勇者のおっさん、星に光を点す
「ほ~、ここがバルドヘイトねぇ」
「……ガイル、一応言っておくけれど、喧嘩しに来たわけじゃないからね」
「わかってるって」
俺は今、リョカに頼まれてフィリアムの護衛についている。
別に必要ないかもしれないけれど。というのはリョカの前置で、あいつは俺にジュウモンジがどんなものか見ておいてほしいとのことだった。
そしてヴェインとマルエッダ、スピカとフィリアムを連れて、極星の1人であるジュウモンジ=ミカドのいるヘカトンケイル本拠地、バルドヘイトに足を運んでいた。
「ところでよ、あの事件の後ジュウモンジはどうしていたんだ?」
「俺は何も聞いていないなぁ。マルエッダは何か知ってる?」
「いいえ、その辺りはスピリカに任せましたわ」
「え~っと、その多分驚くと思います。何というか、うん……戦った相手が悪かったとしか」
スピカが顔を逸らし、どこかジュウモンジに同情しているように見えた。
確かミーシャに一撃でやられたんだったか。その時どんな力を使ったのかはわからないが、昨日リョカの絶界で見せた口から吐き出したあれと同程度のことをされたのだろう。
「しおらしくなったって感じです。ちょっと星の瞬きが失せちゃっているので、私としては残念です」
「なるほどな。リョカが俺をここに寄越した理由はそれか」
「リョカに何か頼まれたんですか?」
「ああちょっとな」
俺はフィリアムの頭に手を置いて軽く撫でると、先陣切ってバルドヘイトに足を踏み入れた。
街に入った瞬間、ギルド員らしき奴らから敵意を向けられるが、俺はそれをいなしずんずんと進んでいく。
「しっかしミーシャとスピリカから聞いたけれど、まさかジュウモンジが前のエクリプスエイドでそんなに気を揉んでいたとは思わなかったよ」
「恐怖を覆すほどの憧れ、ですか。それが彼の王道だったのですわね」
「ええ、やり方はどうあれ、ジュウモンジは人々を救おうと思っていた。エクリプスエイドの一件で、力を持つことを恐れた人々に自身の力に憧れを持たせることで前を向かせようとした。私たちとは正反対のやり方で、あの人は平和を成就させようとしていたのよ」
ルナとアヤメからその辺りのことは聞いた。
だが、聞いたうえで俺はそれを否定する。
「そういうのは力がある奴が言うもんだぜ。10年前に失敗してんだったのなら、それはつまり力が足りていなかったってことだ。その時に奴がそれを自覚してりゃあそれで済んでいた話だろ」
「……ミーシャと同じことを言っていますね。私たち、本当に力をつけるということを疎かにしていたんだって痛感します」
「それに関しては私の落ち度です。ミルドのこともあって、強い力を持つことだけが全てではないと極星という名前だけを強くして、強くなるように導けなかった。女神失格です」
「女神のことは俺にはよくわかんねぇが、正せたのなら別に良いだろ。アヤメなんてしょっちゅう失敗してミーシャに引っ叩かれてんだから、女神だからって絶対に成功させろってわけじゃねぇだろ」
「アヤメお姉さま……」
「それにほれ、リョカが言っていたんだが、この世界は女神様と人が一緒に歩んでいける素敵な世界だってな。お前さんらが何でも完ぺきにこなしちまうと俺たちがついていけなくなっちまうよ。まあつまり、多少の可愛さは見せるべきだろ」
顔を伏せるフィリアムの頭を撫でると、彼女はパッと咲いたような笑顔を浮かべた。
うん、このくらい笑っている方が女神は丁度良いだろう。
「ガイルさんて素敵な人ですね」
「そぉか? 好きなように生きてるだけだぜ」
「ガイルお兄様いいなぁ。極星に興味は?」
「生憎ながらねぇなぁ。だが信徒にしてくれるっつうなら喜んで受けてやるぜ」
「わっ――あ、でもランド姉さまの信徒かぁ」
「……なあ、どうして女神たちは俺を見初めた女神の話になると微妙な顔をするんだ?」
「ランド姉さま面倒臭い」
一体何者が俺を見初めてくれたのか、非常に興味があるが恐ろしくもあるな。
「スピリカ、フィリアム様、騙されてはいけませんわよ。この勇者様は良いことを言った後に必ず戦火を点すのです」
「そうだぞスピリカ、このおっさんは戦えれば他はどうでもよくなる奴だからな、こっちの事情なんて全く汲んでくれないんだ」
「おっさんって、お前ら俺とほとんどかわらねぇだろ。マルエッダなんていつまで若作り――」
俺の頬に風の刃が奔った。
精霊使ってまで遮ることもないだろうに。
俺はため息をつくと、やっとたどり着いたヘカトンケイル本部を見上げる。
リョカがこの建物を絶界に入れてしまったからついでに壊したと話していたが、ちゃんとは直していたんだな。
「さてと、マルエッダ……いやスピカか、ジュウモンジへの説明は任せるぜ」
