魔王ちゃんと薫風と春一番
「いや~充実した物作りだったわ~……おや?」
食堂に足を進ませると、そこにはミーシャとスピカ、ウルミラとアヤメちゃんしかおらず首を傾げる。
普段は大きなテーブルを使うけれど、今日は丸テーブルで十分のようだ。
「他の人たちは?」
「マルエッダは聖女矯正中で飯食ってる時間もなくて、セルネとランファ、ヴェインとランガはブリンガーナイト、フィムとテッドはお前のやらかしのせいで手が離せない。ガイルたちはどうしたのよ?」
僕の問いにアヤメちゃんが答えた。
「ギルドで食べるそうで、ロイさんもエレノーラもそっちに。ルナちゃんは――」
「お待たせしました。お茶淹れてきましたよ」
「ありがとうルナちゃん」
装備作りが一通り終わったのち、ギルドで夕飯の準備を終えてこっちに来た。
ガイルたちは向こうで食べると話していたから僕とルナちゃんはこっちに戻ってきたんだけれど、まさかいない人が多いとは……。
僕はガイルたちに喰わせてやろうと、トイボックスに仕舞っておいた料理の幾つかをグリッドジャンプでギルドに送っておいた。
「今準備しちゃうね」
テーブルに食事を並べていると、ふとスピカとウルミラの目元が赤く腫れていることに気が付く。
僕はハッとなり、自然な動作で2人の傍に寄り、その頬に指を這わせた。
「りょ、リョカ――?」
「誰かに泣かされた?」
2人の顔をジッと見つめる。
スピカは相変わらず綺麗な顔をしている。
ウルミラは最近では凛々しくなった。
星の聖女様は綺麗な顔だけれど、初めて会った時よりもたくさんの表情で、顔を赤らめて視線を逸らして頬を膨らませた。
「な、泣いてないし」
宵闇の竜星は初めて会った時よりもお姉ちゃんのような包容力のある顔で、星を眺めていた。
「スピカさん、リョカさんにそういうのは通じないですよ」
「……」
2人の表情を見て、少しだけ、ほんの少しだけ、胸がきゅっとなる。
知らない感情……いや、私が知っているはずもない感情。
「リョカ?」
僕の顔を見て首を傾げるスピカに、僕は微笑み返し、そのまま彼女の柔らかな頬を撫でる。
「ちょ、リョカ、なによぅ」
「……うんにゃ、なんにも」
そしてウルミラの顔にも手を触れる。
彼女の顔を撫でると、そのまま僕の手に体を委ねて見上げてくれている。
「リョカさんの手、スベスベで気持ちいです」
「それはなにより。化粧品、幾つか置いていくね」
するとミーシャがクスリと声を漏らし、こちらを見ていた。
「なにかなミーシャ」
「いいえ。それより食事にしましょう」
6人で食事を囲み、他愛のない話に華を咲かせ、笑ったり膨れたり――グエングリッターでの道中にも同じようなことをしていた。
「不器用なのも面倒だけれど、器用なのも考え物ね」
「完璧な存在というのはあり得ませんからね。わたくしは、こういうのもらしくて好きですよ」
「女神様目線でなんですか~?」
「女神ですから」
両手を腰に当てて、鼻を鳴らして胸を張る隣に座っているルナちゃんに、僕は頬をくっ付ける。
あまりにも可愛すぎる。
「そうよ、俺たちは女神なのよ。だからミーシャ、敬って」
「ふんっ」
「ぎゃぁっ! 何でぶつのよ!」
「そういうのは、せめて口の周りを綺麗にしてから言いなさいよ」
ミーシャがアヤメちゃんの口を拭っていると、スピカがクスクスと声を漏らして笑っている。
「あなたたち、本当にずっとそんな感じよね。私もフィリアム様にそんな感じで出来るかしら?」
「良いと思いますよ。最近は甘えん坊が表に出てきていますし」
「お前の教育の賜物だな。あーちゃんグレちゃったけど――」
