頑強の執事くん、魔王の娘ちゃんとお散歩する
「……エレ~、こっちだこっち。そっちには行かなくていいぞ」
「は~い」
「大丈夫か? 脚とか痛かったり、疲れたりしてないか?」
「うんっ、ジンギお兄ちゃんが歩きやすい道を選んでくれてるから、エレへっちゃらだよ」
「そうか。ただ、ちょっと急ぎたいから……こっちこいこっち」
エレノーラを手招きし、俺は彼女を持ち上げると、そのまま肩車してやる。
今俺たちは森林地帯にいるのだが、嫌な気配があちこちからしており、出来ればさっさと別の区域に移動したい。
俺は頭の上でどこかで拾った枝を振り回しているエレノーラに目をやる。
血冠魔王ロイ=ウェンチェスターの娘で、こうやって触れられるが、その実態はすでに死人らしい。
死神様の加護によって人の世に引きずり出されたらしいが、女神さまなどおとぎ話か、もしくは詐欺のどちらかと思っていたが、いざ目の前でその神の御業を認識してしまうと、やはり恐ろしい存在なのかもしれないと、俺は肩を竦める。
「まっ、俺には縁のない話か」
「う~ん?」
「なんでもないよ」
女神様と出会える人間など、この世界では一握りだけだ。
きっと俺の人生にそんなことを起こりえない。
エレノーラが頭をポンポンと撫でてくるから、俺は笑みを返す。
この子は俺が転移されたすぐ近くにおり、1人で切り株に腰を下ろして足をぶらぶらさせている時に発見した。
ランファ曰く、とても強力な補助スキルを使い、戦闘能力もそれなりにあるとのことだが、実年齢はどうあれ、こんな幼い子どもを1人、森に置き去りにするわけにもいかないし、一応リョカが作った遺跡であるからある程度配慮されているはずだが、それでも危険があることには変わりがない。
銀色の魔王リョカ=ジブリッドに多少の憤りを覚えていると、頭の上のエレノーラがクスクスと声を漏らした。
「ジンギお兄ちゃん、本当に優しいよね」
「そうか?」
すると、エレノーラが顔を伏せた。
俺が首を傾げると、彼女がポツポツと喋りだす。
「あのね、エレ、ジンギお兄ちゃんがバイツロンドのお爺ちゃんと戦っているところを見てたの」
「見てた……あ~、確かリョカの目になってたんだったか」
「……助けなきゃって思ったの」
「そうだったか。情けない様だったろ」
「ううんっ! そんなことないよ! でもね、あの時のエレは、どれだけみんなと関わって良いのかわからなくて」
シュンとするエレノーラに、俺は笑いかけた。
「ランファ――お嬢様を助けてくれてありがとうな。俺ってよ、お嬢様の付き人なのに、いつも守ってやれねぇんだ。そういう機会がないっつうか、どういうわけかかみ合わない。だから、エレとロイさんには本当に感謝してんだ」
俺は手を伸ばし、そのままエレノーラを撫でる。
嬉しそうに頭を預けてくる彼女に満足しつつ、俺は歩みを進める。
「ジンギお兄ちゃんっ、ここからは何があってもエレが手伝ってあげるからね!」
「ありがとうよ。でも別に今は戦う必要もないし、のんびり散歩気分でいようぜ。わざわざ怪我しに行く必要もないだろ」
「……」
エレノーラの顔を覗くと、幼子らしからぬ、どこか大人っぽい顔で微笑んでおり、俺は少し驚いた。
「――どした~?」
「ん~ん」
こんな子どもに、俺は一体ドギマギしているのやら。
頭を振って邪念を振り払うと、エレノーラが先を棒で指した。
「それじゃあしゅっぱ~つ」
「おう、振り落とされんなよ」
少し早足で、俺は森林を駆けだしたのだった。




