魔王ちゃんと女神様に習う魔物について
「う~ん、この辺りにいるって聞いてきたんだけれどなぁ」
「リョカお姉ちゃん、何を探してるんですかぁ?」
「ああうん、チリルッテルっていう魔物なんだけれど」
リア・ファルで移動し、バルドヘイトからほどなく行った場所にある湿地帯……ヘルン湿地帯に訪れていた。
この場所は通称暗がりの湿地帯と呼ばれているらしく、まだ昼前であるにもかかわらず薄暗く、目に見える魔物も目の小さな生物だったり、体を光らせていたり、毛皮のない魔物が多く見受けられる。
「チリルッテル、あの宝石小僧ね」
「宝石小僧?」
「うん、チリルッテルは額に綺麗な宝石を付けていてね。それは様々な環境によって物が違うから、鑑定も大変で、でもだからこそ価値のある素材でもあるんだよ」
「そうそう、ちなみに宝石小僧って言われるのは、この魔物はとてもそれを大事にしていて動きが完全に小さな男児のようだから人々がそう呼び始めた」
ラムダ様の説明をエレノーラがうんうんと聞いている横で、僕は辺りを見渡した。
「リョカお姉ちゃん魔剣いいですか? エレ目になりますね」
「ありがとう、助かるよ」
魔剣をあちこちに飛ばすと、エレノーラが目を閉じ、小さく息を吸った。
「開眼――『もっともっと私を見て』」
エレノーラが目を開けると同時に、ウインクをしながらその開いた眼に横ピースを添えて、ポーズをとった。
どこで覚えたんだあんな可愛いスキル発動。
マズい誘拐されちゃう。
あまりの可愛さにエレノーラを撫でていると、ルナちゃんとラムダ様が笑っていた。
「落ち着いてリョカちゃん、今のエレノーラなら誘拐されても自分で帰って来られるよ」
「怖い思いするかもしれないですよ!」
「この場合怖い思いをするのは多分誘拐犯ですね」
「リョカちゃんが絶界張って最高戦力総出で最高火力を叩きつける光景が目に浮かぶよ。塵も残らないね」
撫でる手を嬉しそうに受け止めているエレノーラを抱きしめていると、ルナちゃんに手を引かれる。
「ほらリョカさん、エレノーラさんが集中できませんよ」
「う~……ルナちゃんも僕から離れないようにね~」
「はいはい、離れませんよ~」
エレノーラが集中しだしたのを横目に、僕がルナちゃんを抱き上げるとラムダ様が可憐に笑っていた。
「何だかんだリョカちゃんもエレノーラに甘いよね。ミーシャちゃんもすっごく優しくしてくれてるし」
「そりゃあ可愛い子ですし、何より外に連れ出したのは僕ですから最後まで優しいお姉ちゃんでいるつもりですよ」
ミーシャに関してはわからないけれど、何だかんだあの子も可愛い子には弱かったりする。
するとラムダ様が小さく息を吐き、その頭を下げてきた。
「遅くなっちゃったけれど、月を生む銀色の魔王・リョカ=ジブリッド、あたしの大事な信徒を救ってくれて本当にありがとうございます」
「わっ、わっラムダ様そんな、頭を上げてください。僕はただ、その環境を作った……背中を押しただけで、決めたのはロイさんとエレノーラですし、2人には僕も本当に感謝しているんですから」
「そう言ってくれてありがとう。でもね、あたしは本当に感謝しているの。それを伝えたくてね」
「……」
僕は豊穣神様の言葉をしっかりと受け止め、頭の中で何度も反復させると、彼女の目を見据え、頭を下げる。
「とても光栄です豊神様。わたくし、リョカ=ジブリッドはただのしがない魔王でありますが、これからも女神さまたちに恥じないように生きていきたいと」
「こういうところはさすがだよね。ルナの信徒じゃなければ勧誘しているところだよ」
「あげませんからね~」
「わかってるわかってる。あたしも頑張って信者増やさないと。ルナのところには度々お邪魔するから」
「……自分の国、は、厳しかったですね」
「うん、もう荒れ放題。あたしのいない間にハインゼンの奴が大分幅を利かせちゃってもうラムダさんの手に負えません」
ルナちゃんが呆れて息を吐く中、僕は聞きなれない名前に思案する。
けれど何となく予感があり、口を開く。
「黄衣の魔王?」
「おや、リョカちゃん知っているのかい?」
「ラムダ」
首を傾げるラムダ様に、ルナちゃんが耳打ちをした。
すると豊神様はばつが悪そうに頭を掻き、人差し指を唇に沿えてウインクしてきた。
僕は微笑んで彼女に頷き返すと、エレノーラに視線を戻すのだけれど、ラムダ様が手を叩いたのが横目に映る。
「ところでリョカちゃんはチリルッテルなんてどうするの? あれの宝石ってあんまり効果ないよね?」
「いやいや、実は面白い特性があることが調べではわかっているんですよ」
ラムダ様が首を傾げている。
あら、魔物に関してラムダ様は詳しいのではなかっただろうか? それとも新しい種類の魔物なんだろうか?
