輪廻の魔王さんと見守る女神たち
「さて、始まりましたね」
「はい、どんな風になるのか楽しみですっ」
楽しそうに笑うルナ様を見て私も微笑み、ダンジョンの入り口となっている扉を囲うように設置された観戦席で、月神様お手製の宙に浮かぶ絵――リョカさん曰く巨大すくりーんを私と女神様方、そしてヘリオス先生や他の教員、今回は参加を見送った生徒さんたちとそれとアルマリアについてきたマナ嬢が見ていた。
「しかしロイ、お前も出たかったんじゃないの?」
「いえ、私はこうして裏方に回る方が性に合っていますし、何より代わりにエレノーラが出ていますから」
「まあお前が出ていたら出ていたで、またパワーバランスの調整が面倒になるわね」
私はアヤメ様に笑みを返し、画面に目をやる。
そこではリョカさんとガイルが慎重ながらも着々と進んでいる光景であり、あの2人はどうにも安心してみていられる。
「アヤメ的にあの2人のチームはどうですか?」
「どうもこうも、あいつらの組み合わせで最も安定したチームだろう。確かにリョカは前線で戦える能力もあるけれど、どちらかといえばサポート寄り。しかもガイルとはしょっちゅう組んでいるからコンビネーションもばっちりで、信頼関係もある。セルネには悪いけれど、あの2人は相性ばっちりよね」
「そうですね、リョカさんが勇者の剣であっても、ガイルが魔王の家臣であっても厄介になりますね」
「2人とも、喜んでその役割を全うするだけの柔軟さもありますからね」
リョカさんは当然ながら、実はガイルもその辺り賢い。
あの金色炎の勇者は戦闘特化に見せかけて戦場をよく見渡せるだけの知識と経験、天性の勘がある。
確かに私の血思体を見破ることは出来なかった。けれどあの戦闘で、攻撃を最低限までしか喰らっていなかった故に、最後まで立っていたのはガイルだけだ。
伊達に今期最良の勇者と呼ばれているだけの実力は持ち合わせている。
すると思案顔を浮かべていたテルネ様が口を開いた。
「金色炎の勇者・ガイル=グレッグ……ランドの勇者というのが悔やまれる逸材ですね」
「本当にな、あいつの最大にして最悪の不運はランドに見初められたってことだけだからな」
「ラムダ、同じ引きこもりとして、あれを外に出す術はないのですか?」
「叡智の女神ですら引っ張り出せないのに、あたしでどうにかできると思ってる? 無理無理、あれはそういう性質じゃん」
女神さまたちが一様にため息をついた。
確か太陽神様だったか、この反応、どのような女神様なのか気になるところだが、画面の先で動きがあり、私はそちらに目をやる。
「おっ、リョカとガイルがエリアボスを発見したわね。ありゃあ……魔王種か?」
「そっ、流石に一般生徒に出してはいないけれど、リョカちゃんたちだしね。それなりに自信作なんだよ」
「昨夜余計なことをしていった子もいるみたいですしね。あの子にはあとでお説教ですね」
「私も付き合いますよ。最近のフィムは少しおふざけが過ぎていますからね」
星神様がお説教されて可愛らしく頬を膨らませている様を容易に想像してしまい、私もつい微笑んでしまう。
「自信作ってお前、あれ元は揺蕩う影法師だろ、それと何混ぜた?」
「魔王と勇者――」
「バカヤロウ」
「おあつらえ向きではありますけれどね」
「……しかもあれ、フィムのせいで私のギフトが混ざっていますね。中身は――『知識で回る歯車』ですか」
「は? ワンダーギアってお前、ゴリッゴリの信仰変換じゃねぇか」
「確か知識を本に変え、その知識のページ1枚につき知名度を信仰に変えるスキル構成のギフト。魔王と勇者と相性抜群ですね」
「抜群どころではなく、最早脅威ですね」
画面に目をやり、リョカさんとガイルの声を聴く。
『これ、魔王種か?』
『う~ん、そうなんだけれど……なんだこれ、何か交じってるぞ』
流石のリョカさんです。すでにあれがただの魔王種でないことに気が付いた。
リョカさんが思案しようとすると、魔物――スペリアントシャドーがその巨体をゆらりと揺らめかせた。
リョカさんたちと戦っているえりあぼすのスペリアントシャドーというのは、巨大な影のような魔物で、大きく掲げた腕の先にある手のような箇所から粘着性のある影を伸ばし、それがそれぞれ戦うと言う厄介な魔物の部類だ。
しかし魔王と勇者の混じったあの影の怪物は違った。
さらに幾つもの影の武器を周囲に生成して、そのどれもが聖剣並みの信仰を持っていることが窺える。
『……ディメンジョンシャドー産の魔物に、勇者と魔王ってところかな』
『スペリアントシャドーか。あれ周りを倒さねぇと本体に攻撃できねぇんだよなぁ。他の特徴は?』
『ガイル、よく考えてみな。普通の魔物はいくら勇者のスキルを持っていても、聖剣を引き出すだけの信仰なんて持っているわけがない。でもあれは聖剣を作っている。つまり君のスイッチグロウみたいな信仰変換までされている。多分場所的にテルネちゃん産のギフトだな』
『1つあんな。ワンダーギアっつったか』
