魔王ちゃんと理解出来ない心の機微
翌日、僕は宣言通りあの後爆睡し、半日以上眠っていた。
ミーシャ、ルナちゃんとアヤメちゃんに晩ご飯を作ってあげられなかったから、朝食は3人の好物を入れようと早起きして朝食を作り、大広間のテーブルに食事を並べていると、スピカがやってきた。
「おはようリョカ」
「おはようスピカ、朝のお勤めお疲れ様。冷たいお茶を淹れたからどうぞ」
「ありがとう。あなたがここに来てからずっと生活のあれこれを頼りきっちゃっているわね」
「好きでやってるからね。でもお茶の淹れ方も食事のレシピも、ある程度はここの聖女様たちに渡してあるから、僕がいなくなっても生活の質が落ちることはないと思うよ」
「……そう」
どこか寂しそうなスピカに首を傾げつつ、僕は改めて星の聖女様に目をやる。
ミーティアの聖女や女神様に仕える者たちの朝は早く、早朝からほとんどの聖女たちが起きて街のあちこちの清掃、お祈り、街全体で育てている作物の管理やら、この街の住人はどちらかというと朝に活動している。
それとこのグエングリッターという国は聖女の数が世界で一番多いらしく、その辺りをフィムちゃんに聞いたところ、街1つを機能させるにはそれなりの数が必要で、極星のような加護は与えられないけれど、もう1つの所謂権能由来ではない方の加護は大量にばら撒いているらしい。
そんなことを考えて僕は再度スピカを見る。
最初は僕のデザインした服を嫌がっていたのに、今では僕が彼女のためにこしらえた服しか着ていない。
スピカにもウルミラにも魔王の力100%由来の服とルナちゃん由来の力100%の小物を与えており、並の攻撃ではきっと傷つかないだろう。
けれど少し心配もあり、2人にはこれからも頑張ってほしいから、今僕は最も眩い星の聖女様と未来の龍を担う極星に、プレゼントを考えている。
構想はあるからあとは作るだけなんだけれど、2人には悟られないように作業したいんだよなぁ。
と、僕がむむむと唸りここに朝食を食べに来る人たち用にカップに紅茶を注いでいると、スピカが目を伏せたまま口を開くのが見えた。
「ねえリョカ」
「ん~?」
「私、聖女としてまだまだ弱いわ。ミーシャみたいに自分のことは守れないし、大聖女様ほど信仰も多くない」
「そんなことないでしょ。スピカは立派な聖女様だし、実力もすぐにつくよ」
「……」
「力なんて放っておいてもつくものさね、何がしたいのか、何を成したいのか、どこを目指しているのか、それが明確なら尚更ね」
「ウルミラも、まだまだ強くなりたいって言っていたなぁ~」
「あの子はグエングリッターいちの極星になれるかもね。向上心もあって明確な目的がある。強さを吸収することにも意欲的、素直なのは美徳だし、今度も楽しみだよ」
「……」
「なにより2人とも可愛いからね、可愛さを知っている子たちは誰にだって負けないさ」
そうして僕が全員のカップに茶を注ぎ終え、心配はいらないと力強く笑顔を浮かべてスピカを励まそうとするのだけれど、その当の星の聖女様が頬をリスのように膨らませており、僕は困惑する。
「す、スピカさん? スピリカ様?」
スピカの顔色を窺いながら朝食の支度を終えると、広間の扉が開き、ミーシャがウルミラを連れて呆れたように部屋に入ってきた。
「う~ん? ミーシャおはよう」
「ええ、おはよう。あんたは本当にあれよね」
「あれとは?」
一緒に入ってきたウルミラも苦笑いを浮かべており、その後ゾロゾロと入ってきた面々も所々頭を抱えていた。
それと僕とスピカの話が終わるまで扉の前でスタンバっていたのには気が付いていたからなお前たち。
「でもスピカとウルミラの気持ちは俺もわかるなぁ。基本的に濃いんだよね、一緒にいた時間がさ」
「この魔王様が求める可愛さって、本当に魔性なのがたちが悪いですわ」
セルネくんとランファちゃんが何やら言っているけれど、可愛い子と濃い時間を過ごしたと言うことは、それは祝福される事柄では?
