魔王ちゃんと気苦労の多い星の精霊を従える聖女様
「なんだかちょっと騒がしいね? なにかあったのかな」
ランガさんたちと別れた後も変わらず散策を続けていたのだけれど、どこからか騒がしい音が聞こえてくる。
誰かが戦っているのかと音の方に足を進ませるのだけれど、騒ぎの中心にヴェインがおり、彼と目が合うと頭を抱えている宵闇の騎士が僕たちに近づいてきた。
「リョカ、丁度良かった。あれなんとかしてくれ」
「あれ?」
ヴェインが指差す方に目を向けると、そこではガラの悪い者たちが地面に叩きつけられている光景だった。
「あら、先頭にいるのって」
ミーシャの視線を追い、チンピラたちと対峙しているそれに目をやった。
「私のお祭りです。あまり騒がしいようだとぶん殴っちゃいますよ~」
「ポアルンじゃない」
「……あれ? 水星の聖女様だよね、あんなに好戦的だっけ?」
チラとアヤメちゃんに目をやると、脂汗を額に浮かべており、彼女たちから目を逸らしていた。
チンピラたちを制圧していたのはランバイルアストライアでもブリンガーナイトでもなく、アストラルセイレーン、つまり聖女たちだった。
彼女たちは聖女とは思えないような圧を以ってゴロツキたちの頭を掴み、次々と田植えしており、最早聖女とは呼べないほどお淑やかさとは無縁な感じであった。
「水星の聖女様が聖女たちを連れて歩き回っていると思ったら、なんか祭りの警護しているんだよ。取り決めでは俺たちのところとキョウカのところで警護するはずなんだけれど」
僕はちらと我らのケダモノの聖女に目をやると、師匠面して頷いているものだからとりあえずミーシャを引っ叩く。
すると、ゴロツキのリーダー格っぽい大柄の男がナイフを取り出し、何かスキルを使用して聖女たちに飛び込んでいったのだけれど、先頭の水星の聖女様――ポアルンさんが構えた。
その構えがどうにも見覚えのあるもので、僕は呆然とする。
この世界にそんなスポーツはない。けれどそれが最適解だと天性の才を発揮する者がいる。
脇をしっかりと締め、しっかりと拳を握って構えをとる。
あの構えはまんまボクシング。
ポアルンさんにナイフが伸びたと思うとパンと鳴る打撃音。
顎に向かってのジャブ、拳の先端が霞んで揺れ、目視が難しい無拍子の1つ。足踏みも完ぺきで、細かくステップを踏みながらジャブの連打を繰り出していた。
あの聖女様、実は戦いの才能が……いや、多分違う。
僕はアヤメちゃんの頭を撫でる。
「……違うんです。ポアルンがミーシャみたいに強くなりたいって言ってミーシャについて行き始めたから、危ない場所に行かせる前に何となくボクシングについて話しただけなんです。あれなら多少強くなっても並くらいだし、実力もそれほど伸びなくて諦めるだろうと思っただけなんです」
「それでボクシング教えちゃったんですか?」
「だってあんなに適性あるとは思わないでしょう。あれ仮にも聖女よ?」
ルナちゃんが苦笑いを浮かべている横で、僕はため息をつく。
するとミーシャが腕を組みながら、ふむ。と声を上げた。
「あれは人間の戦い方ね。どんな流派かは知らないけれど、多分洗練された武術だと思う」
「……まあうん、アヤメちゃんがどれだけ詳しいかは知らないけれど、ボクシングは古代から現代までで大分進化しているスポーツだよね」
「結構詳しいのよ。専門書も読んだし」
「へ~、本当に戦いが好きですよね――ん?」
神獣様の頭をグリグリしていると、ポアルンさんが拳を顎前に置きながらゆらゆらと頭を振り……いや待て、あれ見たことあるぞ。
足踏みを鳴らしながら頭を揺らし、その勢いを拳に乗せてゴロツキへの連打。
そして最後は大きく上半身を揺らし、その反動で体を地面に近づけるほど勢いを付けて、そのままフィニッシュアッパー。
物凄い勢いと体重を乗せた見事なアッパーカットに僕は顔を引きつらせる。
「専門書ってマンガじゃないですかぁ!」
「たくさん巻数があった!」
「でしょうね! なに一歩踏み込んでるんですか!」
「いやだって最初はって書いてあったし」
「初心者向けって意味じゃないですよ」
ゴロツキたちが聖女たちに拘束されているのを横目に、ヴェインがうな垂れる。
「なんか最近聖女が物騒になってんだけれど。見てみあのマルエッダの顔」
膝から崩れ落ちるように、膝立ちで顔を覆ったマルエッダさんがとても不憫で、僕は再度ミーシャの頭を引っ叩く。
