魔王ちゃんと星々との別れ
「う~んっ、帰宅日和だねぇ」
僕は大きく伸びをして、ミーティアにある港にリア・ファルを出していた。
「随分さっぱりしてんじゃねぇか」
「んぅ~? ガイルは僕が取り乱すような人柄に見えてたの?」
「い~や、だがもうちょっと子どもらしい顔でも見れると期待してたんだがな」
水星祭の翌日、僕たちはサンディリーデに帰るための準備を終え、見送るために集まってくれたグエングリッターの人々を前に普段通りの顔をしてリア・ファルの調整をしている。
「伝えたいことも、残したいものもしっかりと残したからね。今さら後悔なんてしないよ。それに――」
僕は苦笑いで、僕の胸元とミーシャの胸元に目をやる。
「こうなんていうか、自分より取り乱している人を見ると思考って冴えるよね」
「……だなぁ」
ガイルも半笑いで、僕にくっ付いて離れないスピカ、ミーシャにくっ付いて離れないウルミラとポアルンさんを見た。
そんな僕たちを見ていたマルエッダさんが頭を抱えて深いため息をつき、ウルチルくんが苦笑いを浮かべた。
「スピリカ、ポアルン、いい加減になさい。それではリョカさんたちが困ってしまうでしょう?」
「姉さん、ミーシャさんも困っちゃうでしょ。というか姉さんお2人より年上なんだからここはしっかりしないと」
イヤイヤするように首を横に振っている3人を横目に、ランファちゃんがクスクスと声を漏らして近づいてきた。
「本当に、どこに行っても騒ぎの中心ですわね」
「僕としては、これだけ想ってもらえるのは喜ばしいことだけれどね」
「向こうに帰ってからは少しは自重してくださいまし」
「勝手に巻き込まれるからなぁ」
「巻き込まれるのならぜひカナデも一緒に巻き込んでくれると、俺も楽できるんだけれどなぁ」
チラチラと見てくるセルネくんを撫で、ふと視界に映ったラムダ様に目をやる。
「ありゃ? ラムダ様も一緒に行くんですか?」
「ん~? ああうん、今向こうに戻っても他の女神に根掘り葉掘り聞かれそうでね。リョカちゃんさえ良ければ暫くこっちにいさせてもらうよ」
「僕が決めて良いんですか?」
ニコリと笑みを浮かべるラムダ様に僕が苦笑いを返すと、ルナちゃんがそっと笑顔でラムダ様の背後に着いた。
しかし彼女の信徒が、豊穣神様の目線まで体を屈めた。
「ラムダ様、そういうことは私に言ってください。リョカさんは月神様の信徒です、他所の女神様がちょっかいをかけたらルナ様がどのような気持ちになるのか、ラムダ様はわからないわけではないでしょう?」
「あ、はい」
「ロイさんもっと言ってやってください。ラムダったら暫く現場から離れていたせいでサボり癖が付いてしまったのです」
「それはいけません。ラムダ様はとても素晴らしい女神様なのですから、これからはその遅れた時間を取り戻しましょう。不肖この私もお手伝いさせていただきますから」
「……信徒の期待が重い」
冷や汗を流し引き攣った笑いを浮かべているラムダ様の手を、エレノーラがそっと握り、豊神様の耳元で口を開いた。
「疲れたらエレと一緒に遊んでくださいね。たくさん楽しいことしましょう」
エレノーラの天使のような囁きに、ラムダ様が顔をパッと明るくさせ、その純粋な信徒をぎゅっと抱きしめた。
「というか、あなたついに女神様にまで説教垂れるようになったんですかぁ?」
「お説教など恐れ多い。私はただ、豊神様に――」
「はいはい、気が向いたら私が信者になりますからその話はまた後日~」
ラムダ様が拳を天に突き上げており、呆れるルナちゃんに僕も苦笑いを1つ。
すると、アルマリアが僕にくっ付いているスピカの頬をつつき始め、どうしたかとの目をやると、相変わらずな悪戯っ子な顔を我らのギルマスが浮かべた。
「道中私たちも一緒だったんですけれどねぇ。リョカさんとミーシャさんには熱烈なぎゅ~があるのに、私たちにはないんですね~」
「――っ」
「――っ」
「……アルマリア」
スピカもウルミラも明らかに肩が跳ね、2人とも顔を逸らした。
なんというか、ヤベェすっかり忘れてた。みたいな顔をしており、それをアルマリアも感じ取れたのか、星の聖女様の顔の横で、ニマニマとしている。
大人げないなと僕が呆れたような顔を向けると、そのギルマスの脳天にげんこつが落ちた。