『……ああ、知識を信仰に変える奴か』
小さな影の攻撃を躱しながら、2人は着々と魔物の特性を暴いていく。
それを聞いていたアヤメ様があんぐりとしている。
「あいつら本当によく頭が回るな。戦って数秒でもう特性理解したぜ」
「あの頭の回転、ソフィアにも身に付けてほしいのですが、如何せん実戦訓練が足りていないですからね。ぜひ2人に指導してほしい能力です」
胸を張るルナ様の、空になったカップに私は茶を注ぐ。
あの2人を前にすると、私が貫かれた時を思い出す。
金色炎は背後にいるリョカさんを希望だと話していた。しかしリョカさんにとっても、あの場ではその勇者としての光が何よりも頼もしかったことでしょう。
ラムダ様には悪いですが、あの程度の魔物など相手にならないでしょう。
「ロイくん楽しそうだね」
「……ええ、最近若者を見守るのがとても楽しくて」
「そっか――でも今回は苦戦してもらうよっ。なんといっても本当に今回作った魔物は自信作だからね」
「さて、どうでしょうね」
私の呟きに、ラムダ様が首を傾げた。
それと同時に、リョカさんとガイルが動き出した。
『――ガイル、最大火力』
『あいよっ! 【聖剣顕現・ファイナリティヴォルカント】』
ガイルが聖剣を携え飛び出す。
スペリアントシャドーの影たちがガイルを襲うのだが、彼の視線は本体にしか向いていない。
飛び出してきた影に、リョカさんが指を鳴らす。
『【威光を示す頑強な盾・月に身捧ぐ絶対守護】』
影たちの攻撃を月の加護の盾が受け、その攻撃を月の光に変えていく。
『月の光じゃ少し大人しかったかな』
『いいや十分だ!』
『それはなにより! 光も通さない深淵だ、押し潰されてさようならってね』
再度指を鳴らしたリョカさんが現闇の筒で分体の影を閉じ込め、指を鳴らすことでその筒に四方八方から闇の刃が貫き、最後には押し潰されていった。
これで小さな影は撃破。
しかし本体から聖剣が幾つも射出されたが、それも月の盾で防ぐ。
そこで私は気が付く。
ガイルの聖剣がさらに輝きを増している。
あれは――。
「ああ、ルイスの聖剣ですか」
「光を燃料にする聖剣か。良い使われ方しているわよね」
アヤメ様の言う通り、ガイルの聖剣は月の光を受けてさらに輝きを増した。
『やっちまえ、金色炎の勇者様』
リョカさんが片眼を閉じて指を鳴らした。
その時、ガイルが歯をむき出しにして嗤う。彼が首にかけている宝石のペンダントが光る。
『【魔をも穿つ宿敵の福音・魔に委ね尚猛る陽】』
ガイルの聖剣が上書きされるように形を変える。
あれはリョカさんの、星神様の……いや、魔王の福音か。
巨大手甲に、さらに付け加えられた見たこともない武器。
するとアヤメ様が顔を引きつらせる。
「パイルバンカーかあれ? いやちょっとなんか違うぞ」
アヤメ様の聞いたことのない名前の武器。
ガイルの聖剣からガチャンと大きな音が鳴り、武器が動いてその中から砲弾のような長く太い鉄柱のような筒が煙を上げて放出された。
よくよく見ると、月の光が武器の中のその鉄柱になっており、それが武器から吐き出されるたびに聖剣が光を上げていく。
「は? いやいや、人の腕は杭じゃ――」
『五重連――』
鉄柱が放出されるたびにガイルが聖剣ごと腕を後ろに下げていき、5回の放出を終え、勇者がさらに嗤う。
『ぶっ飛べッ!』
まるで腕が射出されるように、目にも追えないほどの速度で繰り出された拳はスペリアントシャドーを打ち抜き、それと同時に辺りを埋め尽くすような爆炎が魔物含めたすべてを燃やし尽くす。
「これは……」
「アヤメ、あれは?」
「……燃料になるあらゆる力を弾に変えて、その衝撃を腕に蓄えて一気にぶっ放す一撃必殺だ」
「パイルバンカーとは?」
「あ~っと、架空の武器なんだがなぁ。所謂杭打機、火薬やら何やらで杭を打ち込む武器だよ」
「それを腕でやったんですかあの勇者?」
「そうだよ、普通はもぎ取れるぞ」
炎と煙が晴れていき、その中心に立っていた2人が姿を現した。
『いってぇぇっ!』
『だろうね~。でも、お望みの火力は得られたでしょ?』
『確かにそう言ったけどよ~。連発できねぇなこりゃあ』
『一発二発蓄えるだけでも良い威力になると思うし、考えて使いなよ』
『おうよ』
そう言って、リョカさんとガイルが互いに拳を当て合った。
「おっそろしいパーティーだな」
「あの威力、もうランドいりませんね」
「というか、勇者への女神としての役割をリョカさんが担っていますね」
「いよいよ必要なくなるなあいつ。俺以上に仕事してないし」
この会話には口出しは出来ないな。と、私が苦笑いで視線を別に移すと、ラムダ様が呆然としていた。
「え……ワンパン? え、嘘でしょう」
「相手が悪すぎたなラムダ、ありゃあ並の魔物じゃ敵わないわよ」
「並じゃないけれど! ちょっとルナ、どうなってるのさ!」
「わたくしに聞かれても」
頭を抱えるラムダ様を膝に乗せ、私は動き出したダンジョンを興味深く見守るのだった。




