魔王ちゃんと夜との約束
「ふぃ、終わった終わった。スッキリしたぁ」
僕は大きく伸びをすると、そのまま地上に降りて抱えていたルナちゃん、フィムちゃん、テッドちゃんを下ろした。
3人も抱えていたのはやはり可愛くはなかっただろうかと、頭を過ぎるけれど誰も見ていないしいいやと結論付ける。
「あ、あのリョカお姉さま、終わったのは良いのですけれど、その……私の国がぁ」
どデカいクレーターにフィムちゃんが顔を覆ったけれど、僕は苦笑いで彼女を撫でると、そのまま自分の手を叩き、絶界を解いた。
その瞬間、世界がまるでガラスのように割れ、そのまま崩れ始める。
「外に影響はないよ。ここは僕の世界だからね」
世界が崩壊すると同時に、僕を彩っていたコスチュームが光になって消え、元の服装に戻る。
「……世界の生成によって無理矢理フィリアムの加護を引っ張り出しましたね?」
「無理矢理って言うか、この世界での星の権限をちょっと借りただけですよ。月と密接しているものなら大抵使えますね」
「本当、恐ろしい……可愛い魔王様ですね」
「ちょっとしたお茶目ですからねぇ」
ルナちゃんが上品に笑うから、僕もつられて笑みを浮かべる。
けれどテッドちゃんが顔を引きつらせており、僕のことを恐ろしいものでも見ているかのような目を向けてきていた。ちょっと辛い。
「あーそっか、テッドはリョカお姉さまがどんなことをしてきたのか見てないんだ」
「これ以上のことがあるの?」
「血冠魔王の討伐、数十万の不死者を撃退、不死竜を単騎撃破――」
「待って、待って。あの、あなたは本当に人間ですか?」
「魔王ですよ」
首を傾げるテッドちゃんを一度撫でると、フィムちゃんが嬉しそうに飛び跳ね、パッと咲いたような笑顔を浮かべながら僕に飛びついてきた。
「テッドにはあとでここ10年の出来事を教えるとして、リョカお姉さまリョカお姉さま、13番目の星を貰ってくれるんですかぁ?」
「ん? ああうん、あんなのが居座っているのは嫌でしょ。だからこれからはその席は僕が貰います」
フィムちゃんがニヤケ顔を我慢できないのか、口角をプルプル震わせながら今にも飛び跳ねそうな喜びが見て取れた。
「やったやった! テッドとあーちゃんが私のために考えてくれた極星システム、やっと形に……」
随分と近代的な名称が付けられていることに気になったけれど、フィムちゃんは本当に嬉しそうで、頑張ったかいがあったというものだ。
「ふふ~ん、これは最早リョカお姉さまは私の信徒なのでは――」
「フィリア~ム?」
「ぴぃっ!」
ルナちゃんに圧のある笑顔を向けられ、僕の背中にフィムちゃんが隠れた。
何とも和む光景である。
「ところで、ミルドはどうなったのですか?」
「ん? あああそこ」
僕がテッドちゃんの背後を指差すと、彼女は少し戦闘態勢に移行し、ミルドに目を向けた。しかし魂壊の魔王の状況を見て、また顔を引きつらせていた。
「うあわぁぁぁっ! なんだ、なんだこれは!」
ミルドの右半身がクマになっており、普通に気持ち悪い見た目をしていた。
「あれ、クマに侵食されていますね」
「うん、元が魂だけだったからいっそ意識のないクマに変えてしまおうかと。フィムちゃんいる?」
「いらないです」
心底嫌そうに言い放つフィムちゃんに、それはそうだと納得して僕はサッカーボールほどの魔王オーラを生成し、それをミルドにぶつけた。
「あ――」
ミルドの間抜けな声を最後に、彼の体が完全にクマとなり、お座りテディベアみたいにその場にストンと座り込んだ。
「こわっ、今の光景ただのホラーですよ!」
「存在がホラーみたいなものだし今さらだよ今さら」
僕はうんうん頷き、フィムちゃんとテッドちゃんが揃って笑っているこの光景を元に戻せてよかったと安堵する。
「リョカさん、うちの末っ子女神たちを助けてくれて、ありがとうございます」
「いいえ~――ん?」
ふと知っている気配がしたために、僕は視線を向けようとするのだけれど、ルナちゃんが前に出てテッドちゃんを守るように立ち、その気配から視線を遮った。
「あとはわたくしが頑張る番ですね」
突然大きな本が現れ、そこからテルネちゃんが飛び出してきた。
「ルナ」
「テルネ、今まで黙りだったのです、今さらこの結末に文句は言わせませんよ」
「それはあなたが私たちの視界を遮っていたからでしょう」
「テルネ様……」
テッドちゃんが現れたテルネちゃんに顔を伏せた。
テルネちゃんの後にクオンさんも現れ、僕に小さく手を振ってくれた。相変わらず可憐な人妻だ。
