魔王ちゃんと話のわかるお爺ちゃん
「聞いたかパルミール! この新米魔王、狂仁であるわしを顎で使おうとしておるぞ」
「……あたしとしてはこの魔王の話に乗りたいんだけれど」
僕は二コリとパルミールさんに目をやり、彼女のカップに紅茶を注ぐ。
「あたしいい加減葉っぱの上で寝るの辛いんだけれど」
「じゃから倒した魔物の上で寝れば快適じゃと言っておるじゃろうに」
「誰が屍の上で寝るものですか! イカれてんのかこのクソジジイ!」
「相変わらず豪快な爺さんだな」
「ガイルこれは豪快じゃない、ただの阿呆よ。布団で寝たい、お風呂入りたい、まともなご飯食べたい」
パルミールさんがうな垂れて、魂の底からの願望を口にした。
というかそもそもこの人たち何でこんな、逃亡者みたいな生活を送っているのだろうか。
「不死者にされてから本当に最悪よ。あたしの悠々自適な生活はどこに飛んでいったのよ」
「う~ん? あの、普通に生活すればいいのでは?」
「は? だってあたしたち不死者よ、どうせ断ったら討伐されるんでしょう?」
「……アルマリア?」
「別にあなたたちの討伐依頼なんて出ていませんよ~。そもそもあの不死者騒動、国に報告したのは死神様と倒されたA級、それとヤマトくらいで、あなたたちのことは報告してませんよ~」
「え?」
パルミールさんがバイツロンドさんにキョトンとした目をやった。
「おいジジイ、もう普通の生活には戻れないとかほざいていなかったか?」
「なんじゃ誰も追って来ないと思ったが、見逃されておったのか、つまらんの~」
「てめぇクソジジイ! 今すぐ街に帰せ!」
バイツロンドさんをポカポカ殴るパルミールさんを横目に、アルマリアに実際どうなのかを尋ねる。
「というか~、あなたたちと接触した唯一の被害者が、そっとしておいてあげてくださいって私に頼みに来たんですよ~」
「む? タクトとジンギ、あの勇者の坊主か?」
「ですよ~。相変わらず子どもに慕われますね~」
バイツロンドさんがフッと鼻を鳴らし、腰に掛かっていた見たこともないような材質の水筒のような形をしたそれを呷った。
「ジンギなんて爺さんとまた喧嘩するんだって、毎日俺とテッカに扱かれてるぜ。その勇者は今グエングリッターにいるぞ」
「そうかそうか、ガイルとテッカが鍛えているのなら次の再会が楽しみじゃの~」
「ふ~ん、あの子たち中々見どころあるのね。アルマリア、お礼言っておいてよ」
「自分で言ってくださいよ~」
随分と空気が和んできた。
このまま押して行けばこの話も通るのでは。と、僕は微笑みを浮かべてバイツロンドさんに向かって口を開く。
「それで、こちらのギルドの運営をお任せしたいのですが――」
「嫌じゃ」
パルミールさんが頷こうとしたのを遮るように、バイツロンドさんが見た目相応のお爺ちゃんの笑みで断ってきた。
「わしは喧嘩人じゃ、気の向くままに喧嘩をして生きておる。話を聞くに、そのギルドは他を縛るものじゃ、わしには向かんよ」
「だから、その喧嘩をしてほしいって頼んでいるんです」
「む?」
「バイツロンドさん、僕があなたに提供するのはどれだけ暴れ回っても世界に影響のない空間と、喧嘩相手が死なないシステム……仕組み、そして喧嘩相手です」
バイツロンドさんが目を鋭くさせ、僕の言葉に耳を傾けている。
「絵空事じゃろう。それが与えられるとどう証明する?」
僕は二コリと笑みを浮かべると、絶界の一部を表に出す。
世界は揺れ、青空が黒く染まりかける。
「局所世界の生成、この中ならバイツロンドさんがどれだけ暴れても外に影響はないですよ」
「……なるほど、これが銀の魔王か。ガイル、お前負けたじゃろう?」