「は、はい」
ヘカトンケイル本拠地には拍子抜けするほどあっさりと入れた。
街に入った以上に敵意を向けられるが、誰も彼もこちらに手を出すことはなく、それどころか、自身の力のなさを憂いているようだった。
そうして奥まで足を進めると、そこには玉座に座るジュウモンジとその部下らしき男女2名、それと柱の陰で男が1人何事かを呟いていた。
「エレノーラ様、エレノーラ様――ああ」
「なんだありゃ」
「ほら、リョカから説明があったじゃないですか。エレノーラのエクストラコード」
「っつうとあいつがガーランドか。悪名も随分としょぼくれちまってんな」
「いや実際エレノーラのエクストラコードはすごいですよ。対象の恐怖をまるっと好意に変えちゃうんですもの。使われたら何も出来なくなっちゃいます」
「戦いの最中に怖がる奴なんているのか? 戦いっつうのは、例え逃げている最中でも怖がらねぇのが鉄則だぜ」
スピカと軽口を叩いていると、玉座に座っているジュウモンジがのそっと顔を上げた。
「ヴェイン、マルエッダ、スピリカか。ん、そいつは……?」
覇気のない顔つき、こりゃあもうダメだな。死んでいる。
一度スピカが顔を伏せたが、すぐにその瞳に光を奔らせてフィリアムの手を引いてジュウモンジに近づいた。
さすがリョカたちと行動していただけはある。この星の聖女は誰よりも強くなるだろう。
「ジュウモンジ、極星の選出方法について変更があるから伝えに来たわ」
スピカがリョカたちと決めたことをジュウモンジに話し、あの魔王がまとめた書類を2人組の男女の1人である若い女に手渡した。
その女がそれをジュウモンジに手渡したが、奴はそれをさっと眺めた後、興味なさそうに書類を下げた。
「そうか。だが俺にはもう関係のない話だ」
さっさと帰れ。そんな空気が奴から漏れている。
スピカだけでなく、フィリアムも、ヴェインもマルエッダも、今のジュウモンジを見ていられないのか、顔を伏せ始めた。
俺はため息をつくと、前にいるスピカとフィリアムに声をかける。
「スピカ、フィリアム、ちょっとそこから横に逸れてくれないか?」
「え? ええ、はい」
「みゅ?」
スピカとフィリアムが退いてくれたのを確認し、俺は何となく笑ったまま、2人に礼を言う。
「一体何を――」
スピカの言葉を遮るように、俺は足元を爆発させ、ジュウモンジに殴りかかりに行った。
「――っ!」
聖剣を取り出し、それを放ったがジュウモンジが顔を逸らしてこれを避け、奴の背後には爆炎が広がった。
「これは……金色炎、貴様、ガイル=グレッグか」
「おいジュウモンジ、てめえ弱いな」
「……なに?」
戦闘圧を展開する。
殺し殺されの気配を濃くしていく。
すでに配下の男女2人は動けなくなっている。ガーランドはここにいもしないエレノーラに祈りを捧げている。
戦いが始まったのに、誰も彼もが怯えている。
だが、だが――。
「なんだよお前、いっちょまえに俺に拳を向けんのかよ」
しかしこの極星は、唯一1人だけ、俺の体に拳を向けていた。体に当てたわけでも、攻撃を返したわけでもない。
だがこの男はまだ燻っている。
生き返るのを待っている。
「力はねぇ、俺から言わせればお前は弱すぎる。けどな、ここにいる誰よりも強く在ろうとしてるな」
「……」
「なあおいジュウモンジ、戦いは良いなぁ。力っつうのはたまんねぇよなぁ――ごたごた考えてねぇで、その拳で殴りたいもん殴ってみろよ」
ジュウモンジの拳に力がこもったのが見えた。
俺はそれに合わせるように、さらに闘争心を上げていく。
大気は震え、玉座を照らす光が圧に呼応するようにバチバチと火を吹かす。
俺はジュウモンジに、嗤いかける。
お前も嗤ってみろ、この戦場で誰よりも声を上げて嗤ってみせろ。
そして俺はジュウモンジから離れる。
「うし、帰るぞ」
「え?」
スピカが驚いた声を上げたが、俺がそのまま歩みを進めると、渋々と言った感じにヴェインとマルエッダ、フィリアムを連れて俺の背を追ってきた。
「あ、あの?」
「やるこたぁやった。あとはあいつ次第だ」
首を傾げる面々だったが、俺たちがジュウモンジたちがいた広間を後にして少しすると、奥から獣のような咆哮にも似た笑い声が響いた。
「これ……」
「お前たちもチンタラしてんなよ」
「獣の考えることって本当にわかんないなぁ」
「リョカさんの采配をさすがと言うべきですわね」
「ジュウモンジ、元気になったみたいです」
ジュウモンジの笑い声を聞いたからか、ギルド員たちが俺たちそっちのけで玉座に走る様を横目に、俺たちはミーティアへの帰路を、リョカから預かったアルマリアくまを使っていくのだった。