いつかのフィムちゃんの真似をしてニヤケ顔で言い放ったアヤメちゃんだったけれど、ルナちゃんが顔に笑顔を張り付けて神獣様のケモ耳を引っ張る。
「いたたたたたっ!」
「アヤメ、フィリアムは許しますけれど、あなたは許しませんからね?」
「怖い怖い月神怖いっ!」
「女神様にも色々あるんですね~。クオン様ってどんな女神様なんですか?」
「人妻! エロ可愛いっ!」
「あ、はい」
「なによウルミラ、あんた結局クオンからギフト貰いたいの?」
「はいっ、どこかの誰かさんの竜が頭から離れないので」
「竜じゃなくて獣に憧れなさいよ~」
「それは聖女様にしか使えないみたいなので」
「使えるわけないでしょ! 私があんなケダモノ背に出現させたらマルエッダ様失神しちゃうでしょ」
楽しい時間、いつまでもいつまでも続いてほしいほどに狂おしいほどの愛おしい時間。
けれど、終わりというものはいつか訪れる。
中央に並べた料理がなくなり、僕たちは片づけをする。
そうすると、口数も少なくなり楽しい時間の余韻を魂に刻んでいるかのように、その時間を噛みしめる。
食事が終わり、それぞれがそれぞれの時間になるこの一瞬――僕は振り返る。
するとそこには、スピカが僕の袖をちょんと引っ張っており、ウルミラはミーシャの手を握っていた。
「あ、あのさ、リョカ」
「ん~?」
赤らんだ顔で上目遣いで見つめてくるスピカ。僕は表情こそ普段通りに徹しているが、これ2人きりでやられていたらヤバかった。
相変わらずこの星の聖女様は自分の魅力をわかっていないらしい。
「明日、1日空けてくれる?」
「ミーシャさんもです」
もうグエングリッターでやるべきことはない。
もちろん明日は1日特に予定なんてない。
スピカとウルミラが僕たちに内緒で水星祭の手伝いに出ていたのは知っているし、明日はその水星祭が催されることも知っている。
だから最後にそのお祭りに一緒に楽しめたらなんて考えていた。
「デートのお誘い? もちろんお受けいたしますわ」
そう言って僕はスピカの手を取った。
するとスピカは首を横に振り、控えめに、ポケットでくちゃくちゃになった紙を取り出した。
「その、アヤメからの助言で、水星祭、一番よく見えるところの席を作ってやれって。それでその、これがその――」
顔を真っ赤にしているスピカは呼吸も荒く、艶めかしく体を揺らすとそれに合わせて双丘も揺れ、僕の目は星の聖女様に釘付けになっていた。
「あっ」
ミーシャが僕から目を逸らし、ウルミラを背中に隠した。
「え、ミーシャさん?」
「あたしもそれを頂くわ。ただ、今ちょっとリョカには近づかない方がいいわ」
「え、私今目の前なんだけれど――へ?」
僕はスピカをお姫様抱っこで持ち上げる。
「え、あのリョカ?」
「お持ち帰る」
「はい?」
「あ、わたくしもご一緒します」
「ぜひ!」
「うわ、言葉つえぇ」
アヤメちゃんが何か言っているけれど、もうどうだっていい。
正直ずっと我慢していたんだ。
そろそろこの星の聖女様には魔王と一緒にいるんだと言うことを理解させなければならないようだ。
「ウルミラ、あんたも気を付けた方がいいわよ、あの子我慢を続けているといきなりプッツンするのよ」
「……あの、それはどういう?」
「朝まで部屋の外には出られないでしょうね」
「え、ちょ――リョカ待って待って落ち着いて」
「今日はそのマシュマロずっと揉んでやるからな!」
「ましゅまろってなに!」
先ほどまで綺麗な空気感だったはずだ。
けれどもう辛抱堪らなくなったのだ、あまりにも可愛いスピカが悪い。
綺麗な思い出は心の奥底に、今はただ、カーニバルの時間だ。
そうして、僕はスピカを連れて帰るのだった。




