聖女ちゃんと神官さんとの帰り道
「リョカはもう、今日は使い物にならないわね」
「この国のためにずっと頑張っていましたからね。誰かのために働けると言うのは素晴らしいことです、私も見習わなくては」
「……あんたたちがそうやって真面目でいると、一緒にいるあたしの立つ瀬がなくなるわ」
「ミーシャさんは類まれな才能を持った聖女ですよ。聖女とはその在り方で救いを与える者だと私は考えます。そういう意味ではミーシャさんほど優れた聖女は他にいないでしょう。もちろんスピカさんもマルエッダ嬢も、在り方として正しい聖女だ」
ロイの言葉に気をよくしたあたしが胸を張っていると、あたしとロイの間からにゅっと獣の耳が生えた。
「おい俺の信者を甘やかすな」
「まだまだ大人が褒めてあげなければならない歳の乙女ですよアヤメ様」
「そういうのはエレにやってあげなさい」
「人がせっかく気持ちよく褒められているのに水を差すのは……アヤメ、あんたどこの民族よ?」
「……うるせぇ、リョカに文句言え」
腕と脚を完全に露出させて鞄を背負っている神獣をあたしは引き気味に見た。
あれでは寒かろうとあたしはアヤメを抱っこすると、そのまま体に引き寄せた。
「バイツロンドはどうだった?」
「強かったわ、あれは一度本気で戦わないと駄目ね。ただ思ったより良いジジイだったわ」
「ルナやフィム、ラムダと知り合いっぽいんだよなぁ」
「あんた仲間はずれにされてるの?」
「ちげぇよ。多分俺がいない時の出来事だ。アリシアも知らなかったみたいだしな」
「……ふ~ん」
女神が不在って言うのはどう言うことかしら? ラムダみたいに引きこもっていた時期がこの子にもあったのだろうか。
「まあなんにせよ、ああいう手合いと戦う際は、思った以上を常に念頭に置いておくことですね」
「思った以上?」
「受けた攻撃からその人物の天井を決めない。ということです。ミーシャさんにも言えることですが、今防いだ攻撃より、次の攻撃が弱い確証がない」
「ならあたしは変わらず常に全力でいればいいわけね」
「リョカさんに聞かれると嫌がりそうですが、そういうことです。逆にリョカさんや私はわざと次の攻撃を弱くしたり受けやすいようにしたりしますがね」
「てんぽ? を崩すってやつね。テッカが特に嫌がる戦法だってリョカが言っていたわ」
「戦いの呼吸を乱すってやつだな。戦いの呼吸は人によって一定だ、それを意図的に崩すとなると、相当な技術がいるもんだが……リョカもロイも、その辺りは達人といっても差し支えないわね」
「やっぱあんたとも一度やっておくべきね。色々学べることが多そうだわ」
「機会があればぜひ。私もミーシャさんの全力火力には興味がありますから」
意外にもロイは戦いに関して意欲的だ。
元々神官だし、あまり戦いに興味がないと思っていたけれど、そうではないらしい。
「お前意外と好戦的よね? あんなことがあったから戦いそのものから身を引くものかと思っていたわ」
「それでは、私の信念も、大事なものも守れませんから。それにアヤメ様、私は魔王になる前からそれなりに戦いに身を置いていた神官ですよ」
「あ~、平民を守る守護神官だったな」
ロイがクスクスと笑い、その時のことを思い出しているのか、少しだけ楽しそうな顔つきに見えた。
きっと本質はあたしやガイルと変わらないのだろう。むしろ魔王でなければ勇者としての適性もありそうだ。
「……あんたは、これで良かったのね」
「――?」
「ごめんなさい、少し酷なことを言うわ。あなたはたくさん奪われた、そしてたくさん奪った。その上で、今あんたはさらにたくさんを救おうとしている。今を生きるあたしは、今あんたがいて良かったって思えるのよ」
「……」
「ごめんなさいね、こんなことを言って」
「……いいえ。とても、とても光栄です」
「そう。ああそうだ、あんたはもう故郷に帰るつもりはないんでしょう?」
「そうですね、やはり辛いですから。ただ、あなたとリョカさんが行くと言うのであれば付き合いますよ」
「それはその時になってからね。それで奥さんのお墓とかはどうしているのよ」
「お墓、ですか……そういえば、アンジェの骨も何もかも燃やされてしまい、墓など立てていませんでしたね」
「それならうちの実家にでも立てなさい。グリムガントの墓に並んでいれば誰も文句なんて言わないでしょう」
「よろしいのですか?」
「お墓参りは大事よ、リョカがしょっちゅう言っていたわ。どこにいるかわかるだけで、あんたも気が楽になるでしょ」
ロイが微笑み、深く頭を下げてきた。
そんなロイの横で、アヤメが心底複雑な顔をしている。
「あによ?」
「俺の知らない聖女がいるって思って――いててててっ!」
アヤメを一度しばき、あたしは先頭切って歩き出す。
「とりあえず帰りましょう。今日はどうせガイルたちも帰ってこないだろうし、こっちはこっちで好きにやるわよ」
「ええ」
あたしのすぐ後ろを寸分なく歩く神官を頼もしく思いつつ、あたしがもしえらくなった暁にはぜひ右腕になってもらおうと野望を抱くのだった。




