聖女ちゃんと星夜との別れ
「ふーっ」
あたしは息を吐き、井戸から水を汲んで頭からそれを被って、ロイたちに付き合ってもらった特訓で流した汗を流す。
あまり特訓だとか、そういう鍛えるという行為をしたくなかったけれど、アルフォース=ノインツ……あの洗練された動きというのはその特訓の賜物だろう。
あたしにはそういう動きは出来ない。
だからこそ、ロイに頼んで戦闘を見てもらったけれど……。
「やっぱガラじゃないわね」
思考錯誤だとか、勝つための戦略だとか、そんなもの今まで考えたこともないし、何よりもそんな人間らしい戦い方、あたしに出来るわけがない。
でも、勝てなかった。
今のままでは駄目なのだろうか。
そんなことを考えていると、背後から嗅ぎなれた匂いがし、振り向く。
「ちょっとミーシャ、あなたなんて格好を」
「――」
そこにはスピカとウルミラ、ポアルンがおり、あたしは髪をかき上げながら彼女たちに視線を向けた。
なんて格好と言われても、リョカから貰ったいつも通りの服で、上を脱いできゃみそーる? 一枚で水を被っていただけだけれど、それの何の問題があると言うのか? それとも髪が邪魔だったからぽにて? にしていたのが問題なのだろうか?
ウルミラとポアルンが顔を真っ赤にしている。
「そんな変な格好しているかしら?」
「ここ、それなりに男性の神官もいるんだから、そう刺激的な格好は控えなさいよ」
「刺激的って、あたし別にリョカやあんたみたいに凹凸のある体形していないけれど」
「いや、ミーシャは私やリョカにない――ん、ポアルン?」
するとポアルンが、どうにも息を荒げ、血走った目で両手をつき出してあたしにゆっくりと近づいてきている。
リョカが可愛い子を前にしたような気配がある。
そのポアルンがあたしの両肩を掴み、口を開いた。
「ミーシャ様! 格好良いですわ!」
「そう? ありがとう」
あたしが首を傾げていると、スピカが鼻の頭を押さえながらため息をついていた。
「……どちらかというと、あなたうちの聖女たちの毒になるような見た目だもの」
「失礼な、聖女が毒であるはずないでしょ」
「そういう意味じゃなくてね。私の剣になるはずの騎士様も夢中だし」
そう言ってスピカがウルミラに目を向けると、騎士の彼女は顔を逸らした。
あたしはポアルンのことを撫でながら、ふとスピカとウルミラを観察する。
ここ最近、2人はどうにも忙しそうにしている。
リョカも何かしておりいないことが多く、今日エレノーラを連れていったけれど、あの子はスピカとウルミラがいないことを良い機会だとここぞとばかりにコソコソしている。きっと2人に悟られないように何か用意しているのだろう。
「2人も随分忙しくしているわね、何か大事な秘め事?」
あたしは何となく、2人の慌てる顔が見たくて意地悪い顔で言ってみた。
すると案の定、スピカが目を泳がせて言い淀んでおり、あたしはつい噴き出してしまう。
「……なによぅ」
「す、スピカさん、顔に出てますよ」
「そうね、相変わらずわかりやすい星の聖女だことで」
膨れるスピカとなんとか隠し通そうとするウルミラ。
あたしはポアルンに離れるように頼むと、そのまま星の聖女と宵闇の騎士に近づく。
リョカみたいにあたしは器用なことは出来ない。
物を贈るなんてこともあまりしたこともない。
だからこそ――。
あたしは手を伸ばして2人の頭を纏めて抱きしめた。
「ありがとうね」
「――」
「――」
スピカとウルミラの肩がピクリと跳ねた。
言わなくても何となくわかってしまう。
この2人とは、短いけれどそれなりの付き合いだ。
「……何がよぅ」
少し涙声のスピカ、あたしは彼女の頭を撫でる。
「なんでもないわ」
「ミーシャさん、本当に、たまに、こういうことする、から……」
ウルミラのことも撫でてあげる。
良い旅だった。心の底からそう思う。
ただの人探し、最初はそれだけ。アヤメと同じようにただの旅行気分でこのグエングリッターにやってきた。
でもいざこの国に来たら、着いて早々極星ギルドに絡まれて、ウルミラと出会い、すぐに誘拐されたスピカを助け、女神が絡んだこの国の危機に立ち会った。
他の聖女を知らないあたしに、聖女についての何かを延々と話すスピカ。
強さの先を知らなかったウルミラが、強さについてあたしに聞いてくる。
なんてことのない道中だったけれど、それでも、それでもこの2人が一緒だったからきっと楽しかった。
永遠の別れでないことはわかっている。
きっとリョカに頼めばすぐにでも会いに行けるだろう。
でもそうじゃない。
あたしたちはやっぱり、生まれた場所が違う。
故郷に帰ると言うことは、やはり別れなのである。
そうしてあたしはスピカとウルミラから体を離し、2人の顔を見ることなく背を向けて歩み、後ろ手に手を振る。
「それじゃあ楽しみにしているわ」
スピカが頬を膨らませている。ウルミラが苦笑いを浮かべている。
きっとそんな表情だろうことを背中に感じながら、あたしはあてがわれている自室へと歩みを進めていくのだった。




