魔王ちゃんと黒と金銀
「あぁぁぁぁぁぁぁっ! ミーシャぁぁ離してぇぇッ!」
「舌噛むわよ!」
聖剣を使用しているセルネくんの尻尾を握ったまま、ミーシャがガルガンチュアで固めた空気を足場に、縦横無尽に空を駆けていた。
銀色の狼がぶんぶん振り回されておるわ。
2人が対峙しているのは10の魔王種、その内の空を翔る獣――あれは確か、ルージガーデンっていう私の世界で言うペガサスのような、大きな翼を持ったBランク相当の魔物だったかな?
私の世界だとペガサスは逸話やらイメージのせいで補助系統の魔物だけれど、こっちだとそれはもう凶悪だ。
口から破戒光線吐くし、制空権とった時には重量と高さ、速度を乗せたドロップキックかましてくるし、額から生えた長い角からは重力波を撃ってくるしで結構厄介な魔物だ。
そんなルージガーデンが魔王種になったらどうなるのか――。
「ミーシャなんかこいつ武装してるんだけれど!」
「現闇ね。いい加減腹を決めなさいセルネ、行くわよ」
「え、行くってどこに――」
現闇であちこちを武器で強化している。それとパッと見、絶気で身体強化と武装強化、完全に戦闘特化のゴリラ強化に魔王のスキルを極振りしている。
そんなルージガーデンに目を向けながら、ミーシャがさらに勢いよくセルネくんを回していく。
何をするのか理解出来てしまうのは、僕があの聖女様の幼馴染だからだろうか。
「セルネ上よ!」
「は――? あぁぁぁっ! 待って待って待って! ミーシャの怪力で投げられたらぁぁぁぁぁっ!」
あの体勢からセルネくん……と、いうより男子高校生1人を大砲で打ち上げたかのように投げ飛ばすミーシャ。本当、どんな腕力しているのやら。
「ちょ、ちょっとリョカ、セルネ大丈夫なの?」
「うわぁ、すっごい高く投げられてますね」
スピカとウルミラの心配もわかる。
現にルージガーデンが凄い勢いで飛んでいったセルネくんをターゲットにし、追いかけていった。
とはいえ、ミーシャもあれでそれなりにセルネくんを信用しているからなぁ。
「驚かれるかもしれないけれどね、ミーシャってセルネくんが出来ないことはしないんだよ。あの子セルネくんは信用しているし、何だかんだ一緒に組むことが多いんだよね」
「……あの若さで何と不憫な。最初は殺されるかと思ったが、あのセルネって子、親近感湧くなぁ」
「その経験が今の無茶振りにも生かされているのですね。彼が勇者として大成するのも遠くないのでは?」
「そうだね。ほら、やっと覚悟を決めたみたいだよ」
迫るルージガーデンに、セルネくんは叫ぶのを止め、空中で体勢を整え、その瞳を鋭くさせた。
「『聖剣発輝・銀に掲げる誓いの希望』」
セルネくんの周囲を金と銀の粒子が囲む。
そしてその金色は全てが武器に変わり、銀色の上ではまるで大地に立っているかのようにしっかりと脚を付けていた。
「あの状況から立て直すのか、どんな理不尽をくぐってきたのか気になるな」
「結構か弱いと思っていたけれど、立派な勇者様ね」
「そりゃあそうよ。あのセルネ=ルーデルはなんと4回、5回か? そのくらいあのケダモノに反抗した唯一無二よ。あの程度の魔王種に後れをとるわけないわ」
入学したてのセルネくんは、それはもうボンボンの勇者って感じだったけれど、今では極星や女神様にも認められる勇者となっている。
僕は嬉しくなり、つい彼を見上げて目を細める。
「リョカさんお母さんみたいな目をしていますよ」
「リョカママ、長男だけじゃなくて次女も甘やかしてくれよ」
「いつも甘やかしているでしょ~。今日の晩御飯、アヤメちゃんの好物も入れておくよ」
「やたぁ」
アヤメちゃんを撫でていると、セルネくんが飛び出したのが見えた。
向かってくるルージガーデンに突っ込んでいき、あの魔物にも負けないほどの速度で空中に銀の粒子を置いて縦横無尽に駆け回っていく。
