輪廻の魔王さんと聖女絶対戦域
「ほらラムダ様、まだまだ魔物はいますから」
「……うん、そうだよね。リョカちゃんとガイルくんが特別強かった。それで納得しよう」
引き続き、私は観戦席にてダンジョン攻略をしているみなさんを見ているのだが、先に起きたリョカさんとガイルの2人組がラムダ様の自信作という魔物を一撃で倒したことにより、落ち込んでしまった豊神様を慰まており、巨大すくりーんを横目に私はリョカさんが用意してくれたお菓子を席のテーブルに並べた。
「ラムダ、さっそく誰かがエリアボスと接敵したようですよ」
「森林エリア……お前のエリアだろう。結構強いの配備したんじゃねぇか?」
「おおっ、そこもすごいよ。魔王と精霊使い、あとフィムによって聖騎士とナイトマイトメタルが入った完全防御型の魔物、並の攻撃じゃ傷1つつかないんじゃないかな」
「……ラムダ、ちゃんと倒せる魔物でなければダメでしょう。ソフィア、はちょっと厳しいですね。火力不足です」
「ソフィアさんは完全に対人特化ですからね。しかしナイトマイトメタルで選択された金属を聖騎士の盾に変えて、さらに魔王の絶気で精霊を操り攻撃に変える。ですか。自身を守りつつ精霊に攻撃を任せるとは、良い魔物ですね」
「でしょっ! あれならリョカちゃんたちが来ても――」
私は少し考え込みながら、森林のえりあぼす、グランサージュに目をやる。
八本脚の胴体に、人の上半身がくっ付いたような魔物で、本来なら後衛として機能する魔物だったが、聖騎士とナイトマイトメタルによって前線でも戦える仕様になっており、あの硬さは厄介だなと思うと同時に、ラムダ様はガイルと並ぶほどの攻撃力を有した存在が頭から抜けている。
グランサージュと接敵した誰かが、精霊使いの爆発の粉じんからその圧倒的信仰を放出する。
『【大黒獣】!』
飛び出した規格外の聖女、ミーシャ=グリムガントさんが大きく腕を振り上げ、そして巨人の腕ほど巨大化した戦闘圧で出来た獣の前足を上空からグランサージュに叩きつけ、哀れにも一撃で踏みつぶされていった。
「……」
豊神様が呆けた顔を神獣様に向けた。
しかしアヤメ様はさっと顔を逸らし、手に持ったカップからお茶を口に運んだのが見え、私はおかわりに彼女のカップに茶を注ぐ。
「ああ、そういえば防御力が意味を成さない人がもう1人いましたね。ラムダ、諦めなさい。ここの連中に悔しい思いをさせたいのなら女神の慈悲は捨てることですね」
「……これでもそれなりに捨ててるんだけれど」
「俺が言うのもなんだけれど、ミーシャとリョカ相手じゃこんなもんだって」
「う~でもさ~」
私は微笑み、ラムダ様の席の横でひざまずく。
「ラムダ様、確かにラムダ様がお作りになった魔物は強力です。しかし、あなたの信者である私だって、ミーシャさんとガイルのように一撃で葬り去ってみせましょう。あなたの作る最強の駒より、あなたを称える最強の僕では満足いただけませんか?」
リョカさんのように片目を閉じて、豊神様の手を取ってそう伝えると、彼女は顔を赤らめ、驚いたように言葉に詰まっていた。
「……あの色男、女神でも平気で口説きやがる」
「さすがですよね。わたくしのギフトの都合上、あまり男性の信徒はいないのですが、ロイさんのような素敵な信者がいたらとても嬉しくなりますね」
「年甲斐もなく何を照れているんですか。女神はもう少し毅然とした態度でいるべきですよ」
「……年じゃないやい。テルネはこれを間近で受けてないからそんなことが言えるんだ」
私はクスクスと喉を鳴らし、豊神様からそっと離れる。
すると、こちらを先ほどから窺っていたマナ嬢がやってきたのが見える。
「お邪魔しても良いですか?」
「はい、マナさんこっちです」
ルナ様が席から降り、自身が座っていた席にマナさんを座らせると、その膝に月神様が再度腰を下ろした。
「相変わらずルナ様は可愛くて懐っこいですね」
「マナさんのお膝はとても座り心地が良くて、わたくしとっても好きなんです。このプニプニ……どれだけ重くなりましたか?」
「何で突然毒吐いたんですか!」
ルナ様をぎゅっと抱きしめるマナ嬢に、私は笑いかける。
「そういえば、何かアルマリアに指示されていたようでしたが」
「ああはい、ロイさんがこれ以上誰かを誑かさないように見張り――」
「なにか?」
「……いいえ、なんでもないです。え~っと、マスター曰く、もし可能ならこの遺跡? ダンジョンでしたっけ? これを新人教育に使えないかを判断してほしいと言われて」
私はチラと女神様方に目をやる。
「う~ん、リョカさんの判断次第ですけれど、確かにこれだけの施設を1回でなくしてしまうのはもったいないですね」
「あ、でもそれ助かるかも。相変わらずまだ大地にギフト溜まりまくってるからね。消費する場を設けてもらえるのはあたしとしても助かるかも」
「まあ、その手の話は後でリョカに相談しなさい。ダンジョンを見なさいよ」
アヤメ様が顎で巨大すくりーんを指し、それなりに動き始めた状況に私は情報を纏める。
すでに数人がパーティーを組んでおり、中々面白そうな組み合わせに私はこれからの戦いが楽しみになる。
「……て~ゆうか、ミーシャの奴、飛び回っているせいで誰とも出会わないわね」
「黒獣で大地を叩きつけて飛び上がる。確かに移動方法としてはむちゃくちゃですが、有効ではありますね。誰も近寄らないという点が。ですが」