「あたし何もしてないけれど」
「きっかけはミーシャだからね。というか本当どうすんだこれ? ポアルンさん以外も戦闘圧をリリードロップで強化して圧振り撒いているし、なんかもう防御をかなぐり捨てた構えだったし」
「聖女がこぞって俺たちを必要としなくなるとか止めてくれよ。結構な収入源だったんだけれど」
「うちの聖女がごめんね?」
「あんたたちがあの子たちより強くなれば良いでしょう。というか聖女の1人も守れない騎士なら辞めてしまいなさい」
「君は本当に辛らつだね。それと強くするのならせめて後衛として強くしておくれよ。なんで誰も彼も前衛志望なんだ……」
「何を言っているのよ。聖女が先頭で引っ張らずに誰が引っ張るのよ」
「少なくとも戦闘で先頭張るのは聖女の役目ではない」
うな垂れるヴェインの肩を叩いていると、こちらに気が付いたマルエッダさんとポアルンさんがやってきた。
「ミーシャ様! わたくし、ちゃんと前で戦えましたわ!」
「ええ、えらいわね。これからも精進なさい」
「はいっ! 拳で天辺をとっていきます!」
ポアルンさんの頭を撫でるミーシャ。
そんなどこか和やかな空気とは正反対に、ゆらゆらと生気のない浮浪者のような佇まいでマルエッダさんが僕の背後から近付いてきた。
「……清廉な、わたくしの可愛い聖女たちはどこへ?」
「うん……その、こ、拳が黒く光りだしても可愛い子は可愛い子ですから!」
「リョカは本当、よくミーシャのことを可愛いって言えるよね。いや、見た目は確かにかわ……かっこいい? けどさ、もう俺の頭の中では顔面目掛けて殴りかかってきながら嗤っている顔しか浮かばないもん」
「それはヴェインがミーシャに殴られるようなことをしたからだね」
真正面からミーシャの拳を受け、しかも度々被害に遭っているし、まあ可愛いと素直には言えないのだろう。
そして僕は改めてマルエッダさんと向かい合う。
「まあ、僕が言うのもあれですが、彼女たち楽しそうだし、少し目をつぶってみたらどうですか?」
「……いえ、わたくしだって何も本当に否定したいわけではないのですわ。アストラルセイレーンは他のギルドに比べて随分と閉鎖的なギルドですから、年頃なあの子たちにとって退屈な空間であったことも理解しています。でもその、わたくし自身彼女たちの親と自惚れるつもりはありませんがその、一応育ての一端を担っている者として、向かってほしい向きといいますか、せめて想定した方向にだけは行ってもらいたかったと言いますか」
「ああはい、お花屋さんになるのも良い。農家さんになるのも良い。教育者になるのも良い。宵闇の騎士になるのも良い。秩序を見守る星になるのも良い――でもバーサーカーは止してな! ってことですね」
「はい。一体どこの国に聖女が囲んで不届き者を殴り捕まえると思う国がありますか。想定の斜め上過ぎて」
「前向きに考えれば、この間の事件みたいに聖女が狙われても自衛できますし、少し手がかからなくなったと思えば」
「リョカさん、あれ、本当に手がかからなくなったとお思いですか?」
「……うん、ごめん。頑張って止めてください」
マルエッダさんが盛大なため息をつくと、ルナちゃんがクスクスと可憐に笑みをこぼした。
「大丈夫ですよマルエッダ。だってアストラルセイレーンの聖女たちが憧れたのは、最も猛き清いケダモノですよ。清廉であることは止めるはずはありません」
「そう、でしょうか?」
「わたくし、月神が保証します。星に連なる聖女たちは、ケダモノにも、それに、星の精霊使いにだって恥ずべきことはしません。あなたはもっと、ここの聖女たちからどれだけ慕われているのかを自覚するべきです」
「……」
「それにまあ、あんまりにも暴走する子がいても、スピカが止めてくれますよ。あの子はミーシャにだって殴りかかるくらいには真面目で、しっかりした子ですから」
「そうですね。スピリカは極星を降りましたけれど、それでもアストラルセイレーンの聖女であることは変わりない。これから頼ることになるのでしょうね」
「あ~っと、その、言いそびれていたのですが、スピカを勝手にうちのギルドに引き抜いてごめんなさい」
「いいえ。あの子も、きっと新しい星に瞬かれたのでしょう。門出を祝うことはあっても、恨むことはしませんわ」