「事のあらましは理解しました。しかし、私たちが女神である以上、同じ過ちは犯せません。今回は偶然リョカさんたちに救われましたけれど、次も同じことにならないとは言い切れない。力を持つ者の責任として、一度の失敗を見過ごすわけにはいかないのです」
「その失敗とは、テッドがミルドに負けてしまったことでしょうか? それが理由であるのなら全ての女神もああなった可能性も汲むべきです。誰もミルドの存在に気が付かなかったのですから、わたくしも負けていたかもしれません」
「けれど実際に魂壊の魔王に乗っ取られたのはテッドです。女神でありながら人に良いようにされた。女神と言う力を持っているにもかかわらず、魔王に操られるという前例を作ってしまった。それはつまり、世界にとって強大になる力を漏らしてしまうということです。それで秩序は保たれません」
テルネちゃんの厳しい言葉に、テッド様は顔を伏せ何も言い返さなかった。
けれどオドオドとしていたフィムちゃんが小さく手を上げた。
「て、テルネ姉さま――」
「フィリアム、あなたもです。私は10年前、テッドを討伐するように命を出しました。けれど実際は封じていただけ。あなたも罰を受けるべきです」
「テルネ! フィリアムにテッドを討てるわけがありません! あの時わたくしたちが命じたことこそが間違いだったと何故認めないのですか」
「間違いではないからです。あの時フィリアムがテッドを討っていたのなら今回の騒ぎは起きなかった。2人の女神は世界の秩序を乱したのです」
テルネちゃんの言葉を聞きながら、僕は思い出していた。
睨みあうルナちゃんとテルネちゃん、しかし2人の間に花が咲いた。
「ほいほいそこまで――ルナは落ち着きなさい。テルネはもっと頭を柔らかくしなさいな」
「ラムダ」
「テルネの言っていることもわかるけれどね。でもテッドもフィリアムも、未熟だからこそ女神として成り立っている。あたしたちがそう在ってくれるように教育した。それなのにその弱さを咎めると言うのはあまりにも酷でしょう」
「ごく潰し無職は黙っていてくれませんか? やっと出てきて最初にすることが口出しですか?」
「だってあたしの仕事他に回されているからね。ごく潰しでいさせているのはさっさとあたしに仕事を回さないテルネでしょ? ソフィアちゃんの隣、そんなに居心地がいいのかな?」
テルネちゃんがラムダ様を睨むけれど、豊神様はどこ吹く風とその視線を軽く躱していた。
一触即発の雰囲気、けれどその沈黙を破ったのはテッドちゃんだった。
「……ラムダお姉ちゃん、もういいよ」
「テッド?」
「10年前のことも今回のことも、あたしの不甲斐なさが招いたことです。当然罰は受けます」
「テッド!」
フィムちゃんが悲痛な顔で叫んだ。
けれどテッドちゃんも覚悟が決まっているようだった。
真面目な女神様だ。
でも、それは――。
僕は思い出している。
止めてほしい。
なるほど、これのことか。
「……相変わらず真面目な子ですね。そう聞分けが良いと、私も鈍ってしまいます」
テルネちゃんが顔を伏せた。
あの女神様も、何も意地悪で言っているわけではない。
でもしなければならないんだ。
「フィリアム、せめてあなたが終わらせなさい」
「テルネ!」
「ルナは黙っていなさい。こういうの、あなたは向いていないでしょう」
「……」
ルナちゃんが下唇を噛んだ。
テルネちゃんの言う通り、ルナちゃんにこういうことは向いていない。
優し過ぎると言うより、誰かに寄り添い過ぎるんだ。だからその代わりに、テルネちゃんは秩序を重んじる。
僕は魔王オーラにその反応を捉えた。
「フィム」
「……やだ」
「フィム、今度こそ終わらせよう。あたしのせいでたくさんの命が散った、それなのにのうのうと女神を名乗れるほど、あたしは強くはないんだよ」
「ヤダ」
「アリシアもいなくなって、あたしたちは欠けてしまった。でも、フィムは1人でも立派に女神を務めていたじゃない。もう3人で一人前なんて言わせない。君は1人でも一人前だ」
「いやっ!」
大粒の涙をポロポロと流す星神様、まるで星が降り注ぐが如く、その涙は美しい。
けれどそれは認められない。
僕は大きく息を吸う。
「ミーシャぁ!」
「任せなさい――」
「え?」
テルネちゃんが驚きに声を上げた。
しかしもう遅い。ミーシャの手がテッドちゃんに触れた。
「フォーチェンギフト」
「へ――ふにゃぁぁぁぁっ」
テッドちゃんの可愛らしい悲鳴に、ケダモノの顔して嗤う聖女が女神様の力を奪い取った。
