輪廻の魔王さんと決着、剣聖の弟子
「次はおたくが相手をしてくれるのか?」
「……」
「しかしあの、聖女か? なんなんだあれは。あんな獰猛なケダモノ、並の勇者でも魔王でも近づけないぞ」
呆れたように言い放ったアルフォース殿が腰にかかっていた水筒から酒を呷った。そして彼は剣先を私に向け、チラとリョカさんたちを計るような視線を向けた。
「あのケダモノが一番弱いってことはないだろうが、俺はまだ3人も相手しなきゃならんのか?」
「……私で最後ですよ」
「そうか、正直ガイルはともかく、あの銀髪のお嬢さんは相手にしたくねえ。気配が独特過ぎるが、どう考えてもただものじゃない。もっとも――」
リョカさんを見ていたアルフォース殿の視線が私に移り、さらに強く、ビリビリと痺れるような剣気が襲い掛かってくる。
「おたくとはさらにやりたくはなかったな。ガイルとテッカ辺りじゃ手も足も出ねぇな、何者だお前?」
「アルマリアの友人ですよ」
「おたくもか。ったく、どいつもこいつも家庭の事情に乗り込んできやがって……おたくも俺を連れて帰るって言うつもりか?」
「いいえ、私はもうそれは諦めています。ただ――」
現闇から私は一本の棒切れを生成する。
その棒切れは徐々に形作っていき、一本の剣となった。所謂木刀だ。
「俺に剣で挑むか。俺をアルフォース=ノインツ、剣聖の弟子と知って尚、その蛮勇を貫くか――」
どうでも良い。
この男は、随分と肩書を長ったらしく口にしたいのか。
アルフォース殿が剣を構えるまでのほんのわずかな隙、私は一息で彼の正面に間合いを詰め、型も何もないただ漠然と、そして思い切り棒切れを振り抜く。
「な――」
棒切れで顔面を打ち抜かれ、その勢いのままアルフォース殿がぶっ飛んでいった。
ああ、彼がもし、彼の言う剣聖の弟子のままであったのなら、この程度の攻撃避けられたのだろう。
アルフォース殿が吹っ飛ばされた体勢のまま、空中で剣を構え、それなりに大きな木に足を向けて反動を使ってこちらに戻ってくるような動きをした。
しかし――私は首を横に振り、腕を払うように上げた。
その瞬間、彼の傍に様々な植物が生え、アルフォース殿を拘束した。
「これは」
私がもう一度腕を上げると、幾つもの棒切れがアルフォース殿を囲い、それが射出されて彼を打つ。
きっと私は、今冷たい目をしているだろう。
正直、エレノーラとアルマリアには見せたくはないが、あのギルドマスターに関してなら今さらだろう。
動けないアルフォース殿に棒切れが襲う光景を横目に、私は木刀を彼に向けた。
「私は剣士ではありません。しかしあなた方剣士はいつもお決まりのように言うでしょう? 言いたいことがあるのなら剣で語れ。ですので、私はこの剣を以ってあなたと対話したいと思います」
私の挑発とも取れる言葉に、彼の額に青筋が浮かんだ。
「舐めたこと抜かしやがって! 『雷帝』」
雷を体に纏うことで彼を拘束していた植物と棒切れを焼き切り、そのまま私目掛けてすっ飛んできた。
「『疾風迅雷』――」
ミーシャさんを傷つけたあのスキル。
私の見立てではあれは風に雷を含ませ、アルフォース殿が放つ雷の剣圧を風が引き寄せた上で剣技としているのだろう。
リョカさんならもっとわかりやすい説明をしてくれると思うが、今それだけわかれば良い。
私の肌を雷が撫でる。
「『神威』!」
彼にとっても自信のある剣技なのだろう。
私は体からフッと力を抜き、目を閉じる。
「『輪廻の果ての芽吹き』」
体が切り裂かれる感覚に身を委ね、そこから新たに芽吹きをもたらす。
アルフォース殿の背後に瞬時に移動した私は、驚き振り返る彼に再度木刀を打ち付けた。
そして飛んでいった彼に追い打ちをかけるように腕を振る。
「『豊かに芽吹く血思体』」
飛んでいった先にいた私の分体が木刀で彼を打ちあげ、さらに空中にいる分体がさらに彼を打ち、それを数回繰り返した後、分体がアルフォース殿を地面に向かって打ち付けた。
彼が私の隣に降ってくる。
空中に見えた彼にもう意識はほとんどないように見えた。
しかし、振り上げたこの剣を止めるわけにはいかなかった。
「『芽吹く麦は信仰の如く』」
彼が地面へと衝突する直前、彼よりも重く速い力を以って、私はアルフォース殿をそのまま地面に叩きつけるように剣を振るった。
「ぐがっ!」
大地に叩きつけられたアルフォース殿は白目を剥きながら血液を撒き散らし、地面に弾んだのち、ぐったりと倒れ伏した。
「……」
しかし彼はまだ剣から手を離そうとしなかった。
剣気は消えていない。まだ戦う意思がある。
私は首を横に振り、木刀を振り上げるのだが、背中にトンとかかる心地よい重さに、私はそちらに目をやる。
「もう、もういいよ、ロイさん」
「……」
「結局私は、父さんの気持ち、まったくわからないもん」
アルマリアの顔を覗くと、どこか嬉しそうな、それでいて諦めたような、複雑に笑っていた。
私は彼女の頭に手を伸ばす。
身をよじり、嬉しそうに手に頭を押し付けてくる。
私はフッと微笑みを返し、未だ呆然としているリョカさんとガイルに目をやる。
「リョカさん、アルマリアはもう満足したようです。帰りの船を用意してもらっても良いですか?」
「えっ、あ、うん」
リョカさんがリア・ファルを取り出すと、アルマリアが未だに目を覚ましていないミーシャさんまで転移した。
「それじゃあ私、中で待ってますね~」
そう言って彼女は、ミーシャさんと一緒にさっさと船に乗り込んでしまった。
素直ではない親子2人に、私はため息を漏らさずにはいられないのだった。




