魔王ちゃんと聖女突撃部隊
ミーティアに帰ってきた僕たちだったけれど、帰って早々ガイルに捕まってしまい、酒の肴を要求するだけしてあのおっさんは引っ込んでいった。
僕は多少の苛立ちを覚えながらも大量の料理をこしらえ、それを運ぼうとしているのだけれど。
「……」
バルドヘイトを出て以降、スピカが僕を離してくれず、調理中もずっとひっついてきていた。
これは据え膳という奴だろうか? いい加減腕に心地よい感触を残す双丘のマシュマロみたいな柔らかさに理性が飛んでいきそうなのだけれど、この子は自分の魅力を自覚しているのだろうか?
「リョカさん?」
「――僕は小さいのも好きですよ」
「め、女神には必要のないパーツなので」
チラとフィムちゃんの胸元にルナちゃんが目をやったのを見逃さない。
この月神様、実は末っ子の星神様よりも小さい。
今まで見てきた僕的女神様格付けランキングは、ラムダ様=クオンさん≧テッドちゃん>アヤメちゃん≧アリシアちゃん>フィムちゃん――――――>テルネちゃん=ルナちゃんである。
むしろ月と静寂は無といっても良い。
「……リョカさん、何か失礼なことを考えていませんか?」
「ルナちゃんもテルネちゃんも可愛いなって話ですよ」
「いつかテルネには勝ちます」
「楽しみにしておきますね~」
ぷくぷくしているルナちゃんを撫でていると、相変わらずくっ付きながらもスピカが呆れたような目を向けてきていた。
「スピカ、ちょっと動きにくいんだけれど――」
と、いい加減理性がなくなりそうなのもそうだけれど、あまりにも近すぎて少々動きづらく、僕は彼女に離れてもらうように言うのだけれど、それは突然響いた絶叫によって遮られた。
「あぁぁぁぁっ! ミーシャ止めてぇ!」
「みゃぁぁぁっ! ミーシャさん待ってスピカさんに怒られますって!」
僕の顔はスンと真顔になった。スピカもである。
声のする方に目を向けると、セルネくんとウルミラがミーシャ率いる大量の聖女に追いかけられていた。
「聖女の拳がか弱いと誰が決めた! 聖女が戦えないと誰が嘯いた! 聖女が星を砕けないと誰が言った!」
何を演説してるんだあのゴリラ。
僕は頭を抱えるのだけれど、アストラルセイレーン所属の聖女たちを見てぎょっとする。
「あんたたちの強化は自分には及ばない? ならば己が纏う闘争心に火をつけなさい! 本人強化じゃないから多分できるはずよ!」
「何やってんだお前ぇ!」
ミーシャの言う通りにやっているのか、聖女たちを纏う闘争心が一段階膨れ上がったような気がした。
しかもその闘争心を拳に纏わせ、セルネくんとウルミラを追いかけているのである。
大量の聖女たちが拳でレンガの道を粉砕している様に僕は顔を覆っていると、ふと最後尾にいる、両手で顔を覆い膝から崩れ落ちているマルエッダさんと脂汗を流して顔を逸らしているアヤメちゃんが目に入った。
「……ちょっと説教してくるわ」
「うん、本当にごめんね」
スピカが僕の腕から身体を離し、引き攣った顔でミーシャの下に歩んでいった。
「フィムちゃんもごめんね」
「いいえ~、みんな楽しそうです」
「ミーシャさんは聖女の可能性をどこまでも引き出してくれますよね」
「可能性というか、不明なユニットが接続されたというか、システムに深刻な障害を発生させるというか」
僕がため息をついていると、スピカが大きく息を吸ったのが見えた。
あの時の周囲のあらゆるを強化するかんきょうりようとうほ――ではなく、あれを使う気なのだろう。
スピカが大きく吐き出した空気がミーシャに向けて射出された。
「ん――」
しかしかの幼馴染はそれを拳で弾き、スピカに目をやったのだけれど、すでにその場所に星の聖女はおらず、ミーシャの死角で先ほど聖女たちが砕いていたレンガの欠片を蹴り上げた。
その飛礫はミーシャをイラつかせるほどの威力があり、すぐにスピカに向かってあのゴリラ聖女が飛び掛かった。
しかし驚くべきことに、スピカが自身の周囲の空気を強化し、すぐに割れるほどではあるけれど、一瞬は動きを止められるほどの空気の膜を作ったと思うと、飛び込んできたミーシャの耳元に手で筒を作り、大きく息を吸った。
「わっ!」
「――ッ!」
ここからでもわかる轟音、大声――スピカの声に、ミーシャが耳を押さえて蹲った。
そしてスピカはミーシャの肩を掴み、乾いた笑いで口を開いた。
「ミーシャ、何をやっているのかしら?」
「……聖女談義をしていたわ」
「へ~」
ミーシャの耳に、スピカがリリードロップを使用して傷を治し、彼女は周囲の聖女たちに目をやった。笑みが怖い。
「聖女談義がどうして勇者を追い回すようなことになるのよ! この脳筋聖女!」
「丁度良い的だったからよ」
「このおバカ、考えなし! もう少しお淑やかなことを教えなさいよ!」
「十分上品でしょう?」
「……もぅ、だから接触させないようにしてたのに。ほらあなたたちも遊んでないで自分のやるべきことをやりなさい」
はーいと手を挙げて帰っていく聖女たちを横目に、スピカがうな垂れた。
「ちょっと気分が沈んでいたけれど、あなたのおかげで吹っ飛んでいったわよ」
「良いことじゃない。ああそれとさっきのは良かったわ、声ってあそこまで脅威になるのね」
「……褒めてくれてありがとう。まあ基本的にアストラルセイレーンは閉鎖的組織だからこういう刺激は定期的に欲しいけれど、もう少し段階を踏んで」
「はいはいわかったわよ。あんたも大変ね」
「無自覚にそんなことを言うのはこの口かしら?」
「いふぁいわ」
ミーシャの頬を引っ張ってジト目を向けるスピカに、僕は小さく微笑み、2人にガイルたちに食事を届けたらこっちもご飯にしようと告げて、僕は背を向けて歩き出す。
「スピカ何だか元気なかったけれど、ミーシャのおかげで元気になったようで良かったですよ」
「う~ん、多分この後も続きますよ」
「そうなんですか?」
「リョカさんはもう少し自分の魅力を自覚した方がいいですよ」
「可愛さは自覚していますけれど?」
「ちゃんと考えてあげてくださいね。特にスピカさんとウルミラさんには」
僕が首を傾げていると、ガイルがギルド予定地の建物から手を挙げて待っており、僕は呆れ顔で彼に食事を届けるのだった。