その際、あちこちにある金色から武器を作っては魔物を切り裂き、それを捨てて金色に戻しては移動して新たな金色で武器を作る。
高速戦闘を基盤に、様々な武器を使うことで間合いを読み取らせないようにしており、さらに駆けていくごとに徐々に速度も上がってきており、あの銀色の粒子、ただの足場という役割ではないらしいことが窺える。
「セルネさん、あの高速戦闘に関してはテッカさんからも太鼓判――同じ速度で戦闘しても良いと言わしめましたからね」
「あのテッカから認められるほどか。ああいう戦闘をする人って、勢いに乗ると本当に手が付けられなくなるからね」
どんどん褒められるセルネくんだけれど、高速戦闘だけが持ち味では勇者はやっていけない。
僕はあの子が何も無造作に剣を振っているわけでも、移動しているわけでもないことを察した。
「なるほど足場ね」
「リョカ?」
僕は小さく笑みを浮かべて、ルージガーデンが銀色の粒子に囲まれていることを目に捉える。
「捕らえた――」
セルネくんの言葉に、グエングリッター組がかの勇者を注視する。
銀色の粒子に紛れ込むように、金色があり、その金色の粒子がまるで糸のようにルージガーデンに伸びて、脚も首も捕らえていた。
あの銀色がどのような力で空に留まっているかはわからない。
けれど魔物を縛り付けておくだけの耐久はあるようで、ルージガーデンがジタバタと振り解こうと暴れているが、一切抜け出せないようだった。
「駄目押し」
セルネくんがそう言って、杭の形にした金色でルージガーデンを穿つ。
まるでフェンリルだな。
さしずめあの杭はスヴィティか。
「ミーシャぁ!」
「……上出来よ」
さっきまで黙り決め込んでいたあのケダモノ――その手は真っ黒くなっており、信仰を……ん? なんだあれ、信仰じゃないぞ。
「ん~? 待ってミーシャ――アヤメちゃん説明」
「……あれ純粋な戦闘圧よ。信仰に変わる前の闘争心をガルガンチュアで固めて、腕にくっ付けてるわね」
「確かにあれなら信仰を使うと言うプロセスを挟まないので、使い勝手は良くなっていそうですね」
「ついに聖女由来の力を取り除いた戦い方を得たのかあのケダモノ」
というかもう武装いろだわアレ。
もう少ししたら未来まで読んでくるぞあの聖女。
「獣拳・黒獅子」
格好良い動物についてこの間聞いてきたと思ったら、技名を決めたかったのか。
「セルネ合わせなさい!」
「本当に強引なんだから!」
ミーシャが空を蹴るのに合わせて、セルネくんに金色が集まってその姿をルージガーデンの体を覆うほど巨大なハンマーになった。
ミーシャが下から、セルネくんが上から――同じタイミングで2人がルージガーデンにこの攻撃を振り抜いた。
「――」
魔王種と呼ばれる災害の魔物は叫ぶ間もなく、ケダモノの黒き拳と銀の獣の金色の武器に挟まれて弾けて潰れた。
当然、下にいた我らの聖女様は重力よろしく、魔物だった物の中身をぶちまけられることになるのだけれど……。
「……」
血液を体中に浴びながら、あの清いはずの存在は嗤っていた。
「ウルミラ見てごらん、あれがサンディリーデが誇る聖女の姿だよ」
「あの顔おっかなさ過ぎて夢に見そうなんですけれど」
「聖女、聖女って一体」
「……ヴェイン、私たちはあのような状況で嗤いませんわ。ええ、絶対に」
「聖女どころか一般の人は血を浴びて笑ったり、歓喜に震えたりしないのよ」
そんなケダモノの聖女がすぐに次の目標に目を付けたのがわかる。
「次! セルネ行くわよ!」
「ミーシャせめて顔拭いて! 俺今のミーシャの顔直視できないから!」
忙しなく地上へと落ちていく聖女と勇者に肩を竦め、僕はどうにも緩い空気が解けておらず、ガールズトークに花を咲かせている3人に目をやるのだった。