「近づこうと思っても近づけないわよ。あんなのに近づこうとするのは相当な馬鹿か、運の悪い奴だけだろう」
「あら?」
するとルナ様が苦笑いで画面の一点を指差す。
何事かと私はその指先を追うのですが、同じように苦笑してしまう。
「アヤメ、早速その不運な方が現れましたよ」
「あ?」
巨大すくりーんに映し出された画面には4人の一般生徒パーティ。
その彼ら彼女らに最も近いのは、我らが聖女様であった。
「あっ」
アヤメ様が目を逸らしたが、すでに遅い。
生徒パーティはオドオドとしながらも、その脚は着実にミーシャさんに向かっている。
『ね、ねえ、なんか聞こえない?』
『そりゃあ一応魔物も出るんだろし』
『い、いや、何というかそういうのじゃないって言うか』
『心配し過ぎだって。これでリョカちゃんとかだったら色々と助言してもらえるかもだし、先生なら先生で、指導してもらえるかもじゃん』
『そうそう、むしろ積極的に俺たちはこれに挑むべきでしょ』
『う、う~ん……』
心配する1人をよそに、生徒の皆さんは果敢にも歩みを進める。
そして彼らの傍の茂みが揺れる。
私はつい、目を閉じて頭を少し下げてしまう。
『――っ、敵か!』
『け、警戒態勢』
『みんなすぐに攻撃に移れるようにして――』
警戒する生徒さんたち、しかし彼らを迎えたのは茂みから飛び出してきた魔物の首で、全員が一様にその首を見て固まってしまう。
そしてぬっと茂みから、その顔を血で濡らし、まるで歓喜しているかのように嗤っているミーシャさんが、魔物の胴体を引きずって彼らの前に姿を現した。
『ぎゃぁぁぁぁっ!』
『――』
『……あ、ぅあ』
『ひ、ひっ!』
生徒さんたちが完全に動きを止めてしまっている。あれではただの的になってしまう。
こういう状況で、いかに自分を保てるか。それが生き残る確率を上げる心得だろう。しかし……。
「……頼むよ聖女、頼むから聖女がそんな面して他人を怖がらせないでくれよ」
「皆さんの反応にも納得ですね。ミーシャ=グリムガント、信仰がほとんど使えずにどう戦うのか、見ものではありますね」
「いやテルネ、お前」
「――?」
テルネ様が首を傾げると、生徒さんたちがやっと頭を切り替えられたのか、ハッとなり、構えをとり、腕輪を祈る様なすがるような、そんな表情で手を添えた。
『そ、そうだ、弱体化』
『う、うん、リョカちゃんがミーシャちゃんはスキルがほとんど使えないって』
『そ、そうだ! これなら勝ち目が――』
瞳に希望を点した生徒さん一同、けれどミーシャさんは自身の拳を開いたり閉じたりしながらも、相変わらずその不遜な表情は崩さない。
『リリードロップ……駄目ね、信仰がほとんど使用できない』
テルネ様が胸を張っている。
けれど違うのですよ叡智神様、ミーシャさんのあれはそもそも――。
『【獣拳・黒獅子】』
『え?』
『はぇ?』
『……ぅえ?』
『……?』
ミーシャさんの腕が黒く、そして硬くなっていく。
戦闘圧を凝縮し、腕に纏わせたミーシャさんのギフトも女神様の恩恵もない個人の技。
その腕を顕現させた瞬間、戦闘圧が彼ら彼女らを通り抜け、辺りの木々をざわつかせる。
木々だけでなく、空気すら彼女の殺意や殺気に怯えるように凪いでいく。
『う、うわぁぁぁっ!』
ミーシャさんの殺気に当てられたからか、1人が錯乱したように聖女に背を向け逃げ出した。
あれは駄目な見本ですね。
どのような場面であれ、背を見せて逃げ出すと言うのは全てを諦め、勝つための情報収集も捨てると言うこと。一切の光明も断つということ。
未だ固まっている生徒さんたちの髪が揺れた。
それと同時に、黒い稲妻が彼らの傍を奔り、逃げ出した生徒さんが吹っ飛んでいき、頭から大地に飛び込み、豊穣の地を抉るようにそのまま滑っていった。
そして木々をなぎ倒し、逃げ出した彼の動きが止まると、そのまま倒れ込み、一切の動きを止めた。
「ロイさん」
「はい」
私はブラックラックレギオンの準備をする。
『逃げるのは構わないわ、あたしは追いはしない。でも戦いを放棄すると言うのならあたしに背後から殺されても文句はないわよね』
ガタガタと震える生徒さんたち、彼らには明確な死が見えているでしょう。
しかしミーシャさん、大分印象が……ああそういえば、竜神様の。
「随分マシになったとはいえ、やっぱクオンの信仰は使いづらいわね」
「やはりそうでしたか」
「一応、高潔な戦いを心に留めてはいますね」
「随分と物騒な高潔さですが」
「アヤメもそうなんだけれど、あれだけクオンの信仰と相性のいい人って中々いないよね」
「いたとしても聖女じゃないのは確かよ」
私はブラックラックレギオンを発動し、彼らの傍にクマを生成する。
そして生徒さんたちをひょいと持ち上げると、一様にみながひしとクマに引っ付いた。
とても震えており、私は苦笑いで指示を出し、みなさんを撫でたりゆすったりしながら慰め、ミーシャさんに対して頭を下げさせた後、転移させた。
「女の子はみんなお姫様抱っこなのね」
「――?」
私は首を傾げてアヤメ様を見る。
普段からアンジェにやっていた持ち方なのですが、何かおかしかっただろうか。
そんなことを考えながら、まだまだ続くダンジョン攻略に私は期待を膨らませるのだった。




