽吹きを待つ
『――――』
月と星の元、夜の帳に覆われて銀色の女王が歌う。
その歌は誰が為か、月を鳴らすように、星が眠りにつくかのように、耳心地の良いその歌は私さえ、女神様でさえも魅了する。
「リョカさんの歌、本当に素敵で、わたくし大好きです」
「お前眠る前に歌ってもらってるものね」
「……この歌」
「はい、わたくしの加護が組み込まれています」
テルネ様が深刻な顔で考え込んでいるが、ルナ様はただただ、月を創る銀の魔王の歌に酔いしれていた。
「こういうことをサラッとやっちゃうのがリョカちゃんの強みだよね」
「ルナズルくない? ここまで女神側に寄り添える信者って、本当に例がないでしょ? フェルミナは……女神を敬いつつ、世界を愛していたけれど、リョカちゃんはルナにしか向けてないじゃん」
「フェルミナともきっとリョカさんは仲良くなれますよ。2人ともわたくしの自慢の信者です」
本当に嬉しそうにしている月神様を見て、私は少し考える。
もし私が女神様にしてあげられることがあるのなら、それはどんなことだろうか?
リョカさんのように歌うことは出来ない。ならば精一杯の祈りを? いや、それでは足りないだろう。ふむ……。
「ロイくん、そんな必死に考えてくれなくてもいいよ。あたしは今でも十分君から貰っているよ」
「……すみません、こうも素敵な信仰を目の当たりにしてしまうと、神官の頃の癖で」
「それなら、リョカさんが面白い提案をわたくしにしてきましたよ」
私は首を傾げてルナ様を見ると、彼女は可笑しそうに可憐に微笑み、パッと1つ画面を映し出した。
「これリョカさんの部屋なんですけれど、今色々な植物――小麦が多いですが、それをジブリッド商会経由で集めていて、それらの世話をロイさんに提案するつもりみたいですよ」
「私に、ですか?」
「はい。これからはこの世界に生きなければならないロイさんには趣味を持ってほしいと、それならラムダの信仰もある農業がいいのではないかって」
「……」
「もちろん、慎重に事を運ぶつもりだったそうですよ。小麦を育て始めたらもしかしたら昔のことを思い出してしまって、苦しいかもしれないって」
私はフッと笑みを浮かべる。
確かに魔王になる前の私も畑を耕し、小麦を育てていた。
あの時のことを思いだすのが辛いことももちろんある。
けれど、やはり圧倒的に幸せな記憶の方が多く、なによりも魔王になり、それを終え、新たに芽吹きを迎えた私にとって、やはり必要なものである。
「リョカさんには感謝しなければですね。もちろんその提案を受けたいと思います」
「リョカさんに伝えておきます」
ルナ様と顔を合わせて微笑み合うと、ラムダ様が苦笑いを浮かべていた。
「え、良いのルナ?」
「あなた今国に戻れないでしょう、それならここから始めればいいのではないでしょうか? 同じ女神の好としてそのくらいは協力しますよ」
「……ありがとう、助かるよ」
「お礼ならリョカさんに」
「そうだね。それならこの間したリョカちゃんの頼みは何としても成就させないとね」
ラムダ様の目が光り、テルネ様の腕を掴んだ。
ああ、そういえば言っていましたね。
「リョカちゃんがあたしに可愛い服を作ってくれる条件として、テルネとクオンを連れて来いって言ったぁ!」
「絶対に嫌ですからね! 色物はアヤメだけで十分です」
「どさくさ紛れに喧嘩売ってくんな」
テルネ様がラムダ様の腕を払おうとするが、一切離れてもらえず、心底いやそうな顔を浮かべている。
しかしテルネ様の反対側の腕をクオン様がとった。
「良いじゃん、みんなで可愛い格好しようよ」
「……2人は年を考えたらどうです?」
「お? 喧嘩売ってる?」
「テルネぇ? 叡智の女神が豊穣の女神と竜の女神2人相手に勝てると思ってる? 知識を総動員させてみなよ、勝率幾つ?」
両側から詰められるテルネ様が顔を引きつらせているが、ラムダ様の言う通り、勝率はほぼないのだろう。
そんな豊神様を、神獣様が憐みの目で見ていた。
「だから一度は乗っとけっつたんだよ。お前が頑なに拒むから、リョカの奴手段を選ばなくなるって」
「テルネも堅苦しい服装ばかりではなく、たまには可愛らしい服装をすべきですよ。それでもなお拒むというのなら、わたくしデザインの服を無理矢理着せますけれど」
「……お前それ、この間リョカに内緒で作っていた、引きこもりってデカデカと書かれたTシャツとジャージセットのことか? 止めてやれ」
「失礼な、ちゃんと月とウサギのアップリケ入りです。可愛さの象徴ですよ」
「リョカと一緒になってから、自己肯定感高まり過ぎだろ」
女神さまたちの談笑に耳を傾けつつ、私は視線をリョカさんの映る画面に向ける。
相変わらず彼女は歌っており、着々と現闇によって舞台が設置されていき、彼女の領域が出来上がっていっている。
そして、そんな可憐な魔王に挑む2人の才能ある若者。
あの2人がどのような戦いを見せてくれるのか、そして今期最良の金色炎とやり合うあの小さな娘はどうなるのか。
私は小さく微笑み、カップを傾けてその香りを浴びながらのどを潤し、その時が来るのを今か今かと待つのだった。