「ガルガンチュア!」
「それは、神核――」
そしてミーシャがテッドちゃんから奪った神核を脇に抱えているアヤメちゃんに当てようとする。
「止めろぉ! 俺は働きたくないのよ!」
あの獣、こんな場面で欲望を口にしおった。
しかし喉を鳴らして笑うラムダ様が手を上げた。
「ミーシャちゃんこっち」
「ふん!」
ミーシャが投げたテッドちゃんの神核をラムダ様が受け止め、それを自身の体に押し込んだ。
「な、な――」
テルネちゃんが呆然としている中、クオンさんがお腹を押さえながら笑いを堪えていた。本当に可愛いな。
「横やり失礼しま~す。テルネちゃん、力があるから次失敗した時困るって話をしていましたよね? じゃあその力がないのなら、放っておいても問題ないのでは?」
テルネちゃんが顔を引きつらせた後、頭を抱えた。
「え、えっと?」
「あぅ?」
フィムちゃんとテッドちゃんが呆然としていたから僕はウインクを投げる。
「テッドちゃん、覚悟を決めたのにごめんね? 僕はその結末を許容できない。あなたがいなくなったらフィムちゃんが泣き続けちゃう。それとアリシアちゃんから止めてってお願いされていたから」
「……アリシアが?」
「あーちゃん」
「あの子、他の人はともかく、2人のことは本当に大事に思っているみたいだよ。わざわざ僕のところに来てまでお願いしていった。だから僕はその決意も、覚悟も止めることにしたよ」
テッドちゃんの瞳から涙が溢れた。
そしてそんな大地神に星神様が飛びついて顔を擦りつけていた。
「ああフィム、あたしは、ここにいていいのかな?」
「いてくれなきゃヤダぁ!」
強く強く抱きしめるフィムちゃんに僕は微笑み、テルネちゃんに目をやる。
「……まったく、本当にとんでもない魔王ですね」
「可愛い子の味方なので」
大きなため息を吐くテルネちゃんに、クオンさんが口を開いた。
「ほ~らテルネ、ここまでだよ」
「クオン、あなたまで」
「だってしょうがないじゃない。僕一児の母だよ? アリシアはともかく、フィムもテッドも僕にとっては可愛い子なの。3人がよちよち歩きしていた頃を昨日のことのように思いだせるもん」
「本当にねぇ。ルナもテルネもあの頃はもうちょい可愛げがあったんだけれどね。アヤメはいつまでたっても成長しないけれど」
「おいラムダてめぇ、俺をオチに使うんじゃないわよ」
「わたくしはずっと可愛いですよ」
おばあちゃんのような遠い目をしているクオンさんとラムダ様を横目に、僕は手を叩いて視線を集める。
「と、いうわけです。これからのことはこれから考えていきましょう。大抵それで何とでもなるもんですよ。あ、テルネちゃんミルドクマいります?」
「……ソフィアと一緒に研究でもしますよ」
「そうしてあげてください。ソフィアは元気ですか?」
「ええ、第2ギフトも発現してさらに高みを目指しています。けれどあなた方に並ぶのはまだまだ先になりそうですね」
「頑張るのは良いけれど、体を大事にするように言っておいてください」
「わかりました。まったく、こんなことになるなんて頭が痛いですよ」
僕はテルネちゃんに笑みを返し、彼女の体が薄くなるのを見ていた。
けれど少し真剣な顔をして、ルナちゃんに近づいた。
「テルネにしては良い裁定でした。これからもそんな感じで――」
「アリシアの時はこうはいきませんよ」
「……ええ、わかっています」
一度顔を伏せたルナちゃんに肩を竦め、テルネちゃんが一歩下がる。
「それでは私は帰ります。ソフィアとの茶会を途中で抜けてきてしまったのですよ」
そう言ってテルネちゃんの体が消えた。
そしてそれに続くようにクオンさんの体を透け始める。
「いやぁ、今回もすごかったねぇ。特にミーシャちゃん本当に良かったよ! 竜王でも何でも名乗っちゃって! ああそれとリョカちゃん」
「はい?」
「ウルミラちゃん、だっけ? あの子は良いね、竜に憧れを抱いている。あとは切っ掛けだからこれからも鍛えてあげて」
「はい。あ、クオンさん、最後に頭を――」
「お前本当にブレないわね」
アヤメちゃんの呆れ声を聞きながら、クオンさんに撫でてもらい満足していると彼女も消えて行った。
そして僕は伸びをすると、みんなに目を向けた。
「さて、それじゃあ帰りますか」
ミーシャとルナちゃんとアヤメちゃん、フィムちゃんとテッドちゃん、ラムダ様を連れて僕は足を進ませた。
途中、スピカたちと合流し、今度こそ僕たちはみんなが待っているミーティアへと帰るのだった。