「負けてねぇ引き分けだ。次は勝つ」
ガイルが口をとがらせているのを横目に、僕は薬巻に火を点す。
「喧嘩相手は僕を含めた学園生、それと――」
ロイさんに目を向けると、彼は躊躇なく頭を下げてくれた。
「ほ~、主もわしと喧嘩してくれるのか」
「お望みであれば。これでも最近まで巷を騒がせていた魔王の1人、退屈はさせませんよ」
「そして――極星」
畳みかけるように僕は嗤いながら言い放つと、バイツロンドさんが喉を鳴らし豪快に笑いだした。
「噂に違わぬ魔王じゃの。ふむ……」
「いやジジイ断んな。せっかくこれだけ好条件で居場所を作ってくれたんだから乗っておきなさいよ」
「うむ……」
もう一息といったところだろうか。
僕が次の手を考えると、不意に袖を引っ張られ、そちらに目をやるとミーシャが首を傾げていた。
「ねえ、それはつまり、あたしもそのジジイと戦って良いってことよね?」
「え? ああうん」
ミーシャが可愛らしく胸を張った。
最近この幼馴染、可愛さを発揮するのが戦闘関連ばかりになってきたな。
すると思案顔を浮かべていたバイツロンドさんがミーシャを興味深そうに見ていた。
「その娘が一番よくわからんの」
「ただの聖女よ」
「初めて見る在り方じゃわい」
「ん~? バイツロンドさん、アリシアちゃんから聞いていないんですか? あの不死者騒動の時にもいましたよ」
「いいや一切きいとらんの。パルミール、お主は?」
「いや、そもそも聖女がいるなんて話にも出なかったわよ」
僕たちが首を傾げていると、ガイルが心当たりがあるのか小さく手を上げた。
「いや、あの光の勇者がいたからだろ」
「あ~、あの聖女狂いのルイスの坊主か」
「聖女がいるとわかったら手を抜くと思われていたんじゃねぇか?」
「それはあり得るの~。おい主、名は?」
「ミーシャ=グリムガントよ――」
「グリムガント! 何でこんなところにいるのよ!」
「何じゃ主、レッヘンバッハのところの子じゃったのか。奴は元気か?」
「親父と知り合い? ええ、元気なんじゃないかしら」
パルミールさんが予想通りの反応をしたけれど、バイツロンドさんはグリムガントと縁がある様子だった。
「ふむ……レッヘンバッハのところの子も関わっているのなら無碍にも出来んの~。良いじゃろう、お主のギルド、わしとパルミールに任せておけ」
まさかの承諾。
僕が驚いていると、ガイルに背中を叩かれた。
「何はともあれ良かったじゃねぇか。これでこの国は安泰と地獄を同時に得たわけだ」
「……だね。あ、報酬の方はそれなりに出せますから、あとで希望を教えてください」
「わしは喧嘩が出来れば――」
「良いわけないでしょう! あと家も欲しいわ!」
僕は頷き、パルミールさんの要求をメモに取っていく。
もうひと悶着あると思っていたけれど、案外スムーズに決まってしまった。
少し拍子抜けしたけれど、これも日ごろの行いが良いおかげだろうと納得する。
と、この件に関してはここで終わり。
僕はもう1つの件についてバイツロンドさんに尋ねようとする。
「ところでバイツロンドさん、アルマリアのお父さんをどこかで見ませんでしたか?」
「なんじゃ、主らアルフォースを探しておるのか? グエングリッターにおるぞ、この間会ったばかりじゃし」
「え?」
「数年前からこの国に滞在して、何か嗅ぎ回っておるようじゃったな。それと極星の坊主に剣を教えたとか言っておったの」
僕たちは顔を見合わせ、頭を抱える。
呆気なく情報を得た僕は、その話はとりあえず脇に置いておいて、バイツロンドさんたちのこれからについて纏めようと、書類を纏め始めるのだった。