「いったぁっ!」
「わかりきっていることを意地悪く聞かない」
そしてロイさんは相変わらずの大人らしい笑みで、スピカとウルミラに頭を下げる。
「星の聖女様……いえ、ここはあえてスピカと――スピカ、ウルミラ、今回は私もアルマリアも保護者を徹していましたが、今回のグエングリッターの道中、本当に楽しく、心に残るものでした。もし次回があるのなら、その時は私たちも2人と同じ速度で歩む旅がしたいですね。本当にありがとう」
手を差し出すロイさんに、スピカもウルミラも顔を見合わせ、僕たちから離れた。
いやしかし、相変わらず人の心を掴むのが上手いというか、一々格好良いんだよなこのパパ魔王。
スピカとウルミラがロイさんの手を取ると、2人がすぐにロイさんに飛びついた。
マルエッダさんが羨ましそうにしているけれど、ここは抑えてほしいと切に願う。
「ううん、私からも最大限のお礼を――聖女としては、この国を守ってくれたこと。私、スピリカ=メルティートとしては、旅の道中、リョカと一緒に私の我が儘を聞いてくれてありがとう。私にはもう父親はいないけれど、ロイみたいな優しいお父さんだったらなって夢が見れたわ」
「はいっ、私もロイさんに感謝感謝です! この道中、戦い方や戦いに赴く志、たくさんのことを気付かせてくれました。ブリンガーナイトだけが私の憧れだった。でもミーシャさんもロイさんも、宵闇の騎士以外の憧れを教えてくれました。2人みたいに強くなれるかはわかりませんけれど、でも、目指してみようと思います!」
ロイさんがゆっくりと2人の頭を撫で、満足げに頷いている。
そしてロイさんは2人から離れると、ばつの悪そうに顔を逸らしているアルマリアの背中を押した。
「あ~その……」
「アルマリアは年上だけれど、まったく年上らしい行動は見ていないから、妹が出来たみたいで新鮮だったわ」
「あ、わかります。アルマリアさん可愛いですよね」
「あんだとこらぁ」
スピカとウルミラにもみくちゃにされるように撫でられているアルマリアだったけれど、その表情に嫌悪はなく、親しい友人同士の戯れで、3人それぞれ抱き合っていた。
するとそのわちゃわちゃした空間で、ひょことエレノーラが顔を出した。
「でもエレノーラが一番可愛いわね」
「気が付いたら抱き着いて来てくれますもんね。何度癒されたことか」
「エレはみんなのいやしけい? だよ~」
4人が抱き合う姿に、混ざりたくてうずうずしていると、アヤメちゃんに腰をつつかれ、彼女に目をやる。
「あれ放っておいて大丈夫か?」
こういう時、彼女が僕を頼る時は大抵困った幼馴染についてだ。
僕は頭を抱えて神獣様が指す方角に目を向けるのだけれど……。
「良いあんたたち、顔面を殴る時も、顔面を殴られている時も、とにかく嗤っていなさい」
またとんでもねぇこと言ってんぞあの聖女。
というか……。
僕はミーシャの言葉を聞いている面々に目をやるのだけれど――増えている。
明らかにファンが増えている。
この間までは聖女だけだったのに、いつの間にか宵闇の騎士たちもケダモノの聖女の言葉に耳を傾けている。
「戦いの中で死ぬ時も嗤っていなさい! これは心構えの問題よ、嗤ってたって勝てはしないわ。けれどね、少なくとも嗤っていた方があたしの拳は強くなるわ」
オリジナル笑顔ばら撒きながら言い放つ聖女に、星に連なる聖女も宵闇の騎士団も沸き上がった。
しかしそれを束ねる人々は顔を青くして頭を抱えている。
ヴェインとマルエッダさん、本当に申し訳ないと僕は小さく頭を下げるのだけれど、こんな聖女の愚行を正体不明のお爺ちゃんは心底可笑しそうに笑っていた。
「なるほどのぅ。聖女を鍛えるなど考えたこともなかったが、彼奴らあのような言葉でも心動くんじゃな」
「いやあれ多分大分特殊な例ですよ」
「……というかあたしたちがあの尻拭いしなきゃならないのよね? 何でここの聖女全員ジジイ寄りなのよ。あたしマルエッダくらいしか見られないじゃない」
「あの、本当、くれぐれもよろしくお願いします」
「……俺最近、女神間で聖女絶対に増やすなって言われてんのよね。最後の聖女があれって」
アヤメちゃんを優しく撫でつつ、僕も深いため息をつく。するとバイツロンド爺が僕を覗いており、首を傾げて視線を返す。