「スピカ、ウルミラ、そこのアホにそういうのを求めても無駄よ。リョカは基本的に、優先順位の微妙な差を切り捨てる性質なの。1番目は1番目、2番目は2番目、そう受け取るのよ」
「ミーシャさんや、それは当然では?」
優先順位とはそういうものだと僕が言い放つと、やはりみんな微妙な顔をする。
しかし月の女神様がクスクスと可憐に微笑みながら僕の傍の椅子に腰を下ろした。
「そうですね、それはとても大事だとわたくしも思います。優先順位が明確だからこそ迷わずに進むことも出来ます」
「はい! ルナお姉さまもなによりも人の世のためと、私たちに教えてくれましたよね。あーちゃんグレちゃったけど――」
「フィムぅ! ご、ご飯食べようね! とりあえずお口の中いっぱいにしようね!」
「むぐむぐ」
フィムちゃんの口に彼女のために用意したフルーツサンドを詰め込んでいくテッドちゃんを横目に、チラとルナちゃんを見る。
月神様が小さくプルプルしており、隣に座った豊神様に背中を撫でられていた。
星神様が最強なのではないだろうか。
「まあリョカちゃんは商家の娘で、しかも魔王だからね。その辺りははっきりしているよ。ルナもまあ、立場が立場だからね~」
「ラムダあんまりルナを甘やかすなよな。最近のあいつはリョカが同調してくれるから、自分の性格に自信を持ち始めて隠さなくなってきたんだからよ」
ルナちゃんが涙目で僕に手を広げて抱っこのポーズをしてきたから、僕は彼女を抱き上げそのまま椅子に座って頭を撫でてやる。
「そういやぁジークランスも言ってたな、あの子は周囲を見通せる分繊細な人の心に鈍感になってしまった。それだけが心配だと」
「さすが大商家ですよね~、すでに天下の魔王様の弱点を見抜いているとは~」
「気も利くし、頼りになるのですが、こと自分に向けられる心にめっぽう鈍感なのですよね。しかもそれに対しこちらがぐうの音も出ないような力強い言葉も持っているので、何も言えなくなってしまう」
「え、エレはそんなリョカお姉ちゃんも大好きだよ!」
何だか妙な空気になっているな。
ロイさんまで交じって、一体僕が何をしたというのか。
というか何の話をしていたんだったか。
「リョカさんすみません、うちのスピリカが我が儘を言って」
「多分リョカは我が儘とも思ってないよ。しかしスピリカも随分と年相応になったじゃないか。マルエッダ、聖女を押し付けすぎてたんじゃないか?」
「そうね。わたくしの前でもああして甘えてくれればいいのだけれど、スピリカは真面目だから」
どうにも旗色が悪い。
というか僕が理解出来ない話でどうにも居心地が悪い。
僕は手を叩き、みんなの視線を集めると、そろそろ食事にしようと声をかける。
「あ~もう、何だか責められてるみたいだし、とりあえず今日の目的を話して僕は引っ込むよ。とりあえずアルフォースさんの居場所について目途が立ったから、僕今日1日はそれに掛かりっぱなしになっちゃうから用がある時は適当に僕の紙姫守に用件を書いて飛ばしてね」
「この流れでこの話をするのがリョカよ、覚えておきなさい」
「……うん、遠回りすべきじゃないってことがよくわかったわ」
「あはは、私はちょっと憧れもしますけれどね。必要なことかなぁって。でもやっぱりスピカさんとは同じ気持ちです」
呆れているケダモノの聖女、星の聖女、未来の極星に僕は終始首を傾げることしか出来ないのだった。