「まあご近所ですからね」
「ミーティアの敷地内ですものね。というか、それも聖女たちを守るためのリョカさんの気遣いでしょう?」
「……買いかぶり過ぎですよ。僕がミーティアにいたから、作っただけです。でも、使えるものは使っても良いと思いますよ。正直、バイツロンド爺はここの極星よりずっと強いですからね」
「ええ、わたくしも改めて鍛えてもらおうかしら? 確かパルミールさんは精霊使いでしたわよね。それも凄腕の」
「マルエッダさんも十分凄腕ですよね。その杖……いや、先端についている宝石、アストラルフェイトですよね?」
「さすがですわ」
以前マルエッダさんが使用した精霊使いのスキル、紋章もなければ詠唱もなし、あれもスキルの一種かとも思っていたけれど、なんてことはない。
アストラルフェイトによって簡略化していただけ。
マルエッダさんは付与することに関して一流の聖女だ。
彼女の素質とは施し。
それ故にマルエッダさんの星は施されるものになり、彼女の素質を壊すことなく、いつまでも施す者にその身を置くことが出来る。
「アストラルフェイトに込められた精霊に施すことによって強力な術を使う。それがあなたの戦い方ですよね」
「……本当に、賢い魔王様ですね。ヴェインですら知らなかったというのに」
「え? お前のアストラルフェイトってこう、最終兵器みたいに星神様の危機にしか現れることのない超絶兵器じゃなかったの!」
「一体わたくしをなんだと思っているんですか」
ヴェインが感心したようにマルエッダさんの杖を見ていた。
しかしあの宵闇の騎士長、どんな夢を見ていたんだ。
「フィムちゃんって意外としたたかだよね。だって下ろしたはずの星の精霊使い様がちゃっかりずっとアストラルフェイトを使っていたんだもの」
「あれ本当だ! え? なにお前、スピリカに極星を譲っておきながら、普通に極星だったの?」
「そりゃあしょうがないよ。だってマルエッダさん、普通に優秀だし。あと数年してスピカが極星に慣れてきた位に返上するつもりだったんですよね?」
「あなたには嘘は吐けませんね。けれどもう隠す必要もなくなりましたからね。フィリアム様はスピリカにまだ極星を続けてほしかったみたいですけれど、あの子ったら無理矢理返上しちゃいましたし」
僕は顔を逸らした。
「マルエッダ、その心配なら無用ですよ。どこかのアイドルがファンサービスの一環としてアストラルフェイトの下位互換のような何かを授けましたので」
「……リョカさん?」
僕は目を閉じて一度深呼吸をすると、マルエッダさんに満面の笑みでサムズアップする。
「性質の悪さなら魔王の福音の方が上です!」
「なに張り合ってんだ君」
「ウルミラにも渡したので、ヴェインもうかうかしてられないよ」
ヴェインとマルエッダさんが心底呆れたように頭を抱えた。
「あの子たちの保護者にも気を遣っていただきたいですわ」
「本当にウルミラがグエングリッター最強になりかねないな。誇らしいやら焦るやら――まっ、俺は俺の速度で何とかするか」
「ロイさんは本当によく鍛えてくれたみたいだね」
「師匠の顔に泥を塗ったりなんかはしないよ」
すると、ヴェインとマルエッダさんが顔を見合わせた後、僕たちに向き直った。
「リョカさん、ミーシャさん、最後までスピリカとウルミラと一緒にいてくれてありがとうございます」
「まだまだ手をかけていこうと思った矢先、どんどん前に行っちゃうんだもんな。あの子たちは、本当に良い友に恵まれた」
「これから先の人生の中でも、いつまでも、あの子たちと共にあってくれれば。と、わたくしは願います」
「そーそー、うちの大事な子どもたちを誑かしたんだ。最後まで責任を持ってくれよな」
僕は戻ってきたミーシャと顔を見合わせて微笑む。
「当然でしょ。あの子たちが望むのならどんな所からでも飛んでいくよ」
「その時は改めて鍛えなおすわ」
僕たちの言葉に満足したのか、マルエッダさんは手を叩いて聖女たちから視線を集めた。
「さっ、いつまでも遊んでいないで、その人たちをキョウカの下に届けたら今日はもう自由にしていいですよ」
「というかこの聖女たち今度ブリンガーナイトに寄越してくれない? 戦術の幅が広がりそう」
「はいはい」
聖女たちの元気いっぱいの返事を聞きながら、僕たちはヴェインたちと別れたのだった。




