魔王ちゃんと爆発聖女ちゃんと神官さん
「雷帝――」
空気を揺らすただ一瞬の囁き、小鳥の囀りのような当たり前に耳に入ってくる自然な音に、僕は呆けた表情のまま顔を龍に食い殺されかけている剣聖に目をやった。
「ミーシャ避け――」
ガイルの声が届くよりも先に、その剣に纏う稲光に目を奪われた。
そして次の瞬間には目を覆うほどの眩しさと共に轟音が響き、かのケダモノの聖女がその影を残してぶっ飛んでいった。
「え――」
僕は驚きに呆けた言葉しか発せることしか出来ず、ゆっくりと幼馴染が飛んでいった方に目をやった。
負けなしだったミーシャ=グリムガント、ケダモノの聖女といわれ、その圧倒的な火力でどんな敵をも蹂躙してきた彼女が、両手両足を地に投げ出し、途中の大木に背中を預けて座り込み、気を失っているようだった。
視線をミーシャがいた箇所に戻すと、そこには体から雷を奔らせているアルフォースさんがいた。
「これ以上俺の邪魔をするというのならおたくは敵だ。次はその首を落とす、立ち上がるなよ」
「――」
アルフォースさんの声はあまり聞こえていなかった。
僕の大事な幼馴染が倒れている。
心の奥底から何かどす黒い感情がせり上がってくるようだった。
僕がその一歩を踏み出そうとする――。
「待てリョカ」
「……ガイル止めないで」
「後でいくらでも付き合ってやる。だがまだあのケダモノ、終わってねぇぞ」
ガイルの言葉にミーシャに目をやった。
そこで改めて頭が警鐘を鳴らす。
四肢は相変わらず投げ出されたままだったけれど、瞳が開きアルフォースさんだけを見据えているその瞳に、僕は悪寒を覚える。
「次は斬るって言ってんだろうが――」
「――――」
再度雷を纏い、剣気をあちこちに放つアルフォースの言葉を遮って、最早人ではない何かの遠吠え、咆哮……そんな化け物の叫び声がこだました。
大気は震え、僕も隣にいる勇者も肌からは玉のような汗が浮かび上がり、聖女であるはずのその存在に目をやった。
「ぶっ殺、す!」
ミーシャの姿が消え、アルフォースさんの頭上に現れた聖女が手を振り上げた。
「『雷禅 ・ 一刈』」
アルフォースさんの剣に雷が纏わり、その剣をミーシャに向けて放つのだけれど、それは聖女に届く前に空中で剣が止められた。
「なに――」
驚くアルフォースさんをよそに、ミーシャの手が彼に触れる前に地面に叩きつけられた。
つまり、見えない手がアルフォースさんを地面に叩きつけたのだ。
「次は何のスキルだ! 『二刈』!」
ミーシャの見えない手を剣で防ぎ、徐々に押し潰されそうになっているけれど、さすがの剣聖候補、防御しながらも剣を振るい、見えないけれど確かに何かを斬っていた。
「これは一体」
ガイルの呟きに、僕は頭を総動員させて辿り着いた結論を口にする。
「戦闘圧の可視化?」
「あんだって?」
薄くだけれど、ミーシャの周囲がぼやけて何かの形になろうとしているのがわかる。
そしてその何かが徐々に黒くなっている。つまり、普段ミーシャが使っている黒獅子と似たようなことを全身……というより、自分から離した場所で可視化させようとしているのではないかと推察する。
「黒獣!」
ミーシャの背後に回り、彼女を切り裂こうとしたアルフォースさんに、聖女の臀部からはっきりと黒い靄が見え、その靄が大きく伸びてアルフォースさんに直撃した。
あれは尻尾だろうか。
吹き飛ばされたアルフォースさんはすぐに体勢を立て直し、ミーシャへと剣撃を繰り広げていく。
次第に2人の戦闘は高速戦闘へと移行し、あちこちで木々や大地を切り裂いたり砕いたりしながら姿を消したり表したりしながら打ちあっていた。
飲茶視点とはこのようなことを言うのだろうか。
「それだけの力を持っていてどうして目を逸らすのよ!」
「俺の目だ、俺がどこを向いていようがおたくには関係ないだろうが!」
「アルマリアにはあるって言ってんのよ!」
ミーシャ、大分怒っているな。
まあ気持ちはわかるし、あの子も似たような境遇だからなぁ。
「うちのギルドマスターは愛されてるねぇ」
「一番に愛されたい人が物凄い頑固みたいだけれど?」
「それについては何ともだな。しっかしミーシャ、ヤベェ怒ってんな?」
「そりゃあミーシャも両親が家に帰ってこない家庭の子だったし、思うところがあるんでしょ」
「なるほど。お前たち2人はジークランスに常に感謝するこったな」
僕は頷くのだけれど、実は僕とガイルの2人、ミーシャとアルフォースさんの戦闘圧だけではなく、もう1つ差し迫っている問題から目を背けている。
「まだ足りない、まだ届かない。今俺がアルマリアに構っていられる時間はないんだよ!」
「このっ」
「あいつは俺の娘だ、昔からそれなりの実力もあったし要領も良い。今さら俺がいなくてもあいつは何とでも出来んだよ!」
怒号をぶつけあいながらも戦い続ける2人を横目に、僕とガイルは額から脂汗を流していた。
ミーシャが気が付いているのかはわからないけれど、少なくともアルフォースさんの目には聖女しか映っておらず、2人の圧倒する戦闘圧とは違い、腹の底からじわじわと昇ってくるようなもう1つの殺気、怒気に気が付いていない。
「このクソ親」
「おたくに俺たちの何がわかる!」
「少なくともあんたよりはアルマリアを見ているわよ!」
「……もう良い、おたくとはそりが合わない。受けるなら覚悟して受けろ」
ミーシャから距離をとったアルフォースさんが構えを変えた。
見たことのない構え。いや確か王都で……そうだ、王都の騎士の構えと酷似している。
「『疾風迅雷』――」
周囲の空気がピリつく。否、本当に空気が雷を含んでいる。
あれはスキルなのだろうかと警戒しているとガイルが顔を引きつらせて口を開いた。
「ってヤバ、リョカ盾」
「お、おう――」
「『神威』」
盾を出した。
けれどその盾には傷がなく、ただヒリつく空気が頬を撫でた。
その瞬間、雷を纏った空気が確かに剣気を伴って、ミーシャの体中を斬りつけた。
「ミーシャっ!」
僕が彼女に駆け寄ろうとしたけれど、それは先ほどから現役時代を超えるほどの圧倒的な戦闘圧を放つその人によって遮られた。
「あとは頼むわ」
「――ええ、お任せを」
体中傷だらけになり、倒れ掛かるミーシャの背を支え、神官のスキルでそこそこの傷を癒したお父さん……血冠魔王と恐れられた現在パパ魔王となったロイ=ウェンチェスターがケダモノの聖女に代わり剣聖に近い男の前に立った。
「ガチギレじゃねぇか」
「むしろ今までよく抑えてくれていたと思うよ」
ミーシャがブラックラックレギオンくまに運ばれてきたから、僕は彼女を横たわらせて傷を癒す。
そしてアルマリアを手招きし、軽く抱き寄せて座り、ことの結末を見届けるのだった。