「ぬしは良い魔王じゃな」
「そうですかね? ただ人にも女神様にも寄っているだけですよ」
「そうではなくての。主は魔王じゃ、世界の壊し方も知っておる。しかしそれをぬしのやり方で壊しておる。魔王という存在をよく理解しておる」
「僕はただのアイドルですよ。世界も人も、好き放題にしているだけです」
バイツロンド爺がクツクツと喉を鳴らし、大きな声で笑う。
このお爺ちゃんとも一度戦っておくべきだったな。そうすればもっと様々なことが知れたかもしれないと、少しだけ、ほんの少しだけ戦いの気配を漏れさせる。
「……惜しいのぅ。ガイルの手前、ぬしに手は出せん。惜しいのぅ」
「惜しまれるほどの。という評価に喜んでおきますよ。少なくとも、今の僕に竜は殺せない」
「そうかの?」
「ええ、そうです」
僕とバイツロンド爺の間合いの中で、チリチリと戦闘圧が静かに弾ける。
けれど、そんな僕たちをガイルが睨んできたからそれをそっと抑え込み、小走りで離れると、ルナちゃんとフィムちゃん、テッドちゃんの姿が見えた。
「フィムちゃん、昨夜はアリシアちゃんに会えましたか?」
「ううん、結局姿は見せてくれませんでした」
「まったくあの子は、挨拶くらいしていけばいいのに」
「2人とも本当にごめんなさいね。本当はちゃんとした席で会わせてあげたいのだけれど」
「いいえっ、あ~ちゃんは昔から隠れるのが得意でしたし、私はそんなあ~ちゃんを見つけるのが上手いので!」
「……羨ましいですね。もしあの子に会えたらまたよくしてあげてください」
「ルナお姉さまは会わないんですかぁ?」
「わたくしがいたらきっと逃げちゃうでしょう」
「う~ん?」
「……ルナ様、それは」
「――?」
ここの姉妹に関しては、まだまだ時間が必要そうだ。
僕はルナちゃんを抱き上げると、フィムちゃんが僕の手を掴み、その手を頭に乗せてナデナデのおねだりをしてきた。
「リョカお姉さま、今回のこと、本当に感謝してもしきれません」
「いえいえ、たまたま星のめぐりあわせが良かっただけですよ」
僕はフィムちゃんをゆっくりと撫でると、星神様が僕の手を自分の頬にまで移動させ、この手を両手で包むように握ってくれる。
「お礼を、なんて言っても受け取ってくれないでしょうし、今回は諦めます」
「ええ、それにお礼をするならスピカやウルミラ、この国に生きるみんなにです。でもそうですね、もし僕個人にお礼をしたいというのなら、またお会いしてください。2人やテッドちゃん、他の誰かでも連れてサンディリーデに遊びに来てください」
「……はい。必ず」
そして僕はフィムちゃんとテッドちゃんから離れる。
そろそろ行かなくては。
演説しているミーシャに目を向け、揃ってリア・ファルに向かって歩みだす。
それぞれがお別れを済ましており、セルネくんやランファちゃんがリア・ファルに乗り込み、ガイルが乗り込み、ラムダ様が乗り込み、ロイさんとアルマリア、エレノーラが乗り込み、僕たちも――。
「リョカ――」
「ミーシャさん――」
「う~ん?」
スピカとウルミラが僕とミーシャに飛びついてきた。
「今度、遊びに行くわ」
「うん、歓迎するよ」
「一緒に冒険者ギルドで依頼を受けるわよ」
「どんな依頼が受けられるのか楽しみにしています」
「学校にも案内しないとね」
「聖都はわからないけれど、王都ならいくらでも案内出来るわ。ひげ殴りに行きましょう」
僕らは一頻りに笑い、体を離していく。
「……それじゃあまたね」
「うん、また」
「あたしがいないからって戦いを忘れるんじゃないわよ」
「はいっ! 次会った時はたくさん驚かせてあげますから!」
僕はルナちゃんを連れ、ミーシャはアヤメちゃんを連れてリア・ファルに乗り込む。
そして僕は船を起動させ、今度こそ、僕たちは故郷へと帰っていく。
船が浮き上がると、スピカが泣きそうな顔をするから彼女の腕に向かって指を鳴らし、その腕にクマのぬいぐるみを抱かせる。
僕は笑みを浮かべて彼女に手を振ると、深呼吸をしたスピカとウルミラが今までで見たなによりも可憐で、綺麗な笑顔で手を振り返してくれた。
最後の最後、やはり見るのなら可愛い笑顔の方がいいに決まっている。
僕はそんな2人の笑顔をいつまでも瞳に捉えながら、奇跡の箱舟を空に走らせるのだった。




