魔王ちゃんと堕ちた剣聖
「ガイル、とりあえずあんたは下がってなさい」
「え~、俺も久々に親父さんと拳を交えたいんだが」
リア・ファルから降りて早々、幼馴染が何か言っている。
「一緒に戦うとなるとあんたの爆発邪魔なのよ」
「……勇者としての存在全否定されて様な気分だな。まあ親父さんに対しては俺の炎は視界が遮られるか」
「そういうことよ」
なんか勝手に僕とミーシャの2人が戦うことに決まったけれど、出来れば数の暴力で解決して楽したい。
僕がため息をつき、リア・ファルを降りてすぐのところにある茂みに意識を向け、ミーシャと並んで構えをとった。
「出来れば穏便に済ませたいので、まずは話をしてくれませんか?」
「……」
僕がそう茂みに向かって声をかけると、チリと幼馴染の戦闘圧が鋭くなった。
穏便に済ませる気がないこの聖女をどうしたものかと考えていると、葉が揺れてそこから男がのそと現れた。
身長は180ちょっと、無精ひげを生やし、髪を頭の上の方で結っており、服装は冒険者風というよりは浮浪者のようなボロボロの服、目には深い隈と少しだけ痩せこけた頬、腰に掛かっている酒が入っているだろうガイルも普段から使っている瓢箪のような水筒とその反対には極々一般的なロングソード。
けれど僕はその剣から目が離せないでいた。
突き刺すような鋭い剣気、一瞬でも隙を見せれば間違いなく一刀のもとに断ち切られる感覚がある。
しかしふと、ガイルとアルマリアの様子が横目に映り首を傾げる。どうにも驚いているようだった。
「ったく、いきなりどこの誰だ? ここ最近俺の周りを嗅ぎまわっていたのもおたくらか?」
「ええ、ちょっとあなたに……アルフォース=ノインツさんにお話があり、探していましたわ」
「俺の名前も――ん、よくみりゃあそこにいるの、ガイルと……アルマリアか?」
アルマリアの肩がビクと跳ね、小さく呼吸を繰り返した後、控えめな、子どものような空気感で口を開いた。
「あ、あの、父さん――」
「……アルマリア、今お前に構ってられん」
「――っ」
アルマリアの息を飲む音が聞こえた。
小さなギルドマスターは体を震わせ、顔を伏せ、今にも泣きそうな……僕の手に力がこもる。
「ガイル、お前の差し金か? ならさっさとそいつを連れて帰れ。俺にはまだ、やるべきことが――」
アルフォースさんが言い終わる前に、その聖女が飛び出した。
彼の言葉に激昂したのか、それともその幼い影を想ってなのか、真っ黒に重ねられた信仰を拳に携えて、かの聖女の拳が放たれた。
「ガキがっ! 女子どもだろうが俺の邪魔するのなら斬るぜ!」
アルフォースさん手が腰の剣に伸びる。
「――ッ!」
その瞬間、僕の目には明確に剣によって真っ二つにされたミーシャの姿が見えた。
それは剣の気配が見せた幻影なのか、それ以上近づく者への彼が放った警告なのか、どちらにせよ、アルフォース=ノインツ、彼は噂以上の実力者だ。
「ミーシャ――」
声が届くまでのその刹那、アルフォースさんの手が剣に触れた。が、突然彼の手が地へと引っ張られるように落ち、一瞬の隙を生み、真っ黒な拳が剣聖に最も近いと言われた男の顔面へとめり込んだ。
「がぁあぁっ!」
背後にあった木々を巻き込み吹っ飛んでいったアルフォースさんとバチバチと信仰が弾ける音、呆然とするガイルとアルマリア、そして勝気に嗤い、拳を強く握る我らの聖女様。
「で?」
そう言って、ケダモノの聖女であるミーシャ=グリムガントはどこまでも不遜にその存在感を露わにしたのだった。