「あ~リョカさん、一応言っておきますけれど、魔物の管理をしている女神だからといって、全魔物を把握しているわけではないのですよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、以前アヤメが言っていたと思うのですが、魔物も環境によって進化して姿や特性、魔物自体の在り方を変えます」
「はい、寒いところに強かったり暑いところに強かったりの環境に適応している子たちですよね?」
「それもあるのですが、ミルドがやっていたことは覚えていますか?」
「時間を進ませることでの遺伝の継承ですよね? というか思ったのですけれど、魔物って繁殖するんですか? そういう現場は見たこともないですけれど」
「正確には人の繁殖とは異なります。魔物に生殖器はなく、オスとメスもありません」
「え? じゃあどうやって子ども作ってるんですか?」
僕が驚いていると、思案顔を浮かべていたラムダ様が手を叩いたのち、僕の腕を引っ張った。
「丁度良い、リョカちゃんこっちこっち」
「は、はい」
ラムダ様に引っ張られ、ほんの少しだけ移動すると、背の高い植物の陰で2匹の魔物が向かい合っていた。
え、こんなところで、ドキッ公開魔物の夜のプロレスショーを見学しなくちゃならないのか。
と、複雑な気分になっていると、魔物の体が発光した。いや、あれスキルか?
魔物が出したエネルギーはスキルを使う際のエネルギーのような気配を持っていた。
「あれ、スキルですか?」
「正確にはあの子たちが引き継いだギフトの残滓のエネルギーだよ」
2体がそれぞれ発したエネルギーが1つにまとまると、魔物たちはそれを地面に埋め始めた。
そしてその埋めた場所がポコと隆起すると、なんとそこから小さな魔物が湧いて出てきた。
「え? え?」
「リョカさん、魔物は大地から生まれると言う話をしましたよね? それは新たに生まれる魔物も同じです。ラムダとテッドがやっていた魔物の管理は、具体的には原種を発生させるだけで、それ以降はノータッチなんですよ」
「ちなみに、ああして魔物の本体が必ずしも必要というわけじゃない。ミルドとフィムがやっていたように魔物の核だけを大地に埋めて時間を経過させれば次世代の魔物が生まれるってわけだよ」
魔物はキャベツ畑から生まれてくると。
なるほどつまり、私の世界でのエロ漫画のような異種姦は存在しないんだ。
僕が感心していると、ルナちゃんが首を傾げていた。
「随分と業の深い文化があるのですね?」
「え? あ~……欲望ってほら、際限がないじゃないですか。そういえばこの世界って種族数が少ないですよね」
異世界に来る時、少しエッチなエルフのお姉さんとか期待していたことは内緒だ。
「人間一種族でも争いが起きるのに、多種族の世界になんてなったら女神でも管理しきれないと思いますよ?」
もっともである。
「そういえば、以前アヤメが森に耳長の綺麗な男女の種族今から生えない? とか話していましたね。きっと甘やかしてくれるはずとかなんとか」
「甘やかすかどうかは諸説ありますが、信心深く描かれることは多いですね」
「それなら必要ないですね。人々も過剰なほどわたくしたちのことを愛してくれますから」
僕は苦笑いを浮かべてルナちゃんを抱き上げた。
まさかこんなところで魔物の生態について勉強することになるとは思っていなかった。とはいえ勉強になったのは確かで、タクトくんに土産話として持って帰ればそれなりに喜びそうだ。
それと種族が人間しかいないのも納得である。
そろそろエレノーラの調査も終わるかなと、新たな知識を胸に彼女の下に足を進めるのだった。




